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過去との決別。

 

 ……この感情は一体何だろう。


 この懐かしいような、胸を締め付けられるような気持ちは。


 彼にずっと隠してきた私の秘密を明かしてから、心臓が胸の内を暴れまわっている。


 彼の事が脳裏から離れない。彼の声が、顔が、誠実な人柄が、私の心を締め付ける。だがきっとこの鼓動は彼とは多分関係ない。……関係ないはずだ。


 私は人を愛してはいけない。“あの人”以外を愛してはいけない。これは契約であり、絶対に破ってはいけない、一生の約束であるから。


『私は、ずっと、ずっと、貴方の事を、……愛し続けます』


 あの日、そう誓ったから。だから、彼がいない今だけは、忘れさせてほしい。……この鳴り止まぬ胸の鼓動を。


「……少し、休ませて貰おうかしら」


 私はこの激しく飛び回る心臓を鎮めるべく、仮眠を取ることにする。ここの家主は今不在の為、許可を得ることは出来ないが、ソファーに横たわる程度は許してくれるだろう。


 ……きっとお人好しな彼の事であるから、ベッドや布団を貸すことも辞さないだろうが、それは流石に申し訳がない。


 それに彼の布団で眠るなど、今の精神状態ではとても出来そうに無い。彼の匂いや彼の汗、もしかしたら彼の唾液なんかもついているかも知れない。…いや、流石に洗っているか。


 でもソファーの方はどうだ?、いつも彼が腰をかけ、尻を敷いているいる場所だ。そこに寝るとなると、色々と問題な気がしてならないのだが…。


 いや、何を気にしているのだろう、私は。どうしてここまで彼の事を考えてるんだ。


 ……忘れよう。彼の事など、全て忘れてしまえ。


 でも、何故だろう。彼の事を忘れようとすればするほど、胸が締め付けられるように痛むのだ。そして、何故だか目から涙がこぼれるのだ。


「……どうして、どうして?」


 私は彼を好きになってはいけない。……好きになってはいけなかったのに、彼の事が脳裏に焼き付いてしまって離れない。それはまるで病に付きまとう熱の様に、必ずそこに無ければならないのになってしまった。


 そういえば恋は病のようなものだと、誰が言ったかそんな事を聞いたことがある。ならばこれは重症だ。世界的名医でさえ匙を投げる、そんなレベルだ。


 絶対致死の病原菌……恋は無慈悲で残忍だ。愛は残酷で無残だ。親しみは薄情で非道だ。心は無情で冷酷だ。


 私はどうすれば良い?……分からない。この涙の止め方さえ、知らない愚かな私には決して、決して……





 ※







 ……俺がたどり着いたのはとある墓地。今朝も来た名前の無い墓石があるその場所だ。


 今日二度目となるここへの来訪だが、初めと違い、太陽は方角を変え、空も青色から焼けるような燈色に変色している。ただこの石の墓だけは何度も来ても変わらない。僅かに風化し古ぼけた程度だ。


「有言実行、また来たぜ。クソヤロー」


 俺はこの墓に眠る人物に、丁寧に、丁重に挨拶をする。この一連のルーティーンワークの様なものも、長らく変わらない事の一つだ。


 ……そして毎度毎度、ここに来る目的を果たせず帰る。これもお馴染みのルーティーンと化してしまっているが…


「……今回ばかりは、上手くいきそうだ」


 この場所へ来る度にとたんに怖じ気づき、尻尾を巻いて帰っていた俺とは一線を画すほど、今の俺の心は昂っていた。


 今日、アザミと出会い、助け、共に過ごしたこの記憶は、“目的”を果たすための覚悟を決めるのに十二分以上のものであった。


 そんな彼女とのふれあいの中、俺は気付いた事がある。彼女の人となりを見て、突き止めた一つの事実が…。俺をそれを元に一つの仮説を立てた。


 ……恐らく、俺が立てたその仮説は概ね間違っていないだろう。


 そして彼女が語った過去の話、永易の言っていた推測、どちらも俺は正しいと確信している。


 だからこの目的を果たすことは、きっと意味のある事だ。その意味は過ぎ去りし時への冒涜。そして過去との決別だ。


「……それじゃあな、そろそろサヨナラの時間だ」


 ……そう言って俺は鋼のごとき拳で、名も無き墓石を殴り砕いた。





 ※






 ……その後家に帰った俺の目にまず写ったのは、ソファーで横たわって寝ている彼女、アザミの姿だった。あまりに無防備なその姿とその寝顔に、俺の心は跳び跳ねるかの如くドキンと揺れる。


「(コイツかわいすぎか~~~!!)」


 俺は彼女を起こしてしまう事が無いよう、あくまで心の中でそう呟く。


 それにしても彼女は本当に可愛い。テレビで見る100年に一人の美少女だとか、そんな次元ではない。いや、彼女らも実際その目で見れば可愛いと感じるかも知れないが、アザミの場合はこの世に存在しえる美しさとはまた違う。幻想や妄想でしかあり得ないような美貌なのだ。


「zzz…」


「そんな娘が今隣で寝てるって、最早奇跡と言えるレベルを越えてんだろ……」


 超幻想的美少女であり、尚且つ他人との関わりを拒絶していた彼女が、今隣で寝ている。そんな気難しい性格ながらも、もしかしたらと希望を抱く男子がちらほらいるほどの美貌の彼女が、今隣で寝ている。


『アザミなら今俺の隣で寝てるよ』


 それを地で行く現状である。前世の俺は一体どれ程の善行を積んだのだろう。こんな美少女と友達になるなんて天文学的な確率だ。10億の宝くじだって当たるだろう。


  しかもこんな外見で友達のいない俺に対してだ。……俺は幸せ者が過ぎる。何かしら罰が無いと釣り合いが取れない程に。


「……これはきっと、神様の悪戯だろう。そうとしか説明がつかない」



『神はいなかった』


 そんなのは嘘っぱちだ、どこにも証拠が無い。事実、ユーリ・ガガーリンについての記録にはそんな事は一切記されていなかったらしい。


 神が存在しえるということも不確定要素であるが、また、神が存在し得ないということも不確定要素なのである。だからもし神がいるとするならば10億もの人生のシナリオライターである訳だ。


「……神ってのも、随分暇なんだな」


 この物語の、彼女が見舞われた“事件”と失われた“過去”。そしてこの“再会”までもが、全部神の仕業だとしたら……


「きっと来るんだろうな、……いつか終幕(フィナーレ)が…」


 ならば俺の行動は間違えてなかった。そしてこれから来る未来と、新たな俺の目的は決まっている。


「……絶対にもう失わせない、未来は」


 俺はいずれ訪れる終幕(フィナーレ)に供える。過去を取り戻すため、そして未来を手に入れるため…。






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