ホームレス飼い始めました
「…今日から、俺と一緒に暮らそう!」
俺は彼女の顔を真っ直ぐに見てそう言い放った。
「え?…え!?」
対する彼女は頬を染め、目を丸くし驚きの表情を浮かべている。
そしてしばらくその表情のまま硬直していた彼女は、少し時間が経ってからその口を開いた。
「そ、そそ、そ…」
彼女はうわ言の様にそう呟く。あまりに先程の出来事が驚愕だったようだ。
…急に大声を出したせいか?ちょっと声量には気を付けなきゃいけないなあ。
と、俺がそんな事を考えている中、彼女は深呼吸して気持ちを落ち着かせていた。
それが終わると、今度は彼女からこちらを見つめる。彼女の頬はまだほんのり紅い。
そして彼女は返答を述べる。
「…それは、プロポーズと受け取って良いのかしら?」
「………え?」
プロポーズ?一体何の事を言っているんだ?
彼女の言葉の意味を探るべく、俺は先程の自身の発言を吟味する。
「…あー」
俺は察した。全てを察した。
『…今日から、俺と一緒に暮らそう!』
プロポーズ、言われてみれば確かにそうだ。否、これがプロポーズでなくて何なのだろうか。
まあ、実際はプロポーズのつもりでは無く、帰る場所の無い彼女を引き取ってあげよう等という親切心から出た行動なのだが。
だが実際の所、端から見たらこれはプロポーズにしか見えないだろう。
…ヤバい、思い返せばめっちゃ恥ずかしい。
だがしかし、裏を返せばこれは彼女に想いを伝える絶好のチャンスなのでは?ここで彼女へ想いを伝える事が出来れば、無事俺らは結ばれる…かもしれない。
さあ、男を見せるんだ。俺!今こそ彼女に想いを伝えるその時だ。行け!俺!
「…ああ、成る程。私が帰る家が無いからそう言ってくれたのね。…私今物凄く恥ずかしい勘違いしたわね」
と、先に彼女がそう口を開く。
そして彼女はこの場を仕切り直す様に咳払いをする。自身の勘違いが余程恥ずかしく、掘り返されたく無いからだろう、彼女はもうこの話は終わりだと言わんばかりに俺を睨む。
…俺は告白の機会を完全に逃してしまった。
まあ、でもしょうがない。切り替えて行け、俺。
「…別にそんな気を使って貰わなくて構わないわ。今でも普通に生活は出来ているし、貯金も一応は貯めているの。将来の為にね」
澄ました顔でそう彼女は言うが、どこか強がっている様にも見える。
「いや、でも3日何も食べてないんだろ?それは絶対普通ではないだろ」
「…貴方に迷惑かけたくないの。貴方は私を助けてくれたんだし、私の命の恩人だもの」
彼女は目を逸らして、殊更に頬を赤らめてそう言う。
命の恩人。…実際の所、俺は大したことはしていないのだが彼女は俺をそう呼ぶ。悪い気はしないが、俺には重すぎる肩書きだ。
それに俺はまだ彼女を本当の意味で救えていない。今、俺がやらなくてはいけない事はそれだ。
「いや迷惑何かじゃ…」
「私が気にするの。…だからもうこの話は終わり。そして何も無いならもう帰りましょう」
そう言い、彼女はまたもこの場を離れようとする。だがそうはさせない。
……俺がすべき事は彼女を救う事だから。
「待て!」
俺はまたも逃げる彼女の手を握る。だが先程と違って彼女からは拒絶の色が色濃く現れている。
「離して、もう話すことはないわ!」
彼女は俺の腕を振りほどこうとする。だが彼女の細い腕では俺に叶うはずも無い。
「…一つだけ、この恩人のお願いを聞いてくれないか?」
「っ…!」
恩人の願い。そう言えば彼女はきっと断れない筈だ。…少々汚ない手だが。
ただ彼女を説得する方法が他に無いだろう。腕力で黙らせる訳にもいかないだろうし。
「……ずるいよ、馬鹿」
彼女はそう言うと、先程までの威勢は何処へやら、従順な子犬のような目でこちらをじっと見つめる。先程の様に頬を赤らめながらも、先程はなかった笑顔を浮かべて。
そんな彼女に俺は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「デートの続きだ!いわゆる自宅デートだ!ついてきてくれるか?」
「……うん」
彼女も笑みを浮かべて応じる。…先程はただ寂しかっただけなのだろう。小さくて寂しがり屋のウサギみたいなヤツだな、コイツは。
そんな彼女は白くて長い耳をピンと真っ直ぐ伸ばして、俺の後を続くのだった。
※
…先程から思っていたが。
「~♪」
「…アザミって動物みたいだよな」
可愛いにも二種類あると、どこかで聞いたことがある。一つは綺麗な、美しい女性を見た時感じる、恋愛感情が混じった可愛い。
二つ目が、子猫や兎、ハムスター等の小動物なんかを見たときに感じる可愛い。
…今の尻尾を降ってついてくる、小動物っぽい彼女は、どちらかといえば後者に当てはまる。いや、そうとも限らないか?
結局の所、彼女への恋心は捨てられていない。…じゃあどちらなのだろう?
…そうだな今の彼女は例えるならば猫耳を着けた美少女。両方合わさり最強に見える。全く、魔性の女だ。
「…それは誉めてるの?、て言うか何か馬鹿な事考えてたでしょう。面白可笑しい顔してたわよ」
「え?マジ?」
俺が可愛さの定義について自問自答していた所に、彼女に思案中の俺の顔を指摘される。…今度から気を付けないとなあ。
「お、着いたぞ。あれが俺の家だ」
指差す先にあるのは、小さなアパート。その一室を借りて俺は独り暮らしをしている。
「…何か緊張するわ」
「いや、そんな緊張する必要ないよ。……ってあれ?」
「…?どうしたの?」
俺はその時、とある違和感に気付いた。
「…ドアの鍵が空いてる?」
「閉め忘れただけじゃないの?」
「いや、そんな筈は…」
俺ははっきりと覚えていた。出かける前にきちんとドアの鍵を閉めた事を。
…何か嫌な予感がする。
「アザミ、お前は一応ここで待っててくれ」
「え!?、い、いいけど…」
そう言って俺は部屋の中に入る。
…恐らく誰かがこの部屋に不法侵入している。きっと何処かに隠れているのだろう。
「おい!出てこい!俺はもう気付いてんぞ!」
そう叫ぶ。…だが誰も出てこない。流石にこんな安直な手には誰も引っ掛からないか。
とりあえず一部屋づつ見て回ろう。そう思い、リビングルームに俺は向かった。
…そして目の前に写った光景に、俺は目を見張った。
…リビングのソファーに、人が腰かけていた。
「よお、家主さん。お邪魔してるぜ!」
ソファーに座った人物は、馴れ馴れしくそう言う。
…俺はため息を吐く。
「邪魔するなら帰ってくれ」
「…永易」
「おいおい、久しぶりの登場だぜ?もっと労ってくれても良いんじゃないかい?」
ソファーに腰かける男、永易はひょうきんな口調でそう言ったのだった。