変態ストーカー、彼女が出来る
俺は考えていた。…彼女、アザミの正体についてだ。
永易曰く、彼女は過去に事故に遭い、恋人と記憶を失ってしまった。
そこから彼女は他人との関わりを避けていたと、そう聞いていた。
事実、俺も最初は彼女から拒絶され続けた。無視され、罵倒され続けてきた。
それでも、今俺と彼女は共にいる。笑顔を見せてくれている。
…永易の言った、過去の事件は真実なのか?少なくとも今の俺にはただの物静かで愛らしい少女にしか見えないが…
だが引っかかる所もある。彼女が度々口にする“契約”という言葉。それは誰と結んだものなのか。
…亡くなった、彼女の恋人なのか?
「どうしたのかしら?さっきからそんな仏頂面して」
そう俺に言葉を投げ掛けたのは、マグカップを片手に紅茶を啜る、先程述べた不可思議美少女、アザミだ。
今現在、俺達がいるのは先程の倉庫の近くにあった喫茶店。小さな店だったが、とても落ち着くいい場所だ。
「ああ、ちょっと考え事をな」
「ふぅん」
俺の返答に彼女は溜め息混じりの返事で答える。特に俺の事について追及する訳でもなく、興味無さげに紅茶を啜った。
そうして暫く沈黙が続き、ひとしきり経った後、彼女が口を開く。
「…ねぇ?これってデートなの?」
彼女はそんな事を言い出す。
「いや、でもアンタが言ってたろ?男と女が遊びに行けばそれはデートだって」
「いや、そうだけど。…楽しい?特に会話も無くお茶してるだけで…」
「少なくとも俺は楽しいぞ?こんな美少女と一緒にお茶するなんて多分一生無いしな」
「っ!……馬鹿」
と、少々からかい過ぎただろうか?彼女は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
怒った彼女は乙女心を弄んだ罪だと言って、紅茶の料金を奢る様に命令した。
だがまあ、さっきの言葉は真実何だが、冗談を装わないと伝えられないヘタレなんだ、俺は。
「もう馬鹿!本当に馬鹿!」
そう言って頬を膨らませる彼女。そんな彼女が美少女でなければ一体何なのだろうか?天使、もしくは女神か?
そんなしょうもない事を考えながら、俺達は昼下がりのティータイムを満喫した。
※
「う~ん、美味しい♪」
あれから数十分は経ったが、俺達はまだ喫茶店にいた。
というのも、料金は俺の奢りだと彼女が知ってから追加でパンケーキを注文したからだ。
それにしても…
「そんなに食べてて太らないか?」
「女の子に太るとか言っちゃいけないの!今この時はそんな事忘れて幸せな気分なんだから!」
「あ、はい。すいません」
彼女に怒られた。それにしても、今日の彼女は感情の起伏をよく見せる。初めて彼女の笑顔を見たのも今日の事で、そんでもって喫茶店でデートも今日。…あれ、進展早すぎないか、これ。チョロインでももうちょっと段階踏まない?
「ご馳走さまでした」
「もういいのか?」
「うん。まあ、誰かさんに言われた通り、これ以上食べると太っちゃうからね」
…うわ、めんどくさい。めっちゃ根に持つやん。
「…正直な事を言えば、アンタは痩せすぎだと思うけどな。ダイエットもいいけど、普通に食べるのがいいと思うぞ」
「…いいの?」
「ああ」
「…ありがとう。じゃあパンケーキ五つ」
「い、五つぅ!?」
あまりの量の多さに、俺は驚愕する。ダイエット以前に普通に俺でも食いきれるか分からない程の量だ。そんな注文を彼女はあっけらかんと言ってのけた。
「…本当に大丈夫なのか?」
「何が?ちなみに奢れないとかは無しだからね?約束だから」
「いや、そうじゃなくてだな…」
彼女は首を傾げる。どうやら本当に分かってないらしい。こんな細身の体なのに、これほどの大食いとは予想外だった。
「食べきれるんだよな?パンケーキ五つも」
「……」
その質問した、その途端に彼女は押し黙る。軽く頬を染めた上目遣いでこちらを見る。
「…笑わない?」
「え、どゆこと?」
「私がこれから言うことに笑わないかって聞いてるの!というか、絶対に笑わないで。笑ったら怒るから」
彼女は怒りからか恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしてそう言う。何か今日の彼女はいつもとは別人みたいだ。
「…本当に笑わないでね?」
「ああ、分かってるよ」
「…私、この三日間何も食べてないの」
「…え?」
彼女の口から出たのは笑い話では無く、思った以上に深刻な彼女の現状だった。
「え、お金は?て言うか家族は?」
俺のその質問に、彼女は無言で首を振る。
「おいおい、マジかよ…」
「正直、その反応は予想外だったかな。君は笑わないとは思ってたけど、こうも心配してくれるとは思わなかったよ」
「いや、心配するだろ。笑い事でもないし…。それよりお前は一人暮らしなんだよな?家が近ければ夕食くらいは…」
「ううん。家もないの、私。さっき居た場所に倉庫があったでしょ?そこが私の住み家。…これ無断だから誰にも言わないでね?」
「……」
言葉が出なかった。永易が言っていた通り、彼女には何かしら暗い過去があるであろう事は何となく察していた。
しかし、それがここまでとは思いもしなかった。しかも彼女がそれを不幸だとも思わず、今も淡々としているのが余計に不憫に感じさせる。
「さあ、食べ終わったし、そろそろ行きましょう。これからどうする?」
「ど、どうするって…」
彼女は何事も無かったかの様に立ち上がると、先程の話など物ともしない様子で笑いかける。
そんな彼女を見て、訝しげな表情を俺は浮かべる。そして俺の心情を察してか、彼女は不意に表情を曇らせた。
「…どうやら、そんな気分じゃないみたいね。もう帰りましょうか?」
そう言って彼女は店を出ていってしまう。寂しそうな、弱々しい少女の後ろ姿だった。俺はそんな彼女をどうにかして救えないだろうか?そう考えていると、ふと明暗を思い付く。
「待ってくれ!アザミ!」
俺は彼女を追いかけてその手を掴む。
「え?…え!?」
急にその手を掴んだからか、彼女の名前を呼んだからかは定かでは無いが、彼女は顔を赤くし驚きの表情を浮かべる。
だが、そんな事は関係ない。俺は彼女を助けるために、救うために、彼女の目をまっすぐ見て…
「…今日から、俺と一緒に暮らそう!」
そう言い放った。