少女の悲しい過去
…風が吹く。
肌に当たるその風が妙に気持ちいいと感じる季節となった。
梅雨が明け、空も今までの鬱憤を晴らすかのように晴れ渡っている。
俺自身も、ついに背中の見えてきた夏休みに思いを馳せ、気持ちを高ぶらせていた。
そんな思いを胸に意気揚々と通学路を歩いていると…
「よう、マッドサイエンティスト」
背後から不意に声を掛けられた。
「どうしたんだよ、ニヤニヤして。新薬の開発にでも成功したのか?」
「マジでやめろ、それ」
高らかに笑いながら、そんな笑えない冗談を口にするのは俺の唯一の友人、永易だ。
永易は冗談冗談と言って俺の肩を叩くと、そのまま俺の横に立ち、歩を合わせ歩き出す。
ちなみに俺のマッドサイエンティストというあだ名は俺のこの風貌から付けられたものだ。
髪は一面雪のように白く、両手には手袋をいつも着けている。
決して、人体解剖やカニバリズム、殺人ウイルスを栽培し、感染実験の為に世に蔓延させるとか、そんな事はしていない。断じてやってない。
「そんな事よりお前はどうなんだ。オカルト研究会」
俺は話題を逸らそうと、永易のクラブ活動について話をする。…コイツも大概可笑しな事やってるよな。
「おうよ!最近は人間が妖怪に成り変わるための禁術が記された書物っていうのを調べててな。まあ、そのためには死ななきゃならんし、信憑性も無いからそんな事はしないけどな。」
…コイツならやりかねない気もするが。
「だが今のこの何もない日常に嫌気が差したら、その時は妖怪にでもなろうかな。」
「…お前そんな事してるといつか頭かち割られるぞ。」
「頭…?何で?」
そう言って首を傾げる永易。と、まあそんな他愛も無い話をしながら俺らは学校へと続くこの道を歩いていくのだった。
※
教室に着いた。…何やら騒がしい。
「おお、そういや今日席替えだったな」
「ええ、マジかよ…」
俺はドン底までテンションが下がる。
「おいおいどした?席替えといえばハッピーなイベントだろ」
「…俺、お前以外話せる友達が居ない。」
ちなみに今現在は俺と永易の席は隣同士だ。休み時間は話相手となってくれて、暇する事無い快適な学校生活を送らせて貰っている。
その永易が居なくなれば、俺は孤独なぼっち生活を送ることを余儀無くされてしまう。
「永易ぅ~、離れたくないよぉ~」
「悪いが普通に気持ち悪い。寒気がする」
…はは、死のう。俺、心がポッキリ折れちまったよ…。
「まあ、そう落ち込みなさんなって。あるだろ、住めば都っていう諺が。友達なんてまた新しいところで作ればいいんだよ」
「…それが出来れば苦労はしねぇよ」
事実、俺と関わろうとする人間は少ない。それはこの見た目のせいだろう。
こんな頭のおかしい科学者みたいな見てくれだ。永易みたいな余程の物好きか、クラスのヤンキーみたいな奴しか俺には話しかけてこない。
この容姿にはとある理由があるため、担任教師は咎めはしないのだが、やはり他の人と同様、色物を見るような目で俺を見る。
「まあ、頑張れや。俺はそれしか言えん。」
…くそう、薄情者め。
※
「はーい!じゃあ席替えのくじを引けー!」
歓声が上がる。
「フェスかよ」
しかしそんな愚痴を溢すのも俺くらいのもので、疎外感を感じた俺の気分は更に落ち込む。
「皆テンション高すぎんだろ…」
さらに俺は愚痴る。まあ、無駄だと分かっているが。
席順はくじ引きで決めるようだ。出席番号順に皆がくじを引いていく。
だが皆、普通に引けばいいものの、黙祷して神に祈ったり、天は俺に味方しただの下らない戯れ言をほざいている。
…馬鹿ばかりだ。
『神はいなかった』
天を越え、初めて宇宙に行ったユーリ・ガガーリンがそう言っているというのに。
と、そんなどうでもいい事を考えている内に俺の番がやって来た。
俺はくじを引く、番号は5番だった。
確かに、一体何処の席になるのかと待ちわびる、このドキドキ感は中々に良いものかもしれない。
「よーし、じゃあ机動かせー!」
黒板には座席表に適当に数字を割り振った図が張り出されていた。それを見た俺は吐息を漏らす。
「…主人公席、貰ったぜ…!」
教室の窓側の最後列、所謂主人公席を俺は手に入れた。
主人公席の由来は諸説あるが、一般的なのが周りに人が居ない最後列なら他のモブを書く必要が無く、作者の手間が省けるからというもの。
…全く夢の無い話だ。
「よう、ご無沙汰。帰ってきたぜ、俺が」
前の席、振り返って俺を見るのは、毎度おなじみ永易だった。
「良かったじゃねえか、ぼっちにならなくて」
「ああ、ありがとう神様」
俺は先程否定したばかりの神様に感謝を告げる。
「それにしても良い御身分じゃねえか、主人公席とは」
「それはお前もだろ」
「違いねえ」
そう言って高らかに笑う永易。…窓から吹き込む風が気持ちいい。
「こっから夏休みまで快適生活。いやー、いいねー」
永易の言葉に俺は首肯する。
…その時、ちらっと隣の席の人物が目に入った。
容姿端麗、めちゃめちゃ美人な少女がそこにいた。
物静かなその雰囲気からは何処か儚さを感じ、硝子細工の様な美しさを醸し出していた。
「………」
少女と目が合う。
…その時、何故だろうか、気が付けば俺はその少女に話しかけていた。
「…よお、これからよろしくな?」
理由は分からない、とても可愛かったから、この際お近づきになろうといった下心かもしれないし、その少女が何処か悲しげな表情を浮かべていたから、俺の偽善の親切心が働いたのかもしれない。
…ともかく、考えるより先に体が動いていたんだ。
「………悪いけど、話しかけないでもらえる?」
しかし帰って来た返答はあまりに短絡的で、あまりに冷たい言葉だった。そう言ったきり、少女はそっぽを向き此方に見向きもしなくなってしまった。
「よーし、じゃあ休み時間にしよう!授業の五分前には席に付くんだぞー!」
担任のその言葉と同時に、その少女は席を立ち、教室を去ってしまった。
俺はまたもや喪失感の様なものに苛まれていた。
「お前、アザミみたいなヤツに気があるのか?」
「アザミ…?ああ、あの娘アザミっていうのか」
「まあ、本当の所は分からないけどな。…アイツは記憶喪失で、アザミって言うのは自分で名乗ってる」
「アザミの花言葉って知ってるか?…独立、厳格、触れないで…と、まあこんなところだ」
独立、厳格、触れないで…ねぇ、随分と寂しい言葉が並ぶものだ。
「つまり、アザミって娘は自ら孤独を望んでいるって訳か?」
「恐らくそうだろうな。…そしてここからは俺のお得意、神秘学の話だ」
オカルト研究会一のオカルト好き。それが永易だ。
「アイツが記憶喪失になった理由だが、どうやら交通事故に巻き込まれた事が原因らしい。そしてその事故には恋人も一緒に巻き込まれた。恋人は帰らぬ人となって自分だけが生き残った、それに負い目を感じてアイツは人との一切の関わりを持たなくなったって話だ」
「…その話に信憑性はあるのか?」
「おいおい結構有名な話だろ。…ってそうかお前は転校生だったな」
転校生、そうはいってもこの学校に来たのは今の学年が入学式を上げた二ヶ月後。ブランクは無いと自負していたつもりだったのだが。
「まあ、だからアイツに気があるなら悪いことは言わん、止めとけ。親友からの忠告だ」
…永易曰く、あの少女は自ら孤独を望んでいる。
だか、本当にそうなのだろうか?
少なくとも、俺には突っ掛かる所があった。
あの少女、アザミは…。