7話
次の日の早朝。
必要な荷物をまとめたリルルとルリリは旅の支度を終えて外に出る。既に先に外で待っていたカミキリに話しかけた。
「おはよう」
「おはようございます」
「ああ。おはよう。もう準備はいいのか?」
カミキリはたずねる。それにルリリが答えた。
「もちろん」
「そうね。ルリリが寝てる間に私が準備したから」
「うっ。ありがとうね。お姉ちゃん」
リルルが苦笑してそういうとルリリが罪悪感で胸を抑えながら礼を言う。
「意外と荷物少ないな」
「でしょ。お姉ちゃんのリュックのおかげだよ」
「ルリリには狩りや護衛に回ってもらうために動きやすいようにしているからね。代わりに私が多めに荷物を運ぶわ」
リルルは背負っているリュックを見せながら答える。
一方でルリリは狩りで使う道具一式と背負える程度の鞄と泊まり込みで狩りをするようなスタイルであった。
「ところでカミキリは……それで大丈夫なの? 随分荷物が少ないみたいだけれど……」
カミキリの荷物はルリリよりも少なかった。刀とルリリたちから貰った日持ちするタイプの食料と水、わずかな着替えの入った鞄。それだけであった。
軽装というには少なすぎる荷物にルリリが心配するとカミキリは答えた。
「ああ。恐らくリルルたちの言う領主の使いがとやらどこからか狙っているだろう。あの時のチンピラたちを囮にして見ていたしな」
「見られてたって。大丈夫なの?」
カミキリがそういうとリルルが不安そうにたずねる。
「チンピラがやられた辺りですぐに撤退していったから問題ない。残った奴にも威嚇しておいたから、報告する間でもないと思っていた」
「……出来れば何かあったら教えてちょうだい。念のためにね」
リルルがそう言うとカミキリはうなずいた。
「そうか。了解した。今は誰も見ていないぞ。荷物については問題ないぞ。守る側がいつでも戦闘できる状態じゃないと問題だから最低限にしているだけだ。それにこれらの荷物は本当に緊急時のみ使うものだ。それ以外は現地調達するから問題ないし、足りなければ我慢できる範囲で抑えているから大丈夫だ」
「分かりました。もし、問題ありそうだったら言ってね?」
「ああ。分かった」
リルルはその言葉を信じる事にして無理矢理自分を納得させるように答える。カミキリがうなずくのを見るとそれを聞いていたルリリが何かを思いついたのかカミキリに言った。
「あ! そうだっ! 私が食料とかは持ってあげるよっ」
「いや。いい。リルルの言った事を忘れたか? ルリリには俺と同じように狩りとか護衛もするんだろ? 俺のはそこまで大した量じゃないから大丈夫だ。だから、もしもの時はリルルを守ってやってくれ」
「うん。分かった。お腹すいたら言ってね。たくさん狩るから」
「ああ。いい子だ。リルル。目的地は」
いつまでも話しているのは良くないとカミキリが言うとリルルとルリリはうなずいた。
「目的地はここよ」
リルルは確認のために用意していた地図を全員に見えるように出す。省略された簡素な地図には複数の×と1~4の数字で記された場所が存在している。
「えっと……確か、×印の1番がここだから……一番近い目的地はここね」
リルルが示した3と書かれた場所。それは廃棄された街の跡の絵を抜けた先にある小さな町の先であった。地図を見たルリリは一度だけ行った事のある小さな町がある場所を目印にして方角に当たりをつけると太陽の上っている東を指す。
「ええ。その方向に歩き続けて1日程で街に。そこから樹海を突っ切って2日程ね」
ルリリの行動にうなずくと捕捉するようにリルルは町へまっすぐ指を進める。そこから樹海を突っ切る様に真っ直ぐ進めてから到着予定の場所にたどり着くと指先で軽く突く。
「うへぇ。樹海に入るの? 嫌だなぁ」
ルリリはリルルの予定に露骨に嫌そうな顔をした。
街の跡がはっきりと残っているとは言っても実態は鬱蒼とした森林の中である。慣れてない内はルリリもかなりの頻度で迷った事があるのを記憶している。ルリリは森や樹海などの木々の生い茂った中を行くと言ったリルルに対して無謀と思ってしまうのも無理はなかった。
「それくらいは私も分かってるわ。でも、私たちの足じゃあ普通に逃げても追いつかれるし、痕跡を断ちたいの。それにあの樹海に関しては私が知ってるから問題ないわ」
「え? お姉ちゃん。行った事あるの? おじいちゃんと狩りとかの手伝いに出てた時があるのは知ってるけど」
ルリリはリルルの言葉に驚く。
「あの時よ。ほら。少しの間ルリリが1人でお留守番した」
「ああ。あの時の?」
リルルの言葉にルリリはいつの事かを思い出す。彼女が1人で狩りが出来るくらいまで成長する前までは姉であるリルルが狩りをしていた。ルリリの狩りに対する物覚えが良いために短い期間ではあったが。
そんなある日の事である。進化した動物の一種である魔物が近くで暴れているという情報があり、彼女たちの祖父はそれをどうにかするために近くの町の人間と協力を仰がれた状況があった。それに加えて彼の娘であり、本格的に教え子でもあるリルルの協力もである。
しかし、町へ行って事態を収拾するために2~3日離れなければならない。そのために避難先としてルリリも連れて行こうとしたのだが、ルリリはそれに対して家からは絶対に離れないと猛反発。「さすがに1人を残すのは……」ということでリルルと祖父が2人係で説得を試みるものの、ルリリは聞く耳を持たなかった。
最終的には2人は説得するのを諦めてこのまま無理矢理連れて行くよりも早々に魔物を狩ることにした。2人はルリリが1人でも問題ないように手軽に準備できるように色々と工夫をして、なるべく多めの食事と水を準備してから出かけて行ったのであった。
その後は、2人とも疲れた表情は見せていたが何事もなく戻ってきた。
ルリリは何も問題なく過ごせていたのを確認すると2人して安堵の息を吐いたのをリルルは覚えていた。その時に何か要領を得ないような話をルリリがしていたことは覚えているが、その時は疲れ切っていたのでリルルたちも覚えていない。
「う゛う゛ぅ゛ん? 確か……あの時の私って1人だったよね?」
ルリリもリルルと同じタイミングくらいで姉と祖父が帰って来た所を思い出していたのかそこから少しして頭をかしげる。そこで何を放していたのか思い出そうとするが、思い出せない。1人で残っていたはずなのに1人ではなかったような気がしてきて、何とか思い出せないかと姉にたずねる。
「何を言ってるのよ。私もおじいちゃんも居なかったんだから分かる訳ないでしょ。あの時は周辺の生き物が近づかない様に罠とかにかなり気を使ったんだから、ルリリ1人以外に誰もいなかったはずよ? それにあの時は心配で心配でしょうがなかったんだから。帰って来た時はケロッとした状態だったからすぐに気が抜けたけど、そもそも1人であんな……」
見知らぬ地へ祖父と共に行くことへの好奇心と結局1人で家に残ったルリリへの心配で色々と気が気でなかったリルルはルリリに言った。少し説教じみた状態に入ったリルルに藪の蛇を踏んだとルリリは面倒くさそうに顔をしかめる。
「あ~。姉妹仲良く喋るのはいいが、出なくていいのか?」
完全に空気と化したカミキリがルリリとリルルに対してそう言った。カミキリ存在がいたことを思い出すと、このままいつまでも喋っている訳にはいかないという事に思い至ったのかカミキリをそっちのけで喋っていたリルルは気まずくなって顔を逸らした。
「さ、さぁ。行くわよ」
「お、おぉ~」
こういう時の連携に対してはさすが姉妹という所か。カミキリの様子をうかがいながら進んでいく2人にカミキリはため息をつきながら後を着いて行くのであった。