6話
ルリリの案内でカミキリは荷車に大量の人を乗せた状態で運ぶ。たまに積まれた男達が目覚めそうになると当て身で気絶させて再び荷車で運ぶ。
それを少し歩けば迷いそうな薄暗い森林の奥深くまで繰り返して、周囲の中でも大きな木がそびえる開けた場所にたどり着いた。
「ここはどう?」
「なるほど。ここなら簡単には返って来れなさそうだな」
ルリリの確認にカミキリはうなずく。
ずっと歩いていたカミキリであっても、いきなりこのような場所で眼が覚めれば確実に道に迷うことは間違いないのは容易に想像できた。置くのに丁度良さそうな木の前に男たちを置いていく。
その衝撃で時々目を覚ますときもあったが、それをカミキリは丁寧に後頭部に衝撃を与えて気絶の時間を更新させるとヤスと呼ばれた男を除いた男達を全員並べ終えた。
「これでよし。いったん戻るか」
「うん」
ヤスを最期に放置すると仕事を終えたカミキリはそう言って来た道を戻り始める。しばらく歩いて男たちが完全に見えなくなるとルリリは言った。
「それにしても」
「どうした?」
「どうしてあそこに放置するだけにしたの?」
ルリリはたずねた。
助けられた側がいう事ではないのかもしれないが、あそこに放置するだけではまた戻って来て報復される可能性は捨てきれない。
それだったらこんな場所に放置するよりも始末してしまうか、放置するにしても何かで縛っておくかして追えないようにした方が安全であるのはルリリであっても容易に想像できた。
「さすがに子供の前で人を切るのは俺の気分的にな」
「私は子供じゃないよっ! 15だしっ! 狩りだって1人で出来るよっ!」
カミキリの言葉が気に入らなかったのかルリリは不機嫌そうに頬を膨らませる。それを見たカミキリはルリリの頭をポンポンと軽く叩く。
「そう言っている内はまだ子供だ。それと人型の生物を自分の意志で殺した事はないだろう? 短い間だったが、動きや人と相対した様子から分かる。それにあの時の怯え方を考えれば、正直見せたくはないな」
「むぅぅぅ」
カミキリの言葉が気に入らないのか不機嫌な様子は隠そうともしないが、ルリリも自身の事を言われては否定できないのか唸るだけに留める。
「まぁ、どっちにしても、だ。真面目な話をするとだ。さっさと戻った方がいいのは確かだ。援軍の可能性は捨てきれないからな」
「……うん」
真剣な表情で言ったカミキリの言葉に1人にしている姉の安否が気になりルリリはうなずく。すぐに走り出しそうなルリリにカミキリは言った。
「急ぐのは構わないが、怪我をしない方が大切だぞ。怪我をしたらリルルが悲しむぞ」
「分かってるよ。少し早足で帰るよ」
「分かった」
ルリリが少しだけ速度を上げる。戻って来た時に戦わないといけない可能性を考えてルリリは疲れを出さない程度に抑えて走り始める。その後ろをカミキリは無言で突いて行く。
そのまま無言で走り続けて行きの時間の半分くらいで戻って来ると真っすぐにリルルのいる家の扉を勢い良く開けた。
「ただいまっ!」
「あら? お帰りなさい」
開けた先には先程襲われていたとは思えないほどマイペースに今日の夕餉の準備を終えて待っていたリルルが迎える。それを見たルリリは安堵なのか呆れたのか分からないようなため息をついた。
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ。さっきまで襲われて大変だったのに。援軍とかもあったかもしれないんだよ?」
「確かに大変だったけど、それで大切な妹を不安にさせてちゃ本末転倒でしょう。彼らの住んでいる街の距離や縛って連れて行った彼らが戻って報告してからここに来るとしても今日くらいは大丈夫でしょ」
「……お姉ちゃんは何か知ってるの?」
リルルがそう言うとルリリは訝しげに言った。リルルの言葉はまるで彼らがどこから来たのかを知っているようでもあった。
「ええ。彼らのいた街で生まれたのよ。私たち」
「え?」
「私たちが孤児であることは知っているわね」
「う、うん。そこに預けられてたっていうのはお姉ちゃんが言ってたよね」
「そうよ。あなたが物心つく前に逃げたんだもの。私たちを売るって言っていたから。それでこの家の主であるおじいちゃんにお世話になったの。それで色々とおじいちゃんに教わったの」
ルリリは困惑した。彼女自身の知らない事実のオンパレードをあっさりとした様子で言った姉に対してどう答えればいいのか分からなくなる。それでも何とか思っている事を言葉にした。
「どうして今話したの?」
「それはこれから言うわ。そんな子供の頃から目をつけられたのよ。街の領主である神人様にね」
「……神人様に。どうして」
ルリリはリルルの言葉を繰り返す。その理由が分からずに頭をかしげる。
「はっきりとした理由は分からないわ。私たちを送りだそうとした孤児院の管理人から盗み聞きした話だと生贄に最適だ、とかなんとかって言っていたのは覚えてるわ」
「生贄?」
物騒な内容にルリリが頭を傾げる。
「ええ。それで孤児院のあいつは「銀貨10枚でどうですか?」よ。それが決定的になって孤児のみんなと話を示し合わせて同時に逃げたの。これは私の推測ではあるんだけど、逃げなければ全員この世にいなかった可能性の方が高かったと思ってるわ。幼い頃の私ですらその神人様の話でいい噂は聞かなかったから。それが今になって現れるなんて思ってなかったわ」
リルルはそう締めくくると顔をしかめる。彼女も自身とルリリが成長するまでそれなりに時間は経っていたために諦めたと思っていた。それが今日の出来事でまだ諦めていないのかもしれないという可能性を突きつけられたのである。苦い顔をするのも無理はなかった。
「そんな……」
姉の言葉が正しいとすれば未だに狙っているのを諦めていないという事実にルリリもどう答えればいいのか分からなくなる。
「それで、だ。リルルはどうするつもりなんだ?」
ルリリが混乱している中で話を静観していたカミキリは口を開いた。その言葉にリルルは落ち着いた様子で答える。
「それについては考えがあるわ」
「本当?」
助け船を出しただけなのかカミキリはそのまま黙る。ルリリはリルルにたずねるとうなずいた。
「もちろんよ。このままここに留まれば追手が来る可能性が高いわ。だから、私たちの思い出の詰まった場所ではあるけど、ここを出て行くわよ」
「ここを……」
「……ええ」
リルルたちが育ってきた場所を放棄するという言葉にルリリは動きを止める。彼女はリルルが言いたいことも分かっているが、それ以上に底から先の言葉でてこない。
「もちろん。ずっとって訳じゃないわ」
「え?」
リルルの言葉にルリリが呆けた声で聞き返す。リルルは答えた。
「ほとぼりが冷めるまでよ。その間は少し退避するってだけ。それにどれだけ時間が掛かるか分からないけど、一応はおじいちゃんに安全な場所を教えてもらってるわ」
「おじいちゃんが?」
「ええ。おじいちゃんもいろんな場所を転々としてたみたい。だから、ここ以外にも隠れる為の場所があるって言っていたわ。それにこの場所は私たちが育った大切な場所。このまま残って理不尽に荒らされるよりはもぬけの殻でいないと思われて放置された方が片づけが楽でずっといいわ」
「帰ってこれるの?」
「ええ。本当に大事なものはもって行かないといけないけどね」
「……良かったぁ」
リルルの言葉にルリリはその場にへたり込む。おじいちゃんが何者なのかという部分も気になるルリリであるが、それ以上に彼女の口ぶりではもう帰ってこないと言っている様であった。それが一時的であるという事に安堵する。
リルルはある程度ルリリへの説明を終えたと判断するとカミキリに言った。
「そんな訳だからカミキリさん。身勝手で相当無茶なことをお願いかもしれないけど、私達を隠れ家に着くまで護衛をお願いできないかしら?」
リルルは頭を下げる。ルリリもそれに倣う様に頭を下げた。
「いいぞ」
真剣な様子のリルルたちにカミキリはあっさりとうなずく。
「いいの?」
「いいと言っている。男に二言はない」
改めて聞き直すリルル。カミキリは同じようにそう言うと同時に腹が鳴った。カミキリの腹の音に毒気が抜かれたのかリルルは小さく吹きだした。
「ふふ。まずは腹ごしらえね。これを食べてから話し合いましょう」
音を出したカミキリは少しばつの悪そうに顔を逸らす。その横ではルリリも同じように鳴らしたのかお腹を抑えていた。
リルルはそんな2人を見てからくすりと笑うと2人を招き入れた。




