20話
リルルは頭が真っ白になって動くことが出来なかった。
妹であるルリリは連れ去られた。出会ってから2日という短い期間であっても親しくなったカミキリの死。その2つはそれほどの衝撃を与えていた。
「どうすればよかったの……」
呆然とした状態のままリルルの口から言葉が漏れる。妹を助けに行きたい。
でも、体が動かない。どうしたらいいのか分からない。そもそも助けに行って本当に助けられるのか。カミキリの動きやカミキリを殺した男の動きが全くと言っていいほど見えなかった自分に。
そう言った言葉が頭から生まれては消えると言うのを繰り返してリルルの活動を弱める。逸れぬ加えて、すぐにでも助けに行かなければならないのに動けなかった自分にそんな資格があるのか。そもそも助けに行っても何もできずに無駄死にするだけでは。といったネガティブな思考がリルルの中を支配する。
「っ!」
負のスパイラル囚われていたリルルの思考に割り込むようにカミキリの体がいきなり跳ねた。体が地面を叩きつける音と血を吐きだしたカミキリにリルルの頭は現実に叩き戻される。
「うそ」
そこからリルルは呆然と眺める事しかできなかった。
「カッ! …………はぁはぁ」
急に動き出したカミキリの体の貫通していた胸元の穴が淡い光を放ち塞がる。カミキリは口から体に溜まっていた血を吐きだすと弱っているが、微かに呼吸を再開していた。
「どうなって……」
目の前の光景が理解できずに思わずリルルはつぶやく。変化はそれだけではなかった。カミキリの体は人間のような体から別の何かに変化する。四肢と胴体、顔があるのは人間と変わらない。
最初に変わったのは身体。少し焦げた様なうすだいだい色ではなく黒。皮膚も一部が虫の甲殻のような物が鎧のように覆う。服も甲殻に侵食されるように体の中に消えて荒々しい鎧を纏った姿になる。
次に顔。フルフェイスの兜のような形で体と同じように頭を覆う。目立つところは強靭なそうな顎。頭から伸びる2本の長い触角。まるでカミキリ虫のような風貌であった。
最後に手に持っていた刀『カミキリ』。全身の変身が終了すると刀の鞘も変身した姿の色に合わせるかのように色が変化する。
「 」
完全に変身を終えるとカミキリが起き上がった。その姿を見てリルルは衝撃のあまり一瞬言葉を失うがすぐに平静を取り戻してから恐る恐ると言った様子ではあるが口を開いた。
「カミキリ……なの?」
「……ああ」
リルルがそうたずねると目の前の存在は歯切れの悪そうに肯定する。
「ひっ!」
聞き覚えのある声であった。目の前での変身であったために嘘ではない事は分かっている。分かっているが到底信じられないような光景であったためにカミキリが一歩踏み出すとリルルは怯えた様に小さく悲鳴を上げる。
「そうか」
カミキリである怪人から少しだけ寂しそうな言葉が漏れる。その声と雰囲気にリルルは申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめんなさい。ここまでずっと守ってくれてたのに」
「慣れているから気にしなくていい」
「それでも、よ。傷つかない理由にはならないわ」
「優しいんだな」
「……私は優しくなんかないわ」
カミキリの言葉にリルルは否定する。目の前の存在がカミキリであることは分かっている。しかし、分かっていてもその見た目にわずかながら硬直している事を理解していた。
「いいや。怖がっているのが分かっても、俺に気を使っていつも通りに喋れってくれる。充分優しさだ」
「でもっ! それで妹が! っ!」
リルルの感情があふれ出る。カミキリへの恐怖と妹を連れ去れた罪悪感。色々な感情が混ざり合ったリルルにカミキリはいきなり抱きしめる。突然の出来事にリルルは混乱する。
「大丈夫だ」
「ううっ。あぁっ」
カミキリが短く言う。それで歯止めが聞かなくなったリルルは泣いた。静かに押し殺すような小さく短い嗚咽。悔しさや無力感。悲しさごちゃ混ぜになった感情を整理するように。
そうやってしばらく泣いてからリルルは泣いていた姿勢のままカミキリに言った。
「……ありがと」
「それよりも、だ。ルリリはどうした? 不意を突かれて刺されたことをは覚えているが……」
リルルが落ち着いたのを見計らってカミキリはたずねる。リルルはカミキリに言った。
「仮面をつけたあいつらとその親玉に連れて行かれたわ」
「その親玉が俺を背後から刺した訳か」
「ええ。行く気……なの? 相手は多分神人よ」
カミキリにリルルはたずねる。リルルたちを最初に襲ったヤクザのような人間。それに関わっていたであろう仮面たち。それを主と呼ぶ男からリルルはあの男が神人であることは想像が出来た。見ただけで狩りなどの先頭から離れていたリルルにも分かるくらいに戦えば死ぬ思わせる覇気。それに反してリルルたちが気が付かなかいくらいに遮断できる気配。仮面の男が傷をつけられなかったカミキリ相手に致命傷を与えた相手である。そうたずねるのも無理はなかった。
「もちろんだ。次は勝つ」
そんなリルルの問いにカミキリは即答する。それに対してカミキリの根拠のない答えにリルルは不安そうに言った。
「勝てないわ。確かにあなたは死んでないけれど、あれは……桁が違う」
「大丈夫だ」
「大丈夫だ、じゃないわ。ルリリがまだ人質として残っているし、相手は馬車よ。向かって行った方向は分かるけどどこに行くのは分からないわ。それに途中で何かしらの偽装はしてあると考えると今から追いつく手がない」
リルルは思った事を伝える。どう考えても予め色々と取引などを行っていた仮面たちは裏工作などのプロである。リルル自体は大したことはないと舐めてはいるだろうが、それでも何かしらの邪魔をされるという事を嫌うであることは想像に難くない。
「追う手段はある。走れば追いつける。痕跡に関しては今の状態だと簡単に見分けられる。それに正面から戦うんであれば俺は絶対に負けない。約束してもいい」
「改めて思うけどその姿って……」
カミキリの言葉に根拠はない。ないが、なんとなくそんな気がしてくる言葉であった。
リルルはそれを受け入れるとずっと気になっていたいた事をリルルは口に出した。どう見ても人間ではない風貌と人間の姿を持つカミキリ。色々とタイミングがズレて聞くことが出来なかった事をたずねる。
「……それは秘密だ」
「そうなの」
「随分とあっさりしているな」
「言いたくない事なんて人にはたくさんあるわ。それよりもルリリを助けに行くんだったら私も連れて行って」
「分かった」
リルルの言葉にカミキリが即答する。
「拒否しないのね?」
拒否されると思っていたリルルは拍子抜けした表情で言った。その理由をカミキリは答えた。
「このまま置いて行った後に合流できるか分からないからな。それにあの男と対峙する場合は悔しいが他の相手が出来ない」
「それならルリリの救出は任せて。それと助けに行く前に寄って欲しい所があるんだけど」
そう言ってリルルは朝に判明したあぶり出しの紙を出した。
「そこに行くのか? 思っている物があるかは分からないぞ」
「大丈夫。ここには絶対に武器になる物があるから」
確信しているかのような口ぶりにカミキリは不審な様子でたずねる。
「……どうして分かる」
「そこには私も行った事があるからよ。着いてから教えるから連れて行って」
「分かった」
リルルの提案にカミキリは了承した。




