14話
「カミキリっ!」
庇われたアルエがカミキリに向かって叫ぶ。
橋の方から白を基調とした金と紫の豪華な法衣に身を包まれた男が派手な杖を鳴らしながらカミキリたちの元に歩み寄ると言った。
「いけませんねぇ。ここは戦場ですよ?」
「理三っ!」
豪華な法衣を着た男、理三をアイネエルが睨む。理三は特に気にした様子もなく、ゆっくりと無防備なアルエに近づく。
「させませんっ!」
「邪魔です」
「くっ!」
アイネエルが前に立ちはだかると理三は手を前に掲げるとアイネエルに衝撃が襲う。
「ほう。流石、天使様の力という訳ですか。普通であればこれで四肢が引きちぎられるはずなのですが」
アイネエルが少し後退する程度に抑えると膝から落ちる。それに理三は感心したように声を漏らした。
少し遅れて飛ばされたカミキリが視界の外から理三を襲う。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
カミキリの刃は届く事なく、見えない何かが理三とカミキリを阻んだ。
「ユーッ!」
「はい」
カミキリがユーに声をかけるとユーは急いだ様子でアイネエルを癒す。
「アルエもっ!」
「っ!」
カミキリが声をかけるとアルエも慌てて立ち上がる。そのまま杖を構えてカミキリの足元に足場を作り出す。
「はぁっ!」
空中で作り出された足場をカミキリは全力で踏み込む。それによって阻んでいた力場を超える。
そのまま理三の背後にカミキリは回り込む。そのまま刀を叩きつける。近くで見えない何かに阻まれる。
「ふん」
理三はカミキリに対して鬱陶しそうに鼻を鳴らす。不可視の攻撃を繰り出そうとするとカミキリは大きく飛び退いた。
理三アルエたちの位置まで戻ると理三は言った。
「ふむ。主が私に啓示をする訳だ。奴らを放置するのは危険という事か」
理三の言葉にカミキリが疑問を浮かべる。
「啓示?」
「神が人の知りえない知識を教える方法です。今回はそれを使って理三に我々がここに来ることを教えたのでしょう」
「そうだ。「そこの敵対者である元天使様と侵入者を倒せ」とな。私の名は理三。我が主のために東の海を越えた者だ。冥途の土産に覚えておくがいい。死後、私の名から主に罰を与えられる為のな」
理三が名乗る。それに対してカミキリは理三ではなく、主であるディウスが反応した。
「なるほど。ディウスが……か。」
アイネエルの説明にカミキリは納得する。それにディウスが反応する。
「我が神を呼び捨てるか。不敬だ」
ディウスの様子が豹変した。
淡々とそう言いながら不機嫌そうな表情を隠すことなく、杖を前に出す。周囲の瓦礫が一斉にカミキリに襲い掛かる。
カミキリはそれがアルエたちに及ばないように刀を振った風圧での一撃で払う。
薙ぎ払って視界を確保すると今までよりも大きな力がカミキリ達の前で空間を歪ませる。少しすると理三の前方に全てを飲み込むような豆粒くらいの黒い塊が生まれた。
「いけ。時間を稼ぐのだ」
同時に操られている者たちに指示を出す。
操られている存在達は無言のままカミキリたちに殺到する。カミキリ達は散会して襲い掛かってくる相手を迎撃していく。
一歩移動する事にカミキリは刀で、アルエは魔力の塊を打ち出す魔術で、アイネエルは2本の短剣の腹で、ユーは自身の召喚したジョウロで、時に先頭不能へ、時に切り伏せて、を繰り返して数を減らしていく。
「っく。これではっ!」
アイネエルが叫ぶ。
確かに、数を減らしていっているが、それよりも際限なく操られた存在達が増えていく。
「こっちだっ!」
囲まれた状態になるとカミキリが叫ぶ。全員が近くに集まると言った。
「しゃがめっ!」
カミキリの言葉と同時に全員がその場にしゃがむ。カミキリはタイミングを計ったかのように力任せに一回転した。
「はぁっ」
刀の峰の部分を使って吹き飛ばす。理三の方にも魔物が何体か行くが、理三の半分くらいの大きさになった歪んだ空間に飲み込まれ、跡形もなく消えた。
「さて……どうするか」
少しずつ大きくなっていく黒い塊を見ながら短い時間の中でどうするか考える。
カミキリたちを確実に滅するために極限まで力をため込んでいるのかまだ動きはない。
だが、それも時間の問題であることは容易に想像できた。
「さすがにあれは私たちが喰らったら……ただじゃすみませんよ?」
「分かっている。だから切る」
カミキリは刀を鞘に納めて居合の姿勢を取る。
「はい? そんな事出来るんですか?」
カミキリが構えるとアイネエルがたずねる。彼女からしたらどう考えても実体のない敵の攻撃を切り裂くなんて芸当は至難の業であるのはアイネエルでも容易に想像できた。
「出来る。だが、その後に戦うか逃げるのかそれだけは決めないといけない。だから、どうする?」
カミキリは目の前の黒い塊に意識を集中しながらも近くにいる全員に問いかけた。そうこうしている内に黒い塊は理三の身体を完全に見えなくなる。
「……ならば、我に任せろ」
今まで黙っていたアルエが言った。それに対してアイネエルが反応する。
「勝算は?」
「ある」
確信を持った様子でアルエがうなずく。カミキリはアルエをチラリと見ると笑った
「分かった。後は任せるぞ」
「任せろ。切り裂いた後は我が妨害する。振り返らずに行け」
カミキリの言葉にアルエが杖を掲げる。その間にカミキリはさらに集中を深める為に目を閉じる。
「食らうがいい。大罪・暴食」
理三は黒い塊を解き放つ。速さはそこまで早いわけではない。子供の投石ぐらいの速度でカミキリ達に向かう。
「っ! 現れろ拘鎖っ!」
「これはっ!」
「堪えるための楔だっ! しっかり捕まれっ!」
「耐えるのですっ!」
「分かりましたっ!」
アルエは魔力で編んだ鎖を召喚して生きている者全てを地面に縫い付ける。
少し遅れて黒い塊は周囲のものを際限なく、敵味方も関係なく、理三以外の全てを吸い寄せ始めた。
アルエたちは必死に吸い込まれないように堪える。
「行ける」
カミキリは目を開ける。その引力に逆らうことなく、黒い塊に突っ込んだ。
「愚かな」
それを見た理三は無防備に突っ込んでいくカミキリに嗤う。
カミキリの間合いに入ると同時に刀を抜く。
「覇切」
一閃。ただ一言カミキリがそう呟くと同時に物体でない黒い塊が縦に裂ける。圧縮されたただ吸い込み喰らう事だけの力の塊は唐突に消えた。
「なっ!」
本来であれば跡形もなく、全てを食い尽くす黒い塊である暴食。それがかき消されるという事態に理三は一瞬動揺する。
その瞬間をアルエは見逃さなかった。
「行けっ!」
「っく!」
理三の背後に隠すように召喚した鎖が理三を拘束し始める。完全に無防備な状態で拘束された為に簡単には振りほどけない。
そうしている間にカミキリたちは柱に向かう。
「後で合流だ」
「危なくなったら逃げてください」
「勝ってください」
アルエに対してカミキリ達が一言ずつ伝えてから駆け抜ける。
「我に任せろ」
それに対してアルエは先に行った全員の背中を見ながら自身を鼓舞するようにつぶやく。それと同時に鎖の量を増やす。全身を隙間なく縛り上げて、その上から球場になるように縦横無尽に巻き付ける。
「これでどうだ」
そこから指一つ動かせないように、それでいて中の理三を殺さないように鎖を引く。
「ふぅ」
カミキリたちを見送ったアルエは軽く呼吸を整える。同時に鎖の塊が爆発した。
アルエは結界を正面に貼って飛んできた鎖の破片を防ぐ。
「やはり、この程度では無理か」
「……油断してました。まさか、暴食を切られるとは。あれは主に届きうる。危険は排除せねば」
理三は忌々しそうにつぶやく。無傷ではないが、何かしらの動きに支障が出る傷でもない。そんな状態の理三にアルエが言った。
「それはできんぞ。なぜなら我がいるからな」
「……舐められたものです。小娘1人で私を抑えるつもりですか?」
「そうだ」
理三の言葉に対してアルエは臆することなく答える。
「いいでしょう。貴女には死など生ぬるい。絶望を与えてから主に罰を与えてもらいましょう」
理三は杖の先で地面を叩く。それによってアルエの呼び出した鎖の破片を浮かべた。
「お返しです」
鎖の破片たちはアルエに襲い掛かった。
狂信者の理三の登場とアルエのここは任せて先に行けの回です。
次回はアルエの戦闘回の予定。先に行ったカミキリ達はこの戦いの後に視点が戻る予定です。実戦でのアルエの本領は次回のお楽しみに。
ここまで読んで下さりありがとうございました。これからもよろしくお願いします。




