26話
カミキリの方に戻ります
カミキリが目を開けるとそこは真っ暗な空間であった。
「ここは……俺の中なのか?」
カミキリは周囲を見る。
『何の用だ?』
「っ!」
突然の声にカミキリは構える。声の方を見ると黒い空間に同化した存在に気づく。
「お前が……黒神切なのか?」
カミキリは目の前の存在に問いかける。
黒い靄に包まれた朧気な姿を見たことはあるが、はっきりとした姿をみるのは始めてであった。
カミキリムシのような特徴的な大きな顎に虫特有の複眼と後ろに伸びる長い触覚。目だけでもカミキリの体よりも大きい。体は黒く染まっており、体つきはカミキリが変身した時と似たような形状であるが、手は剣のような形をしている。
カミキリの驚く姿を見下ろしながら、黒神切は言った。
『何の用だと聞いている?』
黒神切が声を発するだけで強い力がカミキリを襲う。姿勢を崩しながらもカミキリは黒神切の言葉に答える。
「くっ。お前に力を貸してほしくてここに来た。暴走を抑えてくれないか?」
『不可能だ』
カミキリが言うと黒神切がその発言を即座に切る。カミキリもそれは予想していたのか話を続ける。
「なら、外で俺の姿を真似てた奴に力を送り込むのは勘弁してくれ? 力試しの意味がない」
『力を求めていたのは奴だ。与えてやったが、それで暴走しようが興味はない。それよりもなぜ近くに神がいるのに戦わぬ? お前の力試しにはちょうど良いだろう。切れ。あの忌々しい巫女姿の神や外の武神を切れば、簡単に強くなれる』
「神にだっていい奴。悪い奴はいる。だから、全ての神を切るのは間違っている」
『神に良いも悪いもない。全て切れ。それで解決する』
「断る」
黒神切の言葉に対してカミキリは拒否する。同時に黒神切が動いた。
『ならば死して我が糧となるがいい』
黒神切は腕を持ち上げ、振り下ろす。まるで惑星同士が衝突する間に立っているかのように逃げ場のない状況にカミキリは抵抗するために構える。
「その必要はないよ」
カミキリが黒神切の腕を切り裂こうとした瞬間。背後から少女の声が聞こえた。
『…………なぜそちらに?』
完全に振り下ろされる直前で黒神切はカミキリを切るのを中断する。後、少しでも遅ければ、腕のその質量が押しつぶしていた状況であったことをカミキリは理解している。それを止めた相手にカミキリは聞いた。
「誰なんだ?」
後ろからの聞こえる声の主がカミキリの前に出る。それは10代半ばの黒いワンピースに身を包んだ少女であった。
「ふふ。覚えているはずだよ。おじさん?」
「おじさんじゃない。これでも17だ? もしかしてきり? なのか?」
カミキリの口から自然と少女の名が漏れる。
しかし、カミキリの知っている少女とは印象がかなりかけ離れていた。
見た目も10歳になるかならないかくらいの男女が判別できない感じだった少女が、今は少女であることがはっきりと分かる位に体に特徴が出ていた。その体に合わせて声も幼い感じの声から少しだけ低い落ち着いた声になっている位に違っている。
それでも不思議とカミキリにはその少女があの幼いきりと同一人物であると本能が納得していた。
「ほら。思い出せたでしょ。ぼくは嬉しいんだ。君が約束守ってくれて」
「あ、ああ」
きりが朗らかな笑みを浮かべるとカミキリはどう答えればいいのか困惑する。
「ふふ。後、今のきみじゃ彼の腕は切れないよ」
「そうなのか? いや。なぜ分かる」
「それは秘密」
カミキリに対して気安い様子できりが笑う。同じように困惑していた黒神切にたずねる。
「お前はこいつを知ってるのか?」
『無礼なっ! そのお方は……』
「駄目だよ」
「っ!」
黒神切が何かを言おうとするときりがそれを止める。その一瞬だけで漏れた気配にカミキリは大きく後ろに跳んで距離を取る。
「きり。お前は何者だ?」
「別に警戒しなくてもいいよ? ぼくは君の事が気に入っているから戦う気はないよ」
カミキリは不思議と警戒が解けるとカミキリは構えるのを止める。背後から切りかかるという心配がなくなるときりは黒神切の方を向いた。
『何用で?』
きりに対して丁寧な口調で黒神切がたずねる。あまりの態度の違いにカミキリは困惑するも黙って見る。
「彼に力を貸してあげて。それが私の事を言おうとした罰だよ?」
『……分かりました』
「うん。ありがとうね。それと……」
きりは黒神切に対してあっさりと話をつけると今度はカミキリの方に改めて向く。カミキリは再度たずねた。
「きり……は何者なんだ」
「ふふふ。そんなに身構えなくても大丈夫だよ。ぼくはきり。それ以上は……今は言えないかな」
「……分かった」
「素直だね」
きりは話す気がないのかはっきりと宣言するとカミキリはあっさりとそれ以上追求するのを止める。
「こういう時に無理に聞こうとしても誰も教えてくれなかったからな。それにいつかは教えてくれるんだろ?」
「うん。今回は会いに来てくれるって約束を守ってくれた君に手を出そうとしたからと目に来ただけ」
「だったら。きり。外の黒神切の力を取りこんで暴走しているあいつを止めることはできないか?」
『貴様っ!』
カミキリはきりに黒神切にたずねた話を聞いてみる。カミキリに対して黒神切が激昂するが、きりが止める。
「●●●。ぼくが許しているんだといったろう?」
『申し訳ありません』
「謝るのは彼に」
『……すまなかった』
「あ、ああ。俺も気にしていない」
黒神切に謝られるとカミキリは困惑しながらも許す。きりは神切の問いに対して少しだけ考えると答えた。
「うーん。無理……かな。外界との干渉は今のぼくには出来ないよ」
「そうか。悪かったな」
「その代わりに黒神切の力の一端を解放して上げる。それでその子を倒してあげて。ぼくたちの力を取りこみすぎて心が壊れちゃってるから。それと君が倒してね。じゃないと力を回収できずに周囲を巻き込んでこの異界が爆発する」
「……分かった」
カミキリはきりの口調からその言葉が真実であると察する。乗せられたようにも感じるが、それ以外に方法はないためにうなずく。
それを見たきりは嬉しそうに笑うとカミキリに近づいて頭を撫でた。
「……俺はそこまで子供じゃないんだが?」
「うん。分かってるよ。でも、大人になるとそういうこともできないんでしょ?」
「確かにそうなんだが……」
カミキリはきりに対して少しだけ文句を言うが、きりは気にせずに頭を撫で続ける。しばらく満足するまで撫でると頭から手を離した。
「うん。満足した。ぼくはもう戻るね。それとカミキリ」
「なんだ?」
きりがカミキリに言った。
「ぼくたちの事が知りたかったら、アマノミハシラに行くといいよ」
「それでお前たちの事が分かるのか?」
「うん。それに君が求めている人もそこにいるよ」
「それはどういうっ!」
カミキリはきりの言った事を問い詰めるために見ると彼女は消えていた。中途半端になった事柄が気になるが、カミキリは目の前に残った黒神切を見る。
『……力を解放する。安心しろ。あのお方が力を貸してくださる。我が力の一端ではあるが、暴走することはない』
黒神切は与えられた役割を遂行するために剣の腕の上に光の玉が生まれる。それは自我を持ったように飛びまわるとカミキリの中に飛び込んだ。
「お前は神を恨んでいるのにきりは切らないんだな。彼女も神に近い存在だろ? 天照と似た気配が混ざっていた」
『違うっ! あのお方はっ!』
黒神切は感情のままに何かを言おうとするが、途中で不自然に言葉が止まる。表情は見えないもののその姿は苦しそうであった。
「すまない。今のは聞いてはいけない事だったんだな」
流石にカミキリも黒神切の様子を見て、申し訳ないと思ったのか謝罪を口にする。
『……謝る必要はないし同情もいらん。神を切れというのは変わらんが、あのお方は我にとっても至高のお方であり、絶対の存在だ。故に貴様を敵視する気はない』
きりに対するカミキリの態度に感情を露わにしていた黒神切がわずかにではあるが、カミキリに対して柔らかい対応をする。
「そうか。だったら答えられる範囲で1つだけ聞かせてくれ。なぜお前の力を引き出すと暴走する?」
『……それくらいであれば問題ない。我が力には狂気が混ざっている』
「狂気?」
『神を切るために力を得るためにはそれこそ神の力が必要。故に切った神の感情も混ざる』
「……つまり神を切るが故の呪いってわけか」
カミキリは黒神切の言った事にとりあえず納得する。居座り続けているカミキリに対して黒神切は少しだけ苛立った様子で言った。
『その認識で構わん。それともう話すことはない。行け。少しくらいならあのお方の命とは別に力を貸してやらんこともない』
黒神切の言葉にカミキリは驚くが、すぐに穏やかな顔に変わると言った。
「ああ。それと。最後にこうしてたまに話に来てもいいか? ここに送り込んだ天照を連れて」
『……構わん』
カミキリの言葉に黒神切は投げやりといった様子で答える。カミキリもそれに満足したのかきりと同じように体が消え始める。
「ありがとうな」
カミキリは黒神切に礼を言うとこの場から消えた。
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