9話
青年に案内されるがままに町に入ったカミキリたちを最初に迎えたのは巨大な蛇の像であった。高さは周囲の2階建ての建物の屋根くらい。とぐろを巻いた蛇の胴体は1つに対して頭と尾は8つ。その蛇の正面には大きな杯が置いてあり、それを見たルリリがたずねた。
「あれは? やけにおっきいけど?」
「あ。あれはこの町で祀ってる蛇神様です」
青年がそう答えるとカミキリはわずかに揺れる。それに気付かずにリルルは言った。
「私が来た時にはなかったわね」
「もちろんですよ。村が町になって森狼様が建てるようにと言われた物なのです」
「この蛇神というのはどういう存在なんだ?」
その像を見たカミキリが蛇神についてたずねる。
「えっと確か。雨や嵐、洪水の象徴らしいです」
「え? 危害を加えるのに奉ってるの?」
リルルが思わず口を開く。それに対して青年は「ははは」と困ったように笑った。
「それはですね。災害に関する祈願だそうです」
「祈願?」
「はい。こういった災害を神様として崇めて鎮める事でこの周辺では起きない様にするんです。恐ろしい存在であるからこそ、その存在を忘れないでいられる。ちなみに忘れてしまうと蛇神様が大嵐を発生させると言い伝えられてます。その教訓としてこの蛇神様、本来の名を八岐大蛇様を祭ってるんです。その正面にある大きな杯はお祭りの日にお酒が入るんですよ」
「へぇ」
青年が説明するとリルルが感心する。説明と同時に歩いていたために、目的地である建物を通り過ぎようとした所で青年が止まる。いきなり止まったためにリルルがぶつかりそうになるが、ギリギリでぶつからずに止まれた。そのせいでルリリがリルルにぶつかってしまう。
「わぷっ」
「大丈夫?」
「っとと。すみません。急に止まってしまって」
青年が申し訳なさそうに言うとリルルは言った。
「大丈夫よ。ルリリがぶつかっちゃったけどね」
「私もちょっと驚いたけど大丈夫」
「大事にならなくてよかった。あ。ここです」
「ここが……」
青年が安堵すると建物を指さす。青年が指さした建物をカミキリたちも見た。指先にある看板には『ハガクレ』と書かれた建物があった。良く言えばとても古い。悪く言えばとてもおすすめされるような見た目の建物ではなかった。
「なんというか……いつ壊れてもおかしくなさそうだな」
カミキリが率直な感想を告げた。前の2人も言葉には出さないが、それについては同じ意見なのか困惑しながら苦笑する。
案内をしていた青年もその反応を見て同じように笑った。
「ははははは。確かに。ここだけ見るとそうですね。ただ、中に入るとすごいですよ」
青年はそう言うと先頭に立ってから扉を開けた。
「……さっきのは訂正しないとな。これは……すごいな」
開けた扉を通り抜けると最初に言葉を翻したのはカミキリだった。外のみすぼらしい外観とは裏腹に中はそれを感じさせないしっかりとした内装。細かな所にも手入れも行き届いている清潔感のある入口と受付。
「ですよね。俺もこれを見た時は驚きましたよ。どうして外観と内装がこんなにも違うのかと。ここのオーナーにも聞いたことはあるんですけど、答えてはくれませんでしたけどね。ただ、知る人ぞ知る名店ってことには太鼓判を押しますよ。それにここの飯も安くてうまいですし」
「へぇ。説明ありがとうね」
「あわっ! あわわわっ!」
青年が説明するとルリリが勢いよく抱き着いた。青年は女性に抱き着かれ慣れていないのか混乱する。
「あっ! ごめんねっ」
青年の混乱する様子と鋭い眼光を飛ばす姉の視線を見て、さすがにルリリもはしたないと思ったのかすぐに離れてから謝る。それでもルリリとの距離は目と鼻の先で近いために青年の心は落ち着かないのか混乱していた。
「えっ! えっと……大丈夫です。そっ! それでは先輩に任せたままなので失礼しますっ!」
青年はテンパった様子で慌ててそれだけ言うとそのまま走り去って行った。
「あ。行っちゃった。もう少しお話したかったなぁ」
「止めてあげなさい」
ルリリの突発的な行動に右往左往していた青年がさすがに気の毒に思ったのかリルルはルリリを止める。
「えぇ。そうかなぁ」
「そう言う事にしておきなさい。そもそもあなたはもっと慎重に……」
「うげぇ。藪蛇だった」
それと同時にルリリの無遠慮な行動に対する説教が始まってルリリは顔をしかめた。その説教の最中でルリリは長くなりそうなのを察してカミキリに先に受付しててと目で訴えかける。
カミキリは察したのか小さくうなずいて受付に行く。その間にリルルがルリリに対して小声で本格的な説教モードに入っていた。
「すまない。今から宿泊は大丈夫か?」
「いらっしゃいませ。はい。今はお部屋に空きがあるので大丈夫ですよ。お部屋の数は?」
そんなやり取りを終始見ていた受付の女性は極力リルルたちを見ないで、和やかな雰囲気でカミキリを迎え入れる。カミキリは要望を伝える。
「1人部屋1つと2人部屋1つを1泊2日で頼む」
「分かりました。お値段は朝と夜の食事込みで銀貨6枚と銀貨9枚で半金貨1枚と銀貨5枚または銀貨15枚となります。それと先払いになりますが、お支払いは大丈夫ですか?」
払えるのかどうか確認するとカミキリは鞄からポケットに移動させていた財布を取り出して他から見えない様にお金を見せる。それで払える事を確認した受付は表情を変えずにうなずく。
「それとこれを門番から受け取ってるんだが、大丈夫か?」
カミキリは門番の中年から受け取った紙を渡す。それを受け取った受付は静かにそれを開いて確認すると静かにうなずいた。
「はい。大丈夫ですよ。それだとお食事代を抜いて半金貨1枚と銀貨2枚または銀貨12枚です」
「助かる」
そう言ってカミキリは見せていた中で銀貨と一回り小さい金貨を取り出して支払う。受付はお金を受け取ると代わりに鍵を渡した。
「お部屋は2階の左の突き当りとその反対側です。鍵は出かける際は受付に預けてもらえれば問題ありません。お食事の時間はこの受付の後ろにかかっている大時計を目安にお願いします。夜は10時まで。朝は6時から8時までとなっておりますのでそれ以外は外で食べてもらうことになります。これについては定型文なので今回は気にしなくてもいいですが、食べ損ねた場合は特別な理由がない限りは先払いしたお金は返金しませんのでご了承を。それと分かっていると思いますが、部屋の中の物は自由にしてもらっても構いませんが、大きく壊すなどした場合は追加で支払って貰いますのでご注意ください」
「ああ。ありがとうな」
そんな一連の動作を終えて、カミキリはずっと見ていたルリリたちの元に戻る。説教は終わっていたのか戻って来たカミキリに対してルリリが文句を言った。
「ずるいっ!」
「いや。ズルいってなんだよ」
突然のルリリが迫って来てそう言うとカミキリは困惑する。リルルの方はカミキリの部屋割りに文句はないのかルリリを抑えるが、ルリリは気にした様子はなく、言葉をつなげる。
「ぶうっ。1人部屋っ!」
「もうっ! そんなこと言わないのっ!」
「だってぇ!」
カミキリが1人部屋というのが納得いかないのか、理由を言うとカミキリは答えた。
「俺は男。お前らは女。さすがに出会ってから少ししか経ってないのに同じ部屋は不味いだろ」
「えっ? なんで?」
「リルル……」
ルリリの言葉に色々と言いたい言葉を飲み込んで、頭を抱えてからカミキリはリルルを見る。リルルも分かっているのかカミキリに謝った。
「……ごめんなさい。後で説明しておくわ。それとお金に関してはあなたの分は本当に払わなくていいのね?」
「ああ。食料は食われたが、金自体は残っていたからな。それに姉妹の中に俺が1人というのも寝辛いからこれについては勘弁してくれ」
リルルは頭が痛そうに眉間にしわを寄せてそう言うとカミキリはうなずく。
それらの話は前日の内に決めていた事である。報酬などの話も含めてである。狩りの仕事で仕留めた得物はリルルがよく寄ってくれる行商人と取引をするためにそれなりの蓄えがある。そのためにカミキリ自身の分を支払う事も出来るのだが、カミキリがそれを拒否したのである。しばらくは両者共に譲らなかったが、結局はこれからの生活もあるという理由でカミキリに押し切られたのである。
「それで? 受付に行ってたんだったら、料金については教えてもらってたわよね? ルリリは聞こえていたようだけど説教に集中していたから聞き取れなかったの。いくら?」
一応は去って行った門番の青年にこの宿の値段とこの辺りの宿の相場は教えてもらっているが、念のためにカミキリにたずねる。
「小金貨1枚と銀貨2枚が元の値段。紹介状を渡してからの分を計算してリルルたちの分は食事込みで銀貨7枚。先払いだから払っておいたぞ」
「……やっぱり安いわね。って! 近……先払いっ!」
「勝手に支払ったのは良くなかったか?」
カミキリが先払いしたこと言うと思考の海に入っていたリルルが引き戻される。カミキリが正面に居たことにリルルが驚くが、途中で先払いの事で驚くような声を出す。不自然に言い換えたことにカミキリはリルルの事を心配そうに見る。長身の男が少しだけ小さく見える状態にリルルが慌てる。
「ち、違うわっ! ただ支払いの方法に驚いただけだからっ! 問題ないわっ!」
「そうか」
リルルは慌てているために変なことを言っているが、カミキリはリルルがそこまで気にしていない事を理解するとひとまず納得した様にうなずいた。その様子にリルルはホッと安堵の息を吐く。
「それと返すわ。後、部屋を教えてっ!」
「別に返さなくてもいいんだが」
「駄目っ! それだと私が気にするわっ!」
リルルは問答無用でカミキリに立て替えてもらった分を支払う。カミキリは別にいいと言うが、それでは気が済まないのかリルルはお金を押し付ける。カミキリは渋々受け取ると代わりに部屋への案内を始める。
「こっちだ」
受付近くにある食堂の見える扉の横を通り過ぎて廊下の階段を上がる。2階について左に向かうとそのまま突き当りまで進む。鍵と同じ部屋の番号の前に到着するとその鍵を渡す。
「ここだ。俺の部屋は反対側の正面だから何かあれば呼んでくれ。とはいっても少し俺は出るから先に食べてくれ。朝までには戻る」
「いきなりどうしたの?」
カミキリの行動にリルルがたずねる。
「久しぶりの人里だからな。明日の英気を養いたい。お前たちを襲わないようにな」
カミキリの言葉にリルルは無言で睨み付ける。リルルはルリリを守るように自身の体を間に入れると強引に部屋に押し込めようとする。
「ちょっ! お姉ちゃんっ! 急に押さないでっ! それとカミキリもおやすみ!」
「ああ。おやすみ」
そのままルリリはリルルを部屋に押し込められる。ルリリを部屋に押し込めるとリルルは顔を真っ赤にしたままカミキリに言った。
「い、一応は信じているので明日以降の護衛ではないと思いますけど、もしっ! ルリリの同意なくルリリに不埒なマネをしたら! ゆ、許しませんからねっ!」
「ああ。その時は煮るなり焼くなり自由にしてくれたらいい」
「約束ですよ」
カミキリはリルルの言葉に真剣な表情で静かにうなずくとリルルも信じる気になったのか小さくため息をついてから少しだけカミキリを許す。とは言っても完全に許す気はないのか距離は空いたままであるが。
「はぁ。分かりました。ただし、朝には戻ってきね? 色々と決めないといけないんだから」
「分かっている」
「あ」
カミキリはそのまま外に行こうとするとリルルが引き留めた。
「どうかしたか?」
「お、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
リルルはそう言って部屋に入る。
それを確認してからカミキリは受付に鍵を預けるとそのまま警戒した様子で宿の外に出る。カミキリは何かを見つけるとしばらくそこから視線を動かさずに見つめた。それからしばらくして、町の大通りを行き、複雑で人の少なそうな路地裏の方に歩を進める。
日が暮れるまで歩き続けると、工事中なのか整備中なのか、本格的に人のいない広い場所に入ると無音の中で何かがカミキリに投げられる。
「……。そこか」
何かを投げられたのに気付いてわずかに動く。カミキリのいた足元には黒いナイフが刺さる。カミキリは投げられた方向から少し外れた場所で動いた影を見た。
「ほら。返すぞ」
カミキリは黒いナイフを拾って投げられた方から少しずれた場所へ投げる。沈黙の中でほんの少しだけ時間が経つと視線を動かさずに見ていた存在から声が返ってきた。
「ほぅ。気づいておいでで」
低い男の声が響くと暗闇から黒装束の男が闇の中から姿を現した。
補足としてお金の価値は大体ですが日本円にすると上から金貨=十万円、半金貨=一万円、銀貨=千円、半銀貨=百円、銅貨=十円、半銅貨=五円、石貨=1円です。貨幣? は基本的に信用なので、ほぼ廃れており、一部の場所でしか存在しないという事になっています。ちなみにこの価値はあくまで基本の相場であり、大きく前後することもあります。




