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短編 (山乃末子)

何でか有名な魔法使いの祖父が遺したもの

作者: 山乃末子


 お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂ければ幸いです。


 メグミは魔道学校へ通う少女、今年で4年目だ。夫婦で道具屋を経営しているマディノ家の一人娘だが、両親には魔法の才能はない。おそらく隔世遺伝かくせいいでんだろう。メグミの祖父は良く知られた「変わり者」の魔法使いだったから。


 魔道学校は現在夏季休業中だ。メグミは自宅の実験室兼自分の部屋で、何やら料理とも魔法の実験ともつかない作業をしている。


 「イノブーのキモに、ラズの卵のからを混ぜて、モーリの心臓、ビッビのうろこに・・・あっ、ギーモも入れるといいんじゃないかな」


 薬でも作っているようだが、効用はともかく飲まされる方はたまったものではなさそうだ。メグミは思いつく限りの材料を鉢に放り込んで、メグミにしてはちょっと大きなスリコギで一生懸命潰いっしょうけんめいつぶしている。


 大きなすり鉢とスリコギを使って、実験台やゆかに怪しげな粉を振りまきながら、どうにか満足のいくまですりつぶせたようだ。メグミは一仕事終えた感じで広いおでこの汗をぬぐった。何滴かすり鉢の中へ落ちたが気付いていない。にこやかな笑みを浮かべながら、すり鉢から褐色のつぼへできた薬?を移す。ちょっと危なっかしい動きだ。出来上がった薄い黄土色の粉だが、一体何に使うのだろうか。メグミはつぼから粉をスプーンですくうと、窓の方へ行った。本人は気付いてないが、ゆかに多少ばらいている。


 「はーい。マー君達ごはんですよー」


 メグミの顔のまん前に大きなオブジェがある。透明なのと背景が窓なので裏の森の色に隠れて、知らずに部屋に入った者は存在に気付かないかもしれない。それは透明な水晶玉のようだったが、上部がかめつぼのように空いていて、メグミは少し伸びして作った粉を上からどさっと入れた。


 水晶の中には小さな魚が7匹と底に砂利、少しがたゆたっている。この透明なかめはどうも金魚鉢のようだ。金魚鉢にしては異常に大きかったが。中の魚達はメグミの急な接近に反射的な回避行動をとったが、落ち着くとメグミの放り込んだ大量のエサに食いつき始めた。小魚達はこの世界でマデカと呼ばれる観賞用の小さな魚だ。


 「ふふー。おいしいですか」


 メグミは満足そうに巨大な金魚鉢を眺めている。マデカ達はエサの味には無頓着なようで、結構食べている。後でパクパクしながら仰向あおむけに浮いていたりしないだろうか。


 別にメグミは夏休みの自由研究で魚の観察日記を付けている訳ではない。マデカを飼うのが王国で流行はやっているから、友達も飼っているから、私も飼いたい!!! ・・・という訳でもなかった。メグミは誕生日プレゼントで従兄弟いとこのダイにマデカをもらってしまったのだ。二月程前に・・・


 ダイはメグミより一回り以上年上で、魔法の才能もなかった。ただ、メグミの祖父の「変わり者」の性格の方はしっかりと受け継いだようだ。ダイは「マデカ飼い」をしていた。マデカを繁殖させて売る商売だ。王国で毎年行われるようになったマデカ・コンクールにも参加していて、一度準優勝している。マデカを掛け合わせて変わった形や色のマデカを作り、美しさを競う大会だ。

 

 メグミはダイのことをダイにいと呼んでいたが、少し軽く見ていた。魔法の才能はないし、頼りなさそうで、なんとなくダサいから。ダイは時々メグミの家の道具屋にやってくる。ダイはマデカの養殖以外には、あまり似合わないが冒険者もしており、素材を納めにメグミの両親の店にやって来る。戦闘能力はどう考えてもなさそうだが、知識と体力はあって、そこそこレアな素材を持ってきてメグミの父を驚かせることもある。でもメグミはダイをあまり尊敬していない。


 メグミはダイにマデカをもらって、ものすごくがっかりした。ダイは冒険者としても、マデカ養殖業者としてもそこそこ稼いでおり、そんなに貧乏な訳でもない。いくらでもいいものを買えるのに、マデカとは・・・ メグミはマデカを飼うなんて別に面白くもないし、面倒くさいだけだと思っていた。


 「奇跡的な美しさだよ、背の二本の黄色いライン、大きな背びれと尻びれ、優雅さと気品さえだだよう・・・」


 ダイのウザいマデカ解説を聞きたくないメグミは、パーティゲームの方にダイを誘導した。確かにマデカは綺麗だが、ダイのうれしそうな長話を聞いていると折角の誕生日も楽しさ半減だ。メグミはマデカなんかもらって最初うんざりしていたが、放ったらかして死なせても夢見が悪いし、世話はちゃんとした。そこは魔道学校でも優等生のメグミだ。でも毎日エサやりして眺めていると愛着はわく。一番大きくてヒレの優雅なオスにマー君と名前をつけた。ついに自前の特製エサまで作り始める始末だった。


 これも血統なのかもしれない。マデカを王国に持ち込んで流行らせたのは、実はメグミの祖父ダイサークだ。ダイの名前もここから来ている。ダイサークは趣味で大量のマデカを飼っており、自宅のお屋敷にはマデカ・ルームというのがあって、大量にマデカのかめも持っていたらしい。ダイがメグミにマデカと一緒にくれたこの大金魚鉢もダイサークが作った物だ。ダイは病気で早くに亡くなった両親の代わりに、ダイサークのマデカもお屋敷ごと引き継いだ。メグミはダイの家は知っているが、マデカ・ルームまでは見たことはない。祖父に会ったこともない。生まれる前に亡くなっていたから。祖父がどういう人だったのかは知らないが、ダイサークの孫だと言うと、大抵驚かれて感心されてしまう。別に嫌がられているわけでも馬鹿にされているわけでもないのだけれど、メグミはそのたびに少し変な気持ちがする。ダイサークはかなり優秀な魔法使いだったらしいが、彼の名声はむしろ彼が持ち込んだ異国のアイテムや風習のせいだろう。


 メグミのエサが良かったのか、マデカ達の育ち具合はなかなかのものだ。王国中のどのマデカ愛好家に見せても賞賛されるぐらいだろう。にこにこしながらマデカを眺めていたメグミだったが、はっと何か思い出したように動き出した。いつも本棚の一番上の本を取る時に使っている台と、細長い棒を取ってきた。水瓶みずがめの上から棒を突っ込んでぐるぐると回している。マデカ達はメグミの棒捌ぼうさばきに合わせて逃げ回っている。メグミは時々棒の先に付いたものをぬぐうように、水瓶みずがめを置いている台の上に塗りつけている。何かを取っているようだ。一体何をしているのだろう。


 メグミの棒の先には緑色の髪の毛のようなものが付着している。かなりたくさん。王国の祭りの屋台にあるお菓子を作る様子に似ていなくもない。このお菓子もダイサークが王国に持ち込んだものだ。食べたら何と言うことはない甘くて変な食感のお菓子だが、見た目も変わっていて綿わたか雲のようにフワフワしている。王国の子供達にはそこそこ人気があった。色は緑ではなかったが。屋台のおじさんは、このお菓子を作る時に製造機に棒をつっこんで回す。そうすると、糸のような綿わたのようなお菓子が棒にからめ取られてゆく。メグミはこの作業を楽しんでいるようだ。


 この妙な作業は水瓶みずがめの掃除だ。メグミがマデカを飼い始めて数週間たった頃、水瓶みずがめが底の方からにごり始めたようだった。いや、水はダイに教えられたとおり三日に一回は半分ぐらい換えているし、水が汚い訳ではない・・・と思う。良く見ると底の方に緑の糸のようなものができている。それはや底の砂利にからみ付いていた。これのせいで水の透明度が落ちて見えたようだ。同時に小さな貝がどこからともなくわいて増えていた。カタツムリかナメクジみたいな貝で、女の子ならキモチワルイとなりそうだが、動きが結構ユーモラスなので、メグミはそれ程嫌っていなかった。貝のくせにくるくるふわふわと泳ぐ姿は面白い。ダイが来た時に見てもらったら、真面目な顔をして言った。


 「メグミちゃん。これはよくないね。水が少し汚れてきているんじゃないかな。生体もちょっと増えてきたみたいだし・・・ スネイルとバクテリア(緑の毛)は除去すべきかもね。これぐらいならテデトールで充分だよ」


 水瓶みずがめの底の方にバクテリアが湧いてクモの巣のようになって、そこを貝がい回っている。メグミはマデカのかめが汚れていることを知った。汚いならお掃除しなきゃ。魔道学校の先生とは別に、メグミには師匠の賢者がいた。ダイサークの友人だったという結構なおじいさんだ。メグミは何でも知っている尊敬する師匠に、浄化魔法(?)テデトールを教えてほしいと言って困らせ、あげく大笑いされて、とても恥ずかしい思いをした。ダイにいめ・・・でもよく考えれば魔法を使えないダイが魔法を教えてくれるわけはない。


 テデトール(手で取る)を始めたころメグミは変な夢を見た。メグミはおかしな会議に出席していた。お誕生日席に座らされて、糾弾きゅうだんされている。



 「・・・私達は静かに平和に暮らしたい。ただそれだけなんです」



 異様に大きくて丸い目玉をした若い男が言う。髪形も個性的で男の頭上高く跳ね上がっている。倒れてこないのが不思議なくらい。服装もかなり奇抜で、そですそがひらひらしている。かなり怒っているようで、話しながら目玉がぐりぐりと動く。



 「毎日のように繰り返されるあの怪しげな儀式・・・ 大変迷惑です」



 代表者以外の六人もそうだそうだ、というように大きくうなずいている。メグミはもう涙目だ。



 「即刻かの儀式はめて頂きたい。我々の穏やかな日常を返してほしい」


 「そんな大げさな・・・」


 「昨日はデーがメグミ様の回すバーに当たってケガしたのですぞ」


 「ご、ごめんなさい」


 「全治三日といったところですな。デーは痛みで泣いておりました。でも我々は慰謝料どころか治療費の請求すらしていない。泣き寝入りです」


 「す、すいません・・・」


 「謝罪は結構です。すぐに中止して頂きたい」


 「ええっ・・・」


 「下手すれば我々の命にかかわります。申し上げたとおり、既に被害者も出ているのです」


 「でも、私はあなた達のことを思って・・・き、汚い部屋は掃除しなきゃ」


 「別に汚くはありません。我々は根拠のないいわれで日常生活をかき回されて、大変迷惑しているのです。無意味に従者じゅうしゃしいたげるなど・・・僭越せんえつながら申し上げるが、そのようなことではあるじになる資格はありませんぞ」


 「そ、そんなワガママ・ナマイキ言うなら・・・ もうご飯あげないから!!!」



 ・・・しばしの沈黙の後、代表者は言った。



 「・・・それは困りますな」


 「・・・味はともかくとして、メグミ様のゴハンなくしてはろくな食い物がない」


 「われも、例えまずくとも動物性蛋白源どーぶつせいたんばくげんの方が好ましいですな。葉っぱやひものようなのを喰うのはごめんです。スネイルは大きくて硬いし・・・」



 一転して残念な妥協感を伴う物憂い雰囲気の中、くれぐれもお掃除棒を動かす速度はゆっくりと一定させることを約束させられて、メグミは目覚めた。そんなに迷惑だっただろうか。メグミは夢を見たのち、最近はメグミにも慣れて寄ってくるマデカ達が、かめの掃除のたびに迷惑そうな表情をしているようにも見えるようになった。大雑把で雑なところもあるメグミだが、今では掃除の時に棒は慎重にゆっくりと回している。


 そんな夏休みのある日、メグミはマデカ達が面白い事をして遊んでいるのを見つけた。マデカ達は交代でぐるぐると上下反転しながらものすごい勢いで泳ぎ回っている。メグミは目を輝かせて、そんなたわむれるマデカ達を眺めた。まるでマデカのサーカスだった。別にメグミが仕込んだ訳でもないのに。たまたまダイが素材納品に訪れたので、芸達者なマデカ達を見せてやった。


 「なっ・・・ これはまずいっ!!! メグミちゃん、すぐに水を汲んできて。至急、いそげっ!!!」


 顔色が真っ青になったダイにいを、一瞬口を開けて唖然あぜんと見ていたメグミだが、すぐに家の裏の井戸水をみにいった。・・・でもこんな作業、年上で男のダイにいがやってくれればいいのに・・・と、途中で少し不満に思うメグミだった。


 すぐに水を換えて落ち着いたダイにいだったが、わざとらしい程深刻そうな雰囲気を漂わせて、メグミに質問を始めた。ちょっと尋問かもしれない。


 「メグミちゃん、水換えってどの位の頻度ひんどでしてる?」


 ダイにいに言われたとおり、三日に一回ぐらい、半分は換えている。それがどうだというのだろうか。水は若干薄い緑色を帯びているが、澄んでいる。それは別に問題ない。むしろ好ましい。ダイにいだって言っていたことだ。「グリーンウォーター」はマデカの飼育に適した水だ。何が問題なんだろう。ダイにいは何かブツブツとひとりで呟いている。・・・水量は充分、頻度も良し、明るい場所だし、何がいけないんだろう、・・・とか何とか。私何かまずいことしただろうか。なんだか私、悪いことをして叱られてるみたい。メグミは思った。ダイは思い当たったようにメグミに聞いた。



 「メグミちゃん、エサってどんな感じでやってる?」


 メグミは実演して見せた。特製エサをスプーンで山盛り金魚鉢に・・・ ダイは絶叫した。



 ・・・



 メグミはダイに懇々(コンコン)とさとされるはめになった。かなりウザいが、マー君達の命にかかわるとあっては、メグミもしぶしぶ聞くしかない。メグミはマデカにエサをやりすぎていた。そのせいでかめの水が食べ残されて腐ったエサで汚れてきており、マデカたちは苦しさのあまりあのような奇態な泳ぎをしていたのだった。メグミはエサの適量を教えてもらった。もうメグミのマデカのかめにはバクテリアや貝は大量に発生しない。マデカ達が苦しんで変な泳ぎを始めることもない。


 今日はダイがまた素材の納品に来たので、ついでにメグミのマデカを見に来た。マー君はダイのお気に入りでもあり、今年のマデカ・コンテストにメグミと一緒に出場することになっている。ダイの見立てによれば優勝間違いなしだとか。しゃがんだダイとメグミは並んで祖父お手製の巨大な水瓶みずがめ・金魚鉢を眺めている。ダイはマー君を賞賛するが、少々大げさな気もする。


 めんどくさそうな表情になってきたメグミは、上目遣いにぐっとダイの方に距離をつめた。ぶつかったわけでもないのに、メグミの倍はけのあるダイは横にひっくり返った。マデカ達は振動にびっくりして、電撃に打たれたような動きを見せる。


 落ち着いたマー君は、頭を抱えて起き上がれず、メグミに心配されているダイをあきれたようにじっと見ていた。



 

 「ダイサーク様、これは変わったオブジェですな。魔法の水晶球のようだが、上方に装飾があり、中には水が満ちて魚が泳いでいる・・・とてもおもむき深い。この魚は何と言うのですか?」


 (えーと。名前何だっけな・・・ こいつら眼えでっか・・・ あ、メデカだっけ。少し違ったような気もするけど・・・)


 「えー、メデカと言います」


 「・・・ダイサーク様、さすがにメデカはいただけませんな・・・ それは××××を指す俗語。嘘でも良いので別の名前にしましょう。かりにも王への献上品ですからな」


 「・・・わかりました。 じゃあ・・・」


 (メ、メ・・・マミムメ・・・ マデカ?)


 「マ・・・マデカでお願いします」


 「承知した」



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