2日目 出会い 中編
かなり長かった
運ばれた先は、病院ドラマで見るような、ありきたりな処置室だった。
周りには、医者と思われる人たちが並んでいた。
「高鷺雨竜。まず、身長と体重を測る。そこに立て。」
俺は言われたところに立った。
そうだ。本来俺はこういう扱いを受けるはずなのだ。
あの場所が快適すぎて忘れてしまっていた。
「計測は終わった。その台に寝ろ。」
無言で従う。手足が拘束された。
「試験薬品投与します。」
そう言うと俺の左腕に注射器が刺された。
「ッ!」
突如酷い目眩が起こった。言葉すら出ない。
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「…」
目を覚ますとさっきの処置室だった。
どうやら気を失っていたようだ。
「目が覚めたか?」
「ああ…」
「気分はどうだ?」
「最悪だ。」
「お前は約1時間気絶していた。その前に苦しんでいたようだが、何があった?」
「酷いめまいがした。」
「やはりか。気を失うほどの副作用ではいけないな。」
そういった男はカルテにいくつか書いたあと、告げた。
「今回の実験は終わりだ。移動させるぞ。」
俺は再び担架に乗り、さっきの診察室に戻ってきた。
「もう帰ってよろしい。」
白衣の老人はそう言ったら、部屋の奥に引っ込んでしまった。
俺は足がふらついたままだったが、部屋を出た。
「高鷺さん!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。少しふらつくだけさ。」
「肩を貸しましょう。ほら、掴まって。あ、あとこれ着けますね。」
永川はさっきのゴーグルのような何かを俺に着けさせて、ゆっくりと、俺を支えながら帰った。
鑑賞室前に着き、ゴーグルのような何かを外された。
「高鷺さん?独房までお連れしましょうか?」
「いやいい。もう大丈夫だ。ありがとう。」
「いえいえ。仕事ですので。今日は鑑賞室でも、書庫でもどこでもいいので休んでてください。」
「いいのか?」
「ええ。初めての実験でしたし。あ、わかっているとは思いますが19時から食堂で夜ご飯なので。」
「ああ、ありがとう。」
「とりあえず書庫に向かうか。」
書庫、という名称ではあるが中は図書館のように明るく、広い空間だった。
「おおー。」
思わず声が出てしまった。
ふと、奥の方を見ると一人の女性がいた。
「話しかけてみるか。」
「あのー。」
「ひぇっ!なっなんでしょう!」
「あなたも人権が無いのか?」
「えっ…ああ、はい。というか、まだ申請中ですけど。」
「えっ?申請中?」
「は、はい。あなたは既に認可が降りた方ですか?」
「えっと、言っていることがわからないんだが…」
「ええっ?あなたも人権停止の申請を出したんですよね?」
「…ああ。そういう事か。そうだよ。」
ここで俺が犯罪者だなんて言ったら、この少女は怯えて、まともに話を聞けないだろう。
だから、俺は嘘をつくことにした。
「あんまり聞かれたくないかもしれないが…なんでまた?」
「…」
少女は俯いて答えない。
「そうだよな…人に言えねえよな…」
「いえ…あなたも同じような悩みを持っていた方です。」
そう言うと、少女は深呼吸して、涙声で話し始めた。
「私は、学校で虐められていました。それだけならまだなんとかなったかもしれません。でも、両親は酒浸りで、虫の居所が悪いとすぐに手を出してきて、先生も取り合ってくれなくて、警察は家庭には関わらないって…」
そう言うと、少女は泣き出してしまった。
嗚咽とともに、「私には、味方が、いなかった。」という言葉が溢れてきた。
しばらくして、彼女は泣き止んだ。
「すみません。はしたない所を見せてしまって。」
「いや、気にするな。」
暫くの沈黙
先に口を開いたのは俺だった。
「俺も、俺も味方がいなかった。だけど、ここに来て初めて『人として扱われること』を知ったんだ。」
「…」
「だからといって、引き返すこともできない。それはわかってる。でも…」
「でも…?」
俺は慎重に言葉を出した。
「どうかもう1度、考え直してほしい。」
「えっ…?」
「…いや、今のは俺の願望だ。あんたが人権を無くすことを望むなら、俺の言葉は気にするな。」
俺はその場を去った。
少女は何か呟いたようだったが、俺は振り返らずに書庫から出た。
なんだ?この感情はいったい…?
あいつは自ら人権停止を望んだってことだよな…?
そう言えば、どこかで聞いた気がする。
自殺するくらいなら、国のために、人のために死ねと。
つまり、あいつは、俺がこんなにも必要としている人権を、あっさり手放すというのか?
そんなの…間違ってる…
だが、あいつが元の世界に戻ったって、地獄より酷いいじめを受け続けるのだろう…
「クソッ!何が正しいんだ…」
俺は独房へ戻り、布団に寝転んだ。
ふと気がつくと時計の針は18:50を指していた。
「そろそろ食堂へ行くか。」
食堂へ行くと、左腕に包帯を巻いた芥がいた。
「なんだ?怪我したのか?」
「ああ。ちょっとな。」
「ちょっとって包帯じゃねえぞ?」
「この程度よくある事さ。」
「よくあってたまるかよ…」
「あっと、そうだ、風呂入るの手伝ってくれねぇか?」
「え?なんでまた?」
「怪我してるからだが?」
「いや、看守に任せるとかしねぇの?」
「俺と風呂入りたがる看守がいると思うか?」
「…確かに。」
こんな巨体と武装もせずに閉じ込められたら何されるかわかったもんじゃないな。
「ということで、俺もお前も一応優秀な受刑者なんで赦してくれたってわけよ。」
「なるほどね。」
予想以上だった