第5話 大空舞うグリフォン。
コイツは何を言っているのだろうか。
気分的には、小一時間ぐらいは問い詰めたい。場合によっては一日はたっぷり問い詰めたい。
「そうですか――――ようこそ、新しいアリス=リデル。」
私にそう言った張本人、イケメン白兎君は淡く微笑んでいた。ふざけんな。
私の名前は有素るり。ゆ、う、も、と、る、り、だっちゅーに!!
そりゃあ漢字読みしたらアリスとも読めるでしょうよ!! っていうか殆どの人がそう読むでしょうよ!! さらにビミョ~にキラキラネーム感のある「りる」って名前はちょっぴり「リデル」っぽいけれども!! だがな、私は今この兎に口で伝えたんだよ!!
てめぇのその白いでっけー兎耳は飾り物か!?コスプレ道具か!?ああ!?
それとも新手のパーティジョークか!?
「あのー、私はアリス=リデル、ではなく有素るりなんですが…。」
心の中の激しいツッコミを押さえて、極めて冷静に私は言った。我ながらオトナな対応だ。
「ええ。けれど、この世界に来た以上、貴女は今からアリスなのですよ。」
すまして白兎は言った。お、おお……? ひでー理屈だ。不条理だ。
「あの…、それはどういう事なんでしょうか。全く事態が理解できないんですが。」
「ええ。詳しいことは、あちらで説明しましょう。さぁアリス。立ちあがって。」
白兎の差し出してきた、手袋をはめた手をしばらく迷ってから握って、立ち上がる。私は知らない人との接触に慣れていないのだ。手を握ったりするのは、あまり好きではない。
「あちら、とは何処ですか?」
私は立ち上がってから白兎に聞いた。白兎は真っ赤で綺麗な瞳に私を映し、答える。
「この国の最高権威、ハートの女王様の住まうお城ですよ。」
お城。偉くメルヘンな単語だな。
「ほら、あちらの遠くに見えるのが、お城です。」
白兎が、私の手を握ってないほうの手で遠くを指差した。
確かにそこには、白と赤を基調とした可愛らしいお城が見えた。
でも、ものすごく遠くに見えるんですが。まさかお城尋ねて三千里!!?
「あの、あそこまでどれぐらい時間かかるんですか? 結構遠そうですけど。」
「え、ああ。大丈夫。ひとっとびですよ。心配しないで下さいな。」
ひとっとび~? どういう意味だろうか。
私がそう思っていると、白兎はポケットの中をゴソゴソと探って、何か小さい物を取り出した。
「それは…?」
私が聞くと、質問には答えず白兎は微笑んでそれを口にくわえた。すると…、
ピィッ!!
そんな高く鋭い音が鳴り、青い空に響く。その直後、ばさっばさっと大きな何かが羽ばたくような音がした。なんなんだ?
私があまりにも怪訝そうな表情をしたのか、白兎は私に囁く。
「上を見上げてみれば、分かりますよ。アリス。」
私は彼の言う通り、上を見上げた。
――――――ばさぁっ!!
青い空を背景に、黒い影が舞い降りてくる。
目を見開く私を、白兎は楽しそうに眺めた。
それは私たちのいる草原に降りてきて、面倒臭げに口を開いた。
「なにか用?白兎。」
――柔らかいクリーム色の羽。
ボサボサとした柔らかそうな少し茶色がかった暗めの金髪に、アーモンド型の黄色い目。眠そうだ。
服は、茶色のズボンにオレンジ色の長袖。だぼっとしたそれらの衣服が、やる気の無さそうな感じを演出していた。
「ええ、グリフォン。アリスを城まで乗せてあげて欲しいのです。」
白兎が頷きながら言った。って、乗るの!?この人に!!
墜落とかしないと良いなぁ…、何かひょろひょろしてるし。眠そうだし!!
「ええー、うんわかった。」
こいつ今ええーとか言いましたよ!?しかも今現在ふあーとか大あくびしてますよ!?
本当に大丈夫なんだろうな、白兎!!?
私がすっごく信用なら無いと思っているのがバレたのか、白兎が苦笑して私に言う。
「大丈夫ですよ。彼は意外と強いですから、一人くらい乗ったって落ちたりしません。」
ははあ。そうですか。
嘘だったら高層ビルの二十階から落ちろ。イケメン兎め。
「意外だなんて心外だね。白兎。さぁ早く彼女を乗っけて。お昼寝の途中なんだから。」
お、お昼寝…。居眠り運転で大空を舞うようなことはしないでくれ…。頼むから。
「さぁアリス。彼に乗って。僕も後からお城に行きますから、お城に着いたらグリフォンと一緒に城門の前で待っていて下さい。」
「え…。白兎さんは一緒に居てくれないんですか。」
今さっき会ったばかりだけれど、一緒に居ないのは心細い。不思議の国の住人は、他はどんな人がいるのか分からないのに。
「ええ。僕は地上から行きますから。流石にグリフォンに二人も乗ると速度も落ちますからね。それとも、僕がアリスを抱いて行ったほうが良いですか?」
「ふえ!?」
抱いていくって…。ちょっぴり恥ずかしいよ。それは。
「いえ、いいです。じゃあ…、お城で待ってます。」
心細いけれど、仕方ない。ゆるゆると首を振って、私はグリフォンのほうを向く。
「ありす。そんなに哀しそうな顔をしないで。」
「え?」
私が声を上げたときには、私の体はグイッと引っ張られて、白兎に抱きすくめられていた。
「あ、…あ!?」
体が緊張して固くなる。体が火照る。
私は親しくないひととの接触が苦手なのに。友達と手を繋いだことすら無いのに―――――!?
「大丈夫、心配しないで。きっと会えますよ。」
彼の、落ち着いた声。彼の着ているすべすべと心地良い質感の服。
でも私は落ち着けない。どきどきと心臓が脈打つ。その速度が加速する。
「さぁ、グリフォンと一緒に行ってらっしゃい。」
そう言って、白兎は抱きしめていた私の体を放す。私はほっと息をつく。
そして、白兎がかがんで―――――――――――――――――、
ちゅっ。
「う、わ!?」
私のおでこに、…キスをした!?
「わわわわ!?わ、わわ!?」
慣れてない。誰かにキスをしたことも。されたことも無いのに。
妙に顔が熱い。さっきと同じくらいどきどきどきと胸が早鐘を打つ。
「さぁ、グリフォン。アリスを頼みましたよー!!」
そう言って、彼は笑顔で走っていった。どきどきしている私なんか、おかまい無しに。
「じゃ、行こうかアリス。」
グリフォンが何事も無かったかのように私の手を引いて、言う。
「う…、あ、はい。」
まだ顔が熱い。おでこへのキスとかなら、西洋では、外国では普通のことなのかも知れないけど、私にとっては一大事だ。ああ。
「さ、乗って。」
グリフォンがしゃがみ、背中を向ける。私は翼と翼の間にまたがる。ああ、こういうときって本当にスカートって不便。っていうか下着見えないよね…。心配だ。
「じゃあ、行くよ。肩とかにしっかり掴まってね。落ちないように。」
落ちないようにって…。落とすなよ!?
そう思いながら、彼の肩をしっかり掴む。片手には、絵本に吸い込まれる際に、なんとか掴んだ自分の鞄をぶら下げる。
「多分落ちても回収できると思うけど…回収出来なかったら御免ねぇ。」
御免ですんだら、警察はいらない。ついでに私の憤りの心もいらないぞ。
っていうか何気に怖い発言をさらっと言うな。まったく。
「さぁてと。じゃあ行こうか。」
ばさり。羽が広がる音。私のまたがる背中の下で、筋肉が動く感触。
ふわっ。体が浮いた感じがして。空気が動いた感じがして。
一際激しく彼の羽が動くと、ついに、―――――飛んだ。
流れてくる風。風を時々たたき、高度を調節する羽。
正直言って、すごく怖かった。だって、下にある森や地面は、とっても遠いんだもの。
しかも、グリフォンから手を離したら一巻の終わり。そこへ真っ逆さま。
けれど、私の握るグリフォンの肩は、ふにゃふにゃのひょろひょろ。こえー。
けど、気持ち良かった。流れる風が、頬を優しく撫でて。青い空が近くにあって。
グリフォンは、いつもこんな気持ち良くて、心細いことを、一人でやっているんだね。
「もうすぐだねー。」
やる気なさげで、面倒臭そうなグリフォンの声が聞こえた。
「え?」
私は少し怖いけど、下を覗く。
確かにそこには、家やお店っぽいものがあって、一つの国みたいな感じだった。
そして、大きなお城。
白と赤の可愛いお城。ハートの模様が大きく描かれていて、愛くるしいデザインだ。
「わー。あれがお城ですか?」
「そうだよ。」
私がたずねると、グリフォンは眠そうに答える。
「じゃあ、降りるからねー。ちゃんと掴まっていてよー?」
「は、はい!」
もう、その時には私は、この国が好きになっていたんだ。
ああ、やっと恋愛要素です。
項目にらぶえっちを入れちゃいましたからね、少しはやらないとね!?
ふへー、なんかグリフォンが出ましたね。私としては早くチェシャ猫さんを出したいのに!!
それではー。