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第43話 お茶会、再び

 あっ、やせいのさんがつうさぎがでてきた!

 りるはどうする?

 ▼たたかう

  にげる

  どうぐ


 そりゃ逃げるわ!


「偶然の出会いに感謝します。それじゃ、さよなら!」


 私は叫んでだだっとダッシュを決めた。この別れの告げ方の潔さ、先ほどの芋虫さんの素っ気無さに勝るとも劣らない。だがこれくらいの用心をしないと三月兎相手には体がいくつあっても足りな……!


「ああ、アリスが逃げちゃうーっ! 待ってー!!」


 はい駄目でしたー!

 どしんと勢い良く後ろからのしかかられた私は、げふっと可愛くない音で息を吐き出してそのまま地面に倒れ伏せた。私に体当たりした三月兎はそのままうつぶせになった私の上にどんと乗っかる。重いってば!


「まったくもーなんで逃げるのさ! こんなに愛してるのに!」


 当たり前だろ!

 初対面が深夜でしかも寝込みを襲撃されてセカンドコンタクトは衆人環境でやらしいことをしかけてきて、そんなドスケベ兎相手に逃げないほうがおかしいわ! そう叫びたいが、思い切り体重をかけられた今の状態では呻くことが精一杯だ。少年のように見せかけておいて、意外に重い。こいつ、ショタショタしい顔つきでありながら実は筋肉むきむきなんじゃ……? そういえば押さえつけられると全然抵抗できないぐらい力持ちだもんな。やっぱりムキムキ……。


 なんとなく、三月兎の愛らしい少年の顔のしたに筋肉ムキムキ肉体美な体がひっついているところを想像してしまった。してしまったが……、


「い、いやー!」


 き、きもい! やばい、気持ち悪い! 想像するだけで恐ろしく、私はつい悲鳴をあげて跳ね起き、背中に乗っていた三月兎を落としてしまった。火事場の馬鹿力恐るべし。いや、しかしこれくらいの力が湧くほど気色悪い想像図だったのだ。だって美少年の顔にジャックさんみたいな肉体美だぜ……?


「あん、痛い……。アリスったら乱暴だなぁ」


 おでこをぶつけたのか、ローズピンクの綺麗な目をうるうるさせながら額を撫でている三月兎が言った。その体を思わずちらっと見る。うむ、見た目はショタっぽい、筋肉なんてなさそうなほっそりした体だ。安心した。

 って、ほっとしている場合じゃない!


「ごめんなさい、落としちゃって。じゃ、さらば!」


 言うがいなや駆け出そうとする私の襟首が、がっしりと掴まれた。勢いを殺しきれずにそのまま前進した私の首がぐえっと絞まる。

 首元を押さえてむせながら目だけで後ろを見ると、にこにこと愛らしい笑顔で三月兎が私の襟をつかんでいた。い、いつの間に立ち上がって、しかも私の真後ろまで来てたんだよこいつは。すごい瞬発力だ。やっぱりむきむき……。


「つれないこと言わないでさ! 今日も一緒にお茶会しよ! 折角会えたんだから!」


 おや、案外まともなことを言う。驚いて私は瞬いた。

 てっきりいつもののりで「や ら な い か」という感じになるのかと思ったが、三月兎でもマトモな思考があるらしい。良かったネ!

 いや、でもお茶会かぁ。さっきもお茶飲んだからもうお腹に入らないかな。まぁニセウミガメの紅茶はなんかこう、紅茶を名乗っておきながら別物だったけど。

 むむむ、と考える私の腕を引っ張り、強引に三月兎は歩き出す。


「そうと決まればしゅっぱーつ! えへへ、アリスが来てくれるともっと楽しくなるから嬉しいな!」


 にこにこと天真爛漫な笑顔で言い切る三月兎。おいおい、まだ行くとは答えてないぞ。

 断ろうかとも思ったけど、あんまり真っ直ぐに向けられる笑顔が眩しくって、私は思わず黙ってしまった。彼はその、常に発情していることを除けば……いいやつだよなぁ。でもその唯一の欠点が、他のすべてを台無しにするくらいデカイんだけどね。

 三月兎はにこにことして、上機嫌な様子で鼻歌まで歌いながら、迷いのない足取りで道の中を歩いていく。さっきはどうなることかと思ったが、なんだかんだで道案内してもらえたんだから、三月兎に会えてラッキーだったかもな……。

 でも痛い、あの、腕を掴んで強引に歩くっていうスタイルはやめようぜ、超痛い。


「ちゃんとついていくので、放してください」


「ホント? 今度逃げたらオシオキとして、襲 っ ち ゃ う ぞ ☆」


 ばちこーんと可愛くウインクされた。ひっ、なんて恐ろしいこと言うんだこいつは! いくら可愛い顔しててもアウトだ!

 とはいえ腕を放してもらえた。なので、軽快な足取りでスキップする三月兎のうしろをついていく。


 なのだが、ちょ、ちょっと待て。


「あの……、もうちょっと……ペース、落としてくれませんか……」


 ぜーはーぜーはーと呼吸しながら懇願する。前を行く三月兎は、きょとんとした顔で振り返って、首をかしげた。


「え? でもそしたらお茶会に着くのが遅くなっちゃうよぉ」


 うん、そーね……だが!


 こんな獣道は歩けるわけねーだろおおおおお!!


 今まで三月兎が歩いた道といえば、制止の声も聞かずに藪のなかに突っ込んでいったり、恐らく獣道と思われるほっそい道だったり、ちょろちょろ流れる川の上を一っとびだったり、とにかく人間には無理!って道ばっかりじゃねーか!


 ずっと体育で冴えない成績を取り続けている、万年運動不足なヒキコモリ予備軍の体力のなさをなめるなよ! ……って、いや、待てよ?

 これは、もしかして、お城でご馳走食べたりチェシャ猫のうちでご飯もらったりお茶会したりケーキもらったり、とにかく美味しいものをたらふく食い続ける私への戒めなのか……!?

 そうだよね、私お城の料理食べて太らないか心配になったもん。そうだ、いくら辛くとも、三月兎の歩く道をたどってダイエットをするのはきっと私のために必要なことなんだ……。よーし、そうと決まれば利出さん頑張っちゃうゾー!


「そいやー!」


 掛け声とともにジャンプ! が、しかし!!


 ドボッシャーン!!


「うわ! アリス大丈夫!?」


 三月兎さんの驚いたような声が遠くから聞こえた。川のなかでぽたぽたと水を垂らしながら、私は一応立ち上がった。寒い。

 まぁ、運動神経の皆無な私が川をひとっとびなど、土台無理な話だったのだ。うん。さっきはちょっと血迷いましたテヘペロ☆ 幸いなことに私が顔面ダイブを決め込んだ川は、浅かった。これで深かったら溺れてるところだ。私泳げないもん、学校のプールの授業はいつも初級のカエルコースだもん……。


「あっはっは、楽しそう~! いいね、僕も水浴びしたいなぁ~」


「はは、ソウデスネ……」


 み、水浴びじゃなくてこけたんだよ……! ああ、でも自分の失敗をわざわざ認めたくない、そういうわけで三月兎には勘違いしたままでいてもらおう……。


「服濡れちゃったねぇ。あ、でも安心してアリス! アリスが川に飛び込んだ瞬間にぽーんと投げ飛ばされてきたこの箱はちゃんとキャッチしたから、無事だよ!」


「え、あ、有難う御座います!」


 三月兎がにこにこ笑いながら掲げたのは、さっきニセウミガメがくれたケーキの箱である。ウワァァァァ危ねぇ! あんな大事なものを台無しにするところだったぜ! 自分の迂闊さにぞっとする。いやぁ、ヤケクソって良くないね。反省します……。


「ところで、この中身って何なの? すっごく良い匂いがする」


「あ、さっきニセウミガメさんから頂いたケーキなんです」


 くんくんと箱に鼻をちかづける彼に答えると、きょとんとローズピンクの瞳が瞬いた。


「ニセウミガメぇ? あの子ケーキなんて作れるんだ?」


「あれ、ご存知ではありませんでした?」


 不思議の国の住人どうしなのに、案外知らないものかなぁ。でも一応、ニセウミガメの存在は知ってるんだね。この国って案外広いから、お互いに知らないひとどうしとかもいるのかな?


「う~ん、あの子とはあんまり喋ったことないね! でもツインテール可愛いから好き! それに襲い掛かりやすいよね、小柄で」


 にこにこと笑いながら、何言ってるんだコイツは!! お、襲い掛かるなよ!

 天真爛漫な笑顔でいかにも邪気なんてないよ~♪ みたいな顔してるが、私は騙されないぞ! 


「えへへ、それにツインテールって色々なことに仕えて便利だよね! あれだけ長いと体を拘束したり~……♪」


 う、うわあああああ生々しいよ! 可愛い女の子のことを考えながらそういうこと言わないでよ!

 ぜ、絶対にこの変態をあのツンデレ純情ニセウミガメに近づけちゃいけない……!! きっと一瞬で餌食だよぉ。


 ドン引きした私の視線にめげず、三月兎はにこにこしながらこっちを向いた。


「ね、これお茶会で皆で食べてもいい? すっごく良い匂いがする!」


「え!」


 すりすりと箱に頬ずりしながら聞いてくる三月兎。あ、かわいい。さっきまでえげつない変態発言を繰り返していたとはとても思えない可愛らしさ。チクショウ、美形ってお得!

 いやいや、そうじゃなくて。

 

 う~ん、果たしてお茶会でこのケーキを食べていいものか。お城の人にあげるって提案は嫌がられちゃったしなぁ。でもあれかな、白兎にさえあげなきゃいいのかな?

 そうだよね、あんなに美味しいケーキを独り占めはよくない……っていうか独り占めしたら、私のデブ係数が加速度的に上がってしまう! いや、でもなぁ。三月兎にケーキを食べさせたらニセウミガメと接点ができちゃって、さっき三月兎が言ってた恐るべき変態行為が実現する可能性が……。もんもんと悩み、私は下を向いて考え込んだ。しかし、そんな私に構わず、三月兎は元気に言う。


「さ、お茶菓子も揃ったし! モタモタしてる暇なんてないよー!! お茶会会場までいざ、しゅっぱつ~♪」


「え、ちょっ、」


 私が慌てて制止の声をあげるも、それをさっぱり聞かずに三月兎は私の腕をひっつかんだ。あ、これさっきと同じパターンだ!?


「さー、レッツラゴー!」


「ちょ、ちょちょちょ、まっ……!!」


 強引に腕を引かれ、またもや私はゼイゼイと走る羽目になるのだった。




「はーいっ、到着ぅ!!」


 にこにこと嬉しげな声で三月兎が言う。そのうしろで私は、ゼーハーゼーハー息を切らして思わずしゃがみこんだ。わき腹が痛い。ほとんど三月兎に引っ張られていたから、実際に私が走った距離はたいしたことはないんだけど、とても疲れた。喉が渇いて引き攣っている。


「帽子屋ー! アリス連れてきたよ! お茶会しよ!」


 気がつけば周囲はいつぞや訪れたあのお茶会会場だった。茂った木の間から優しげな木漏れ日が照らしている大きなテーブルに、あの時と同じ面子がいた。木陰で読書するブラウンの髪の少女、ヤマネさん。背が高くすらりとしている帽子屋さん。


「ああ、来てくれたんだ? 嬉しいよ、アリス」


 帽子屋さんが、ティーポットを片手に振り向いて穏やかに微笑んだ。手で空いている席を示して「どうぞ」と誘ってくれる。三月兎が意気揚々とテーブルに向かって歩き出し、未だに腕をがっちり拘束されている私は瀕死状態のまま、彼に引きずられていった。


「今日は何にしようか。……いや、その前に、衣服が濡れているね」


 にっこり微笑んでいた帽子屋さんの表情が曇った。ウィッス、濡れました。三月兎との強制☆マラソンin不思議の国で走ったおかげでちょっとは乾いていたが、未だに湿っぽいし長いせいか髪からは水気が取れていない。

 あ、もしかしてそーいうグチャグチャな格好でお茶会の席に着くのはやっぱりだめっすか。だよね! あなたは常識人っぽく見えるけど、お茶会の秩序を乱したやつはBANG☆だもんね! ヒィィィ、すみませんでした!


 ガクブルする私にすっと帽子屋さんが手を伸ばした。ひっ、と怯えて身を縮ませる。下手なことして撃たれるのはごめんだぞ。


「ああ、こんなに冷えて……、三月、一体何をしたの」


 だが、帽子屋さんは軽く私の頬に触れただけで、別に濡れ鼠の姿でお茶会に来た私に激おこ状態なわけではなさそうだった。顔を触られるというなんともいえない体験に固まる私を放置し、帽子屋さんは軽く眉をひそめて三月兎のほうを振り返る。


「ええ? 僕は何もしてないよっ! アリスが川にダイブして水遊びしただけぇ!」


「……なんだ。てっきり三月がぶっかけプレイでもしたのかと思ったよ」


 え、えげつないよ! 下ネタは止めようよ!! っていうかその紳士的なスタイルとツラでそういうこと言われるとダメージでかいよ!

 思わずドン引きして、私はちょっと後ずさった。なんというか、人との接触がむずがゆかったというのもある。


「じゃあ、タオルを貸すから、軽く拭いてね。風邪をひかないように、しばらくこれを」


 帽子屋さんは自分の着ていた上着を脱いで、私に貸してくれた。こういう時は完璧な紳士なんだけどなぁ。どこからともなく取り出されたふかふかのタオルを受け取り、軽く水気をふき取る。ぐっしょりと濡れた服のほうはどうにもならなかったが、髪の毛がちょっと乾いてなんとかマシにはなった。そして、進められるままに椅子に座る。


「ね、帽子屋。今日はアリスがお土産持ってきてくれたんだよ! じゃじゃーん!」


 三月兎も席に着いて、待ちかねたようにケーキの入った箱を見せた。帽子屋さんが驚いたように目を見開く。


「へえ、お土産? なんだか悪いね」


「うんうん、しかもなんと、それがニセウミガメの焼いたケーキなんだよ! びっくりだよねえ。あの子、ちょっと不器用そうに見えるけど」


「ニセウミガメが? へぇ……今度会いに行こうかな。お茶会のお菓子を頼んでみようか」


 帽子屋さんが目を見開いて言った。おお、なんだかニセウミガメに友達ができそうな流れ! 帽子屋さんなら、三月兎と違ってそんな大変なことにはならないよね。

 三月兎はるんるんと鼻歌を歌いながら箱をあけ、なかのケーキをお皿に出す。中は色鮮やかなベリータルト。とろりとしたシロップがかかっていて、見るからにおいしそう。

 あ、なんだかお腹減ってきたかも。さっきもニセウミガメのとこで食べてきたのに、三月兎と走ったせいでちょっと消耗したかな。考えてみれば今日はずっと走ってる一日だったなぁ。バラ姉妹からも逃げたし。

そんなことを考えていると、視界の隅でヤマネがふわりと顔を上げたのが見えた。くんくんと匂いをかぐような動作して、大きな茶色の瞳を細めて首を傾げる。


「いい匂い……、ケーキ?」


「そ! アリスがくれたニセウミガメのケーキ!」


 三月兎がにこにこしながら指すと、ヤマネはいつもと同じように静かな表情のまま、でもなんだかちょっと瞳をきらきらさせてケーキを見つめていた。心なしか頬が赤い。どうやら甘いものが好きみたいだ。かわいい。

 さきほどまで熱心に眺めていた本を閉じて膝の上におき、そのきらきらした目のまま、切り分けられるタルトをじっと見ている。その様子を見て、帽子屋さんがなめらかな手つきでナイフを操りながら微笑んだ。


「さあどうぞ。おいしいお茶菓子もそろって、狂ったティーパーティーの始まりだ」


 ことんと私の目の前に切り分けたタルトのお皿を置いて、帽子屋さんが宣言した。

 すっごく隔年更新気味ですが、一応まだ続きます。

 あと、色々あって主人公の名前が「るり」ちゃんに変わりました。イヤァ、昔の名前はアリス=リデルにひっかけてたけど、現代日本人の名前としてありえないし読みも強引なので、すみません。

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