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第41話 美少女には敵わない

 「あんたがアリスね!この性悪女!」


 いきなり聞こえた声に驚いて、声のしたほうを見やるとそこには女の子が立っていた。


 長い金髪をツインテールにしていて、青がかった深緑の瞳はぱっちりとしていて可愛いけれど、気が強そうにピンとつり上がっていた。頭に赤いバンダナをくるりと巻いている。髪の毛は金色、なのに薄く黄緑にも見える不思議な色。赤と白の、丁度カフェと同じ色合いのふわふわしたドレスを着ている。

 

 可愛い顔に思わず見とれていると、なおも彼女は言い募る。


「ちょっとなんであんたがこんな所にいるのよ!あたしはね、グリフォンを呼んだだけなの!ああもう、どういうことなの、グリフォン!」


 その子はグリフォンをギンッと睨みつけているけれど、当の居眠りドライバーグリフォン氏はどこ吹く風といった様子で暢気にあくびをしている。オイオイ、それでいいのか?


 そのグリフォンの様子を見て女の子は悔しげに歯をかみ締めて、今度は勢いよくこちらを向いた。可愛らしい顔で、思い切り睨んでくるもんだから怖い。…なんで私がそんな目にさらされにゃならんのか。


 あーあー、どーこが「愛してもらえる心地よい国」だよぅ。なんだかもうやさぐれたい私は、横を向いてケッと言ってやりたい気分だ。

 もしとげとげしい視線を向けてきたのが男の子だったなら、私は昨日と同じように単純にブチ切れて怒り狂ってただろう。じゃあ何故今はブチ切れていないのか? ……我が家の電波女、姉の言うことには「男は可愛くない、でも女の子は可愛い。即ち女の子は生まれながらにして宝である。おk?」とのこと。それを聞いたとき、「そ、そりゃねーよ」と思ったが、悲しいかな、私も結局あの家で育って刷り込まれちゃったのだ。

 だから結局私の頭の中では、「女>>>>>超えられない壁>>>>>男」なのである。


「ああ、もーうっ!グリフォンがあたしの家に誰か連れてきちゃうなんて、滅多に無いわ!それこそ、性悪女、アリス以外は絶・対・無・い・の・よ!」


 むきーっと叫んで地団太を踏む美少女。あらら、怒っても可愛い。ところで私、君の名前も知らないことに気が付いたんだけど。自己紹介しろとは言わん、せめてそこのぐぅたらグリフォン、お前が紹介せんかい!

 名前も呼べないとかどんだけよ。君たち「アリスを愛してる」って言う割りには扱いぞんざいだよなもー! 黄緑の美少女は、もう私に目もくれず一人で怒ってるだけだし、グリフォン氏にいたってはもう、うつらうつらと船を漕いでいる。

 怒り続ける美少女と居眠りドライバーに挟まれ困り果てていると、話が進展しないことに気がついたのか、やっと美少女は私に名前を名乗った。ふんっと鼻息荒く、胸を張って仁王立ちしながらである。


「あたしの名前はニセウミガメ! グリフォンに媚なんて売ったら許さないんだからね!」


 ああ、自己紹介ありがとうございま……って、ニセウミガメ!?

 驚いて私は眼をむいた。ニセウミガメといえば、子豚の頭に亀の甲羅をくっつけたなかなかグロテスクな生き物である。なのにこの美少女っぷりとは、この不思議の国、本当に美形しかいねーな!


「グリフォンとあたしはとっても仲良しなの、だからぽっと出のアリスなんかに負けたりはしないわよ!」


 がるる、とこちらを威嚇する美少女、ウミガメ。いや、安心しろ、私はグリフォン氏のことをそんなに愛してるわけじゃない、勘違いするなよ……って、これじゃ私がツンデレみたいだ。

 うう、切ない。やっぱりこの国の住人がアリスを愛してるなんて嘘じゃん、勘違いでこんなに敵意を向けられてるじゃん! なんか連日トラブル続きで私参ってきたよ! チクショー!


「ねぇ、ニセウミガメ。この布はここに広げるのでいいの~?」


 険悪な雰囲気の私たちの間に、グリフォンが間延びした声でわってはいった。手には先ほどまで広げていた白い布を持ち、テーブルの上で広げた格好のままニセウミガメに聞いている。おお、なんという空気の読めなさ、この空気のなかに入る君の勇気に乾杯だ! 


「もーう! あんたがいっつもそうやって割ってはいるせいで、あたしの怒りって持続しないわ!」


 案の定水を差されたニセウミガメは顔を真っ赤にして怒り始めた。しかし、美少女は怒ってもかわいい。あまりの可愛さに嫉妬よりも目の保養になるという感想が先立っちゃうくらいだぜ! しかしいつもこの雰囲気なのか、この二人は。こんなに性格が違うのになんでつるんでいるのだか。


「まぁそういきり立つことないじゃん。とりあえず昼寝しようよ~、落ち着くよ~」


 グリフォンはニセウミガメの反応を気にすることなく、何故かいきなり昼寝を提案しはじめた。な、何を言っているんだコイツは。ここで普通昼寝は進めないだろ。ぎょっとする私の横で、ニセウミガメは案の定きーっと怒り出す。


「あんたってば何もわかってない! どーしていつもそう、ズレてるわけ!? アタシはあんたと二人っきりでご飯を食べたいだけなのに、あんたはのんきそうな顔で煙に巻いて、おまけにこーんなオマケを連れてきて!」


 おおう、熱烈!!


 ど、ドストレートな告白に思わずこっちが赤面しちゃうって! さて、この熱烈な告白にどう答えるのか…!? 思わず固唾を呑みながらグリフォンを眺めると……、


 ね、寝てるッ!!


 こいつはとんでもねー男だよ。こんな美少女に言い寄られてるのに寝るとか、ありえないよっ!! 思わず目が半目になる私の横で、さっきまで激おこ状態だったニセウミガメが「ぐすっ」と鼻を鳴らす音が聞こえた。……も、もしかして?


「ぐ、ふりふぉんの、ばかぁ……」


 深緑の大きな眼が、ゆらゆらと滲んだように輝く。何故って、彼女の瞳には、涙がたまっているからだ。あーあーあー、どうすんの、泣いちゃったじゃん!! 美少女の涙に動揺する私は、しかし何もできないままオロオロとそこに突っ立っていた。

 

「あ、あたしのことなんてっ、ぐす、どう、どうでも、いいのね……!!」


 ついにはせりだした涙が、表面張力の限界をこえてぽろぽろと流れ出す。ああああああ、どうすんの、ほんとどうすんの!?

 しょ、しょーがない、ここは不肖るりちゃん、美少女のために!!


「あ、あのぅ…、えっとですね、彼はさっき、一仕事終えてきたようなので、大変お疲れではないかと思うんです」


 おもむろに声をかけると、ニセウミガメは赤くなった目でこちらを睨む。しかしそこにさっきまでのような目力はない。


「な、なによ、仕事のあとで疲れてるからどうなの」


「は、はい。それがニセウミガメさんをないがしろにしていい理由になるとは思ってない、ですが……、ええと、人間誰しも疲れれば、うっかり、そううっかり! 寝ちゃうこともあるんじゃないでしょうか!!」


 言いながら私は「こいつは人間といってでいいんだろーか」という疑問を持つ。ううう、自分の言葉ながら説得力がないぞ! 

 もにゃもにゃしながら言った私の言葉は、それでも一応ニセウミガメに届いたようだった。


「なによそれ……慰めてるつもりなの」


 ニセウミガメは、そう言って、困ったように口を引き結び、それから目元を拭った。そして、わざとらしく頬を膨らませてぷいと横をむく。


「ま、まぁ折角アリスが来たんだし、……お茶にでもしましょうか。あ、勘違いしないでよ、私は別にあんたのことなんて好きじゃないわ。ただ、お客様をもてなすくらいの気持ちはあるってこと!」


 つん、と顔を背けて言い募るニセウミガメの頬がだんだんと赤くなっていた。そしてそのままぱっと身を翻して彼女は店のなかへ駆けて行く。

 ……今の反応は。


「アリス、あんまり気にしないでね~。ニセウミガメって誰に対してもあんなだから」


 気だるげにあくびしながらグリフォンがいう。ちょ、おい、何時の間に!? 起きてたんなら最初から……いいや、今はそんなことより……

 

 やっぱり彼女は、


 T U N D E R E ! ?


 ツンデレだ、モノホンのツンデレ美少女だ! つまりさっきトゲトゲした対応をされたのは好意の裏返しということ……、う~ん、嬉しいんだか悲しいんだか!

 いや、でもエースさんのトゲトゲした対応よりは確実に嬉しく感じる……! 私ってゲンキンなやつ! でもごめんね、やっぱり、「女>>>>>超えられない壁>>>>>男」なのだ! 男のツンデレより美少女のツンデレのがいいに決まってる!


「お待たせ。ニセウミガメのカフェの真髄を味わわせてやるわよ!」


 帰ってきたニセウミガメはどんとテーブルの上にティーセットを置いて宣言した。ふんっと気張った顔で、とぽとぽと紅茶を注ぐ。帽子屋さんの鮮やかな手つきとは違い、少々覚束ない。見てるとちょっと心配になる。


「はい、これがあんたの分。こっちはアリスに」

「アリス、熱いから一気に飲まないほうがいいよ~」


 渡された紅茶は、とても美しい赤色だった。とはいえ、照れているのかニセウミガメの頬も負けないくらいに赤かったけれど。

 グリフォンがその紅茶を一口飲んだ。味わうように目を細め、彼はゆっくりとたった一口の紅茶を嚥下している。なんだか愛おしげに飲むものだから、私は少しばかり照れてしまった。

 ……ニセウミガメばかりがグリフォンに対する好意を示しているようだが、案外違うのかもしれない。

 その様子を見て、私も一口頂くことにした。

 赤く透き通った紅茶を一口飲む。


「おえっ、げほぉっ!!」


 思わず咳き込んだ。何だこの味!!

 舌を強烈な苦味が貫く。えぐい、っつーか痛い。何これ、本当に紅茶なのか!?

 いや、もしかして毒を盛られた!? 彼女の態度はツンデレではなくマジな嫌悪だったのか!? 混乱しながら口を押さえる私の前で、平然とグリフォンは言った。


「あーあー、だから一気に飲むなって言ったのにぃ。ニセウミガメの淹れる紅茶は激マズだからね」


 そーいうことは早めに言ってくれ!!


「なっ、激マズですって!? 失礼しちゃう!」


 ニセウミガメはまたもぷりぷりしながら自分も紅茶に口をつけ、平気な顔で飲み下した。彼女はぜんぜんなんともないようだ。


「まぁこのカフェってこんな感じでいつも閑古鳥鳴いてるからさー、だから今日呼ばれたってわけ~」


 グリフォンはそういいながら、あの激マズ紅茶をまた一口すすって目を細めた。

 今思えば、この表情は紅茶を深く味わっているのではなく、恐らくあまりのマズさをガマンしているのだろう。てっきりものすごくおいしいからゆっくり飲んでるのかと思ってしまったっ……迂闊!


「まぁ、この子の本領は紅茶じゃなくてケーキだから。食べてみなよ」


 気の無い調子で言うグリフォン。とかいってひっかけじゃないか? お前さっき何も言わずに私にこの紅茶飲ませただろ……。疑いながらも、差し出されたものを拒むのも悪い気がして、私は一応テーブルの上のチョコケーキらしきものに手を伸ばした。しっとりふわふわしてそうな茶色の生地に、つやつやしたチョコレートがコーティングされている美味しそうなケーキである。甘い匂いが食欲をそそる。が、見た目はマトモだが、一体どんなゲテモノかわかったもんじゃない……。


 ぱくっ。


 あ、おいしい。びっくりして私はフォークを口に突っ込んだまま眼を見開いて固まった。

 鼻のなかに抜ける格調高いチョコの味わい。しっとりとしたケーキの生地が、口のなかで溶けていく。おいしい。それに、とても上品だ。


「な、なんですかこれ、すっごくおいしいじゃないですか!」


 驚いて叫ぶと、ニセウミガメは自慢げに微笑んだ。


「まあね! ま、当たり前じゃない? あたしの焼いたケーキだもの」


 自信満々と言ったふうの彼女だが、その頬がまた赤くなっていた。

 やっぱりツンデレみたいだ。なんだかだんだん彼女の反応というものがわかるようになってきたぞ。


「こんなに美味しいケーキなら、きっとお店も大繁盛ですね」


 二口目を食べながら言う。うん、さっきの紅茶のインパクトが一瞬で消え去るほどおいしい。お城の料理もほっぺたが落ちるほど美味しかったが、デザートだけ比べたらニセウミガメのが美味しいんじゃないのっていうくらいだ。

 けれど、そんな私の問いに対して、ニセウミガメはちょっぴり暗い表情になって俯いた。あれ?


「……美味しいケーキだけど、お客さんはそんなに来ないのよ」


「えっ、それはまたどうして」


 私が問い返すと、ニセウミガメはぐっと唇を噛んだ。そしてその青みがかった深緑の美しい瞳がみるみる潤み、ぽたぽたと涙がこぼれていく。ま、またかーっ!!! ぎょっとして、思わずフォークを置いた。え、私何か悪いこと言ったかな!? いや、この様子だと言ったんですよね! すいませんでした!!

 こんな美少女を泣かせてしまって、こりゃ姉さんに知られたら怒られちゃうって! あわわ、ごめんなさい!

 おろおろする私を見てか、グリフォンはティーカップをテーブルの上に置いて、空いた片手でぽんとニセウミガメの頭を撫でた。あんまり自然にやってのけたので、私が反応する暇もなかった。

 なでなでと、ゆったりした萌え袖からのぞく手がニセウミガメの頭をなでている。アーモンドの瞳を細め、グリフォンはなだめるように言う。


「おいしいケーキがあるならいいじゃない。泣かないでってば」


「うっ、ひぐっ、だって~」


 ぼろぼろと涙をこぼしてしゃくりをあげつつニセウミガメがいう。


「あたしってすぐ怒るしすぐ泣くから、誰も友達になってくれないしっ! 紅茶もおいしくないから、帽子屋に負けちゃって、お店だって誰も来ないし~!」


 ぐずぐず鼻を鳴らして、彼女は叫んだ。


「そんなことないって、だって僕たち友達じゃん。それに、帽子屋は趣味でお茶飲んでるだけだから、気にする必要ないって~」


 グリフォンがゆっくりと言う。

 そして、ニセウミガメの頭から手を放し、今度はぎゅっと彼女をだきしめた。これまた迷いのないスマートな動作に、私はまた驚く。


「ね、だから落ち着いて。君が泣くと、僕もなんだか悲しくなってきちゃうからさ」


 そう言って、グリフォンはちゅっと唇をニセウミガメのつむじに落とした。





 ニセウミガメのいなくなったテーブルで、私は舌が痛くなるほど苦い紅茶を飲んでぼんやりしていた。

 ニセウミガメはグリフォンになだめられて落ち着くどころか、最後の凄まじい行動のせいでおおいに照れて、顔を真っ赤にして「ちょ、ちょちょちょっとぉ! あの、顔を洗ってくるわ! 着いて来ないでよね!」と言い置いて走り去ってしまった。


「……」


「アリス、なんかめちゃくちゃ顔赤いけど~。大丈夫?」


「えっ!」


 苦すぎる紅茶を飲んでいて、先ほどから舌の感覚がない。なので、てっきり体調の悪さから顔は青褪めているものと思ったが、私の顔は真っ赤だったようだ。ニセウミガメの赤面がうつったか。ティーカップを置いて、頬に手を当てる。あ、確かに熱い。


 でも、だって、しょうがないじゃないか!


 目の前でしっとりと抱きしめあって、しかも、あんな殺し文句を言われたら、他人事でも赤面くらいしちゃうでしょう!! おまけにキッスやで! キッス!

 洋画のラブシーン的ながっつりキスシーンを目の前でやられても照れるだろうが、あんなにしっとりとプラトニック風味な愛の示し方をされても照れる。


「グリフォンさんは、ニセウミガメさんと、とーっても、仲良しなんですね」


 嫌味というほどではないが、含みをもってそう言った。グリフォンは、とぼけた表情で眠たげにこてんと首を傾げる。


「そうかな? 普通じゃない」


 そう言って、彼は手の中のティーカップからまた一口紅茶を飲んだ。


「まぁ、ニセウミガメと一番仲がいいのはたぶん僕だとは思うけど」


 そう言って、すました顔をしてる。言ってくれるよ、大した度胸じゃないか。

 なんだかバカップルにあてられている気持ちになって、私は何ともいえない表情になった。苦いような、甘いような、酸っぱいような。


「まぁ、でもニセウミガメはアリスのことも気に入ったみたいだし。今日君をここに連れてこられて良かったよ」


「えっ、そうですかね?」


 急に話題が自分のほうに向かってきて、私は素っ頓狂な声をあげて返事をした。

 ニセウミガメの様子を見るに、まぁ私のことを嫌ってはいないだろうが、別に好きってわけでもなさそうだぞ。っていうか彼女、あのツンツン攻撃に耐え切って、そのあと好意的な言葉をいくつか投げかければそれだけでもう仲良くなれそうじゃん。いわゆるチョロインじゃないか。


「ニセウミガメはなんていうかこー、情緒不安定だからね。気性が激しいって言うかなんていうか。それに、紅茶も知ってのとおりの味だし。あの子は友達少ないから、色々心配なんだよね」


 ううむ、まぁその通りなんだけどね。

 そういえば原作のニセウミガメもよく泣いてた気がする。彼女がツンデレなのはそこらへんが影響してるんかね。

 しかしズバズバ言うな! お互いの欠点を知り合って尚仲良くできる友達は素敵だと思うが、そこまで言うか。あと、私はいつもぼんやりしてそーなあんたがニセウミガメのことを一応心配しているという事実に驚いたよ。こういっちゃなんだが、悩み事とかあるんだね。


「だから、良かったよ、アリス」


 そう言ってグリフォンはふにゃりと笑い、手の中のティーカップをゆっくりと傾けた。そっと口をつけて紅茶を飲み干すその様子は、やっぱりなんだか……、なんだかこう、


 愛しげに見えて、私はまたも盛大に赤面するはめになるのだった。


「お待たせ! ニセウミガメ、完全復活よー!」


 どどん、とお店のなかからニセウミガメが現れた。目に腫れたあとがうっすら残ってはいるが、その顔は自信満々な表情で、もう泣いてはいない。うん、やっぱり泣いてる美少女より笑ってる美少女のほうがよい。泣き止んでくれてよかった。


「ってぇ、アリス! なんでそんなに真っ赤なわけ! なによ、あたしがいない間にグリフォンとなんかしてないでしょーね!?」


「あ、あはは、何も無いです」


 ううむ、ツンも完全復活か。でもま、元気なほうが嬉しいからいいや。


「まぁ、なんていうの、あんたには色々迷惑かけたと思うし……、詫びないままでうちに帰すのは、礼儀としてどーかと思うから、これあげるわ」


 ニセウミガメはつんつんした口調で、しかし照れているのか目線をこちらにむけずいじいじと長いツインテールを指でいじりながら、ずいっと私に何か差し出した。勢いにおされて、それを手に取る。箱だ。しかも中からはふんわりと甘い匂いがした。


「あ、これって……」


 け、ケーキだぁぁぁぁぁ!!

 おおお、嬉しい! すっごく嬉しい! 最近こんなまともな贈り物、あんまり貰ってないもん!  いや、そういえば白兎に薔薇をもらったっけ!? いやでも、それ以外の贈り物、全部変なのだぜ! 銃とか! 実の姉からはコスプレセット☆とか! 身内がこれだもん、やってられないよ!


「ありがとうございますうううううう!!」


 感激のあまり大声でお礼を言うと、ニセウミガメはちらっとこちらを見た。


「ま、まぁその調子で喜びにむせびながら食べるといいわ! なんてったって、この国で一番おいしいのはあたしのケーキなんだから! 笑顔でたべてくれなきゃ……しょ、承知しないわ!」


 はい、ツンデレ! ご馳走様です!

 ニセウミガメはぷいと顔を背けてしまったが、その頬が赤いことは見て取れる。なんていうかあれだね、この子は慣れてくるとめちゃくちゃ可愛いね。ツンデレなんて嫌いだと思っていたが、考えを改めてしまいそうだ。


「本当にありがとうございます。私からも何か贈れるものがあればいいんですけど……」


 生憎と今日は手ぶらなのだ。だがこんな素晴らしい贈り物をもらっておいて、何もお返しできないのは心苦しい。あ、そうだ!


「このケーキ、お城に帰ったら皆と一緒に食べますね」


 うん、こんなに美味しいケーキをお土産に持ち帰ったら、色々悶着があってぶっちゃけ気まずいお城の人ともうまいこと元通りに仲良くできるんじゃないの!? そしてこのニセウミガメのケーキのおいしさを知ったら、もっと皆彼女の店に来るんじゃないの!? そう、つまり一石二鳥計画! ふふふ、今日の私は冴えてるぜ。あの激マズ紅茶によって、脳みその細胞が活性化されたのやもしれん。

 そんなことを考えて、ちょっと得意げな顔になった私の前で、何故かニセウミガメはむくれた顔になった。おりょ、何か気に入らないことでも? 正直今の私の提案は非の打ち所がないと自画自賛したいくらいのものなので、私はちょっと戸惑う。

 ニセウミガメは緑色を帯びた神秘的な金のツインテールをいじりながら、不満げに口を尖らせた。


「お城の連中なんかに分けてあげる必要なんてないわよ。それはあなたに贈ったものだもの」


「え……」


 やだ、ツンデレかわいい。

 いやいやいや、そんなたわけたことを考えている場合でもない。私の一石二鳥計画のためにも!


「大体、あんたがケーキを分けようとしてるのって、白兎でしょ? あたし、あいつだけは絶対にイヤ! アリスに贈ったケーキをあいつが食べるかと思うと、ぞっとしちゃうわ」


 形のよい眉をひそめて、いかにも嫌そうにニセウミガメが言う。

 え、ええ~? なしてさ。なんでそんなに白兎を嫌うんだろう。 


「ニセウミガメは本当に嫌いだよねー、白兎。僕は悪くないと思うけど」


 グリフォンはさらっと言う。……いや、お前は白兎にこの前銃で撃たれかけてなかったか? それで「悪くない」って、感性がどうかしてるとしか思えないぜ……。


「あたしはあんなヤツ、大ッ嫌いよ! やたら嫉妬深いし、アリスにベタベタするし、やになっちゃう」


 お、おう。


「ええ~? 嫉妬深いっていうならきみもわりとそうじゃない?」


 おおっと、言いにくいツッコミをグリフォン氏がさらっと言ったぞ。

 

「べ、別にあたしは嫉妬深くなんてないわ!」


 むくれてそっぽを向く彼女の横で、私は首をかしげた。白兎が嫉妬深い、ねぇ。いやぁ、意外とは思わないが、そうなのか。


「ただ、あいつは……、アリスのことを自分のものみたいに思ってるし。女王の側近だからって調子乗ってるし。そういう傲慢なとこが気に食わないのよ」


 腕を組んでニセウミガメがいう。ほほー、お城ではメアリさんに慕われてるけど、案外白兎にも欠点はあるのね。いや、まあそうだよね、私がちょっと立ち入ったことを質問しただけで首に手刀落とすとか、強引すぎるもん、恨みは忘れんぞ白兎!


「あいつ、アリスといつもうまいこと接触するチェシャ猫が気に食わないみたいで、いつもぴりぴりしてるし。……アリスも気をつけたほうがいいわよ」


 ニセウミガメは、むくれた表情ではなく、真剣な眼差しを私に向けて言った。


「あいつ、結構おかしいもの」






 その一言を、私は対してまともにとらえていなかった。それをのちのち後悔することになる。 



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