第40話 グリフォンとの散歩
はぁ、はぁ…ここまで来れば、平気かな…。
全力疾走した足を、ぱたりと止める。少し体が熱くなっていて、汗が出ているのを感じた。
ビルさんを見捨て赤白の薔薇姉妹から逃げてきた。紅白だなんて縁起の良さそうなものだが、ところがどっこい例に漏れずあの二人も変だった。くっそぅ、引き篭もり予備軍に全力疾走なんてさせやがってぇ・・・!!どんだけ辛いか分かってんのか!
いつまでたっても整わない息の音がうるさい。一旦座って回復しようかな?多分薔薇は追いかけてこないだろうし…。そう思って私は、ぺたりと地面に腰を下ろした。もう疲れたからケツに土がつくとか気にしない。面倒くさいし。
「っはーーー!!」
思いっきり息を吐いて背をそらして伸びをした。ぐうん、と腕を振り上げて、顔も上を向く。綺麗な薄青の空が見えた。相変わらず風景は美しくてたまらない世界だ。なのに国民がこんなんだからアララララ。ああ、もう駄目だこの不思議の国、はやくなんとかしないとって感じ。
ほわぁ~と息を吐いて力を抜こうとしたときだった。ふ、と私の目に、黒い影がうつる。青い綺麗な空に、ぽつんと浮かぶ一つの点。
んげげげげげ!!もしかしたらアレですか、赤薔薇さんが追っかけてきたとか!?うわぁ、やっぱりこの国の植物は空を飛ぶんだろうか…!あな恐ろしや!どうしよ、また逃げないと…!
とか思っている間に、ばさりと音を立てて目の前に何かが着陸!あー!終わった!グッバイ私の休憩時間!ハロー私の逃亡時間!
「何してるの、アリス。」
ほあ?
今のけだるげな、眠そうな声は、もしかして…、
「グリフォン、さん?」
目線を上に上げると、眠そうに細められた黄色い目が見えた。柔らかい髪は、今日もやっぱりボサボサだった。
なんだお前かよ!驚かせるなチクショー!イケメンだからって調子のるな!!
「随分息が上がってるけど・・・、」
首をかしげてたずねられる。
「いえ、そのぅ、ちょっと変なひとに会って、怖くなって逃げてきただけです。」
「ふぅん。それってもしかして赤薔薇、とか?」
アレ!?なんでお前知ってんの?エスパー?
「何故そのことをご存知で・・・、」
「赤薔薇を運んでる最中に、彼女が勝手に俺の背中から飛び降りていったから。アレがそんなに執着するのなんて、アリスくらいなもんでしょ。」
ふわー、とあくびをしながらのたまってくれましたこのグリフォン!犯人はお前かァァァァァァッ!!
やはり不思議の国ともいえど植物は空を飛んだりしないらしい。安心したよ、うん。こんな当たり前のことで安心できる自分の今の状況がすごく悲しいけどね!
とはいえ、ここで会ったのがこのザ☆居眠り運転未遂犯グリフォン氏で良かったかもしれない。あんまり喋ったことがないからよくは分かってないけど、比較的マトモなほうだよね。
「そうそう、ヒマなら散歩でもしない?これからいく所あるからー、一緒に行こうよ。」
グリフォンがそういって手を差し出してきた。だぼだぼとして柔らかそうな服に包まれた腕は、相変わらずひょろひょろで頼りない。でもこのやる気の無い感じは、何だか安心できるものがあった。っていうか今までのみんなが色々と意欲的っていうかすごすぎたんだよなぁ。
うん、ついていこうかな。どうせやることも何もない。そう思って私は腰を上げて、グリフォンの横に並んだ。グリフォンが私の手をそっと掴んで、それからふにふにと動かし緩く手をつなぐ。本来私はあんまり手をつなぐとか、そういった行為は好きじゃないけど、グリフォンの手はなんだかふわふわとしていて、動物の肉球みたいに気持ちよかったのでそのままにした。
「ところで、行く所ってどこなんですか?」
気になったので聞いてみた。こいつはどうやら今までの会話や言動から察するに、空を飛ぶ能力を活かした運搬業っぽいことをやってるみたいだ。今は特に荷物を持っていないけど、どこかに荷物を届けにいく、あるいは受け取りにいく最中なんじゃないか?
「…カフェ、だよ。友達が経営してるのさ。あー、来るように頼まれたけど行くのだるいー…。」
ほっほう、カフェですか、しかもお友達の。不思議の国にもカフェなんかがあるのかぁ。っていうか、可哀想だな友達。行くのだるいとか言われてるぞ…。
でも、良いなぁ。帽子屋さんの家があった場所も街みたいな雰囲気だったし、案外この国にも普通のお店みたいなものがあるのかもしれない。お城にひきこもるばかりじゃなくって、ちょっとだけでも外に出てみようかな?グリフォンに手をひかれながら考える。
「もう少し歩くけど、平気ー?」
あいもかわらず眠そうな声でグリフォンが聞いてくる。くぅぅ・・・、この気の抜けた感じ、イイ!他はみんな気持ち悪いくらいこっちに気を遣うというか、逆に全然こっちの都合を考えず色々押し付けてくるというか・・・。この匙加減が調度イイ!
そうしてグリフォンに手を握られて歩くこと数分。
「ここだよー。」
グリフォンはそう言って、私から手を離した。柔らかな感触が離れてく。私は辺りを見回した。
なんてゆーか。
すごく・・・メルヘンです・・・!!
海辺に建っているこじんまりとした可愛らしい建物。赤い屋根に、白い壁。お店というよりも童話に出てくる家っぽい。外にはパラソルと白いテーブルと椅子のセットがあって、本当に可愛い。背景に真っ青な海が見えて、とても綺麗だ。
・・・ん?って、海?海辺!?
待て待て待て!!私はいつの間にかんな所まで来てたのか!?ちょ、やべぇ、お城まで帰れる気がしないぞこれ・・・!!どどどど、どうしよー!?
私の頭の中を一瞬で嫌な想像が駆け巡る。例えばお城に帰れずそこらの森で干からびたりとか、道に迷って野宿してたら三月発情兎に見つかってまさかのッアー!!自主規制ピーな展開とか、同じような状況下でドキッ☆野宿でSM大会!ポロリもあるよ!なんて展開とか・・・ノーン!!
やばい、考えれば考えるほど嫌な想像が湧いてくる。ちなみにこの間わずか1秒足らず・・・私の頭脳はパソコン並みの回転の速さを発揮した。え、私すごくね?でももちっと別の所で発揮してほしい!
と、色々混乱気味で、変な方向に脳みそがぶっ飛んだ私に、後ろから声がかけられた。その声でやっと私の思考は戻ってくる。
「アリスー、ちょっと手伝ってほしいんだけどー・・・、」
「あ、はい。何ですか?」
グリフォンの声に振り返り、たたっと駆け寄る。グリフォンが手に持った白い布を広げながら、
「あのさぁ、この布を・・・、」
「あんたがアリスね!この性悪女!」
な、何事!?
いきなりグリフォンの言葉が遮られたと思ったら、中々に好戦的なセリフが聞こえた。
っていうか性悪女って!さっきは『ブチ切れアリスちゃん』って呼ばれたし、私この国に来てから確実に良くないあだ名ばっかり増えてるぞ!




