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第3話 アリスの居ない絵本

 不思議な人を追って、訪れた不思議な場所の不思議な図書館。


 そこにあったのは、やっぱり不思議な絵本だった。



アリスの居ない、絵本。丁寧に描き込まれていて、センスの感じられる綺麗なイラスト。

 パラパラと絵本のページを捲ると、耳に心地よい音。

 動くページの合間から、センスの良い綺麗で可愛らしいイラストが見え隠れする。


「あれ…。なんだろう。」


パラパラと捲る手を止め、私は少し気になったページを開く。


 そこにあったのは。




 −−−−−−−真っ白い、空白。−−−−−−−





 茶色い柔らかな色彩の中。そこだけが切り抜かれたかのように真っ白。


 何かのシルエットに沿って白くなっている。これは何かの演出なのか。


「なん、で……?」


気になって私は他のページも捲る。


 けれど、何処のページも真っ白。セピア色の懐かしさを感じる色で創られた、生き生きとしたキャラクターが描かれる中、虚無のようにそこだけが何も無い。




 シルエットは、多分女の子の。

可愛らしいスカートを着ているようで、髪の毛は長めみたいだ。



「どうして…。」

「変わった絵本でしょう?お客様。」


私が一心不乱にページを捲って、思わずそう呟いたときに、彼女の声が聞こえた。


「え!!?」


 驚いたせいか背中がゾッと冷たくなった。くるりと振り向くと、そこには受けつけの女の子が居た。


 綺麗な顔。瞳はスカイブルーで、明るさと陰りの美しさ両方が存在している。

吸い込まれそうな、美しい瞳。見るたびに、おもわずドキリとしてしまうような。


「あ、はい。何か変わった演出だなあ、とは思いましたけど。」


私はその少女の瞳に真っ直ぐ見詰められ、ドギマギとしながら言った。うう、綺麗すぎる。反則的だ。


「ええ。その本、実はとある女の子がかいたんですよ。」


にこり。花のように可憐に笑って、彼女は小鳥の歌声みたいな声で言う。す、すごい、この笑顔、殺人的可愛さだ。お人形さんのような美少女とは彼女のような女の子に似つかわしい形容だ。


「え。女の子、デスカ。」

「ええ。可愛らしい女の子。もう他界してしまったけれど、大人しくて本が大好きな子でしたわ。」


思わず棒読みになったのは緊張のあまりだ。っていうかアナタが可愛いって言うくらいなら、…それはもう神の領域では無いか。他界してしまうとは…。惜しいよそれ。


「有名なお家の跡取娘でしてね…。亡くなったときには沢山の人がお葬式に来て、泣いていましたわ。育ちが良いので良い子でしたの。病弱だから友達は少なかったけれど。」


 少し哀しそうに、彼女は机を撫でる。目は遠いところを見ていて。

 ああもう、何気ない動作が綺麗過ぎる。今の彼女も、さながら一枚の憂いの絵画。


「けれど。」


 そこで彼女は皮肉気に笑った。机を撫でる、ほっそりとした白い指にぐっと力がこもり、砂糖菓子のようなその指が砕け散ってしまわないかと、私はそんな馬鹿な恐れを感じた。

 彼女の髪が揺れ、翳ったその顔を隠す。透けるような金の髪の向こう側には、綺麗な顔からは想像出来ない程、歪んだ笑み。


 私はあれっと思う。なんでこんなに違和感を覚えるんだろう? さっき笑顔を見せたときは、とても似合っていると感じたのに。まるで、彼女は歪んだ笑みをつくってはいけない人形のように感じる。

 完璧な美しさで、人の目を楽しませる人形みたいに。


 いや。そんな筈は無い。彼女は作り物めいている、なんて気のせいだ。

だって、感情の欠落した人形は、小鳥のような声を出すことも、花のように笑うことも出来ないのに。


「本当に…、彼女の為を思って泣いて、哀しんでくれた人なんて、その葬式には居なかったんです。彼女の親さえも、後継ぎが居なくなった、と思っただけだった。彼女の死を尊び、彼女の短い人生を慈しんでくれるひとなんて、居なかったわ――――!!」


それは、怒っているかのような、哀しんでいるかのような――、歪みの表情。

 声は少しだけ掠れて。その声はやっぱり可愛らしかったけど、もう小鳥のような声では無い。


 ほら、人形ツクリモノにこんな表情が出来るわけ無い。こんな多彩な声を出せるわけ無い。

 私は彼女をみながら、せり上がってくる違和感を必死に押しとどめる。


「私は、泣いたわ。私は、悲しかったわ、哀しかったわ。とっても。」


 彼女の声は、一気に沈み込む。死者に捧げる悲しみの歌を歌う小鳥のように。

 けれど何処か、確認するような、自分に言い聞かせているような、噛み締めるような、慎重でゆっくりとした言い方。


「彼女は、私を大切にしてくれたもの――――。」


 彼女は、小さな声でそう呟いた。哀しみに沈んで、遠い目をした顔。スカイブルーの瞳は、美しく、けれどボンヤリと揺れた。


 私はその重苦しい空気になんとも言えず黙っていると、ハッとしたように少女が顔を上げた。


「す、すみません!!変なことを話してしまって…!!」


 いや、別に良いんですが。そんな迷惑そうな顔してたか、私。うわーKYじゃん。嫌だソレ!!


「いえいえいえいえ!!そんなこと無いです!!興味深いオハナシさんきゅーべりーまっちょです!」

 あー。何か緊張して意味不明なこと口走ってるよ…。ヤバイよ。

 っていうか今時さんきゅーべりーまっちょは無いだろ…、サブイわ。うん。


「うふふ、お客さんってば、面白い方ですね。」


 うあー、殺人的可愛さの笑顔キタコレ!!失笑されなくて良かったっ!!神様有難う!!


「それでは。ごゆっくりどうぞ。」


 彼女が後ろを向き、螺旋階段を降りる。エプロンドレスの裾が、フワフワと優雅に揺れた。



 私は、アリスの居ない絵本を読んでみることにした。





―――――――――――――。







「ふへぇー。面白かったぁー。」

パタリ。本を閉じて。


面白かったけれど、何故か喪失感に苛まれた。


 別に物語に出てくるキャラクターが増えてたり、物語が特別変更されてたりするわけじゃあ無い。

けれど、文章の表現が上手い。あと、隅々まで細かく描かれたセピアの色調のイラスト。


 一枚一枚、一人一人丁寧に描かれた絵は、自分の作ったキャラクターをとても大切にしていて、愛していることがわかる。

 背景も、自分の考えるハートの女王が統べる不思議の国を、ちゃんと一生懸命に表そうとしている。

私も絵が好きだから、なんとなく分かる。


 嗚呼。だけど、何でこんなにも―――――…、


「っ…、くぅっ………、」


喉の底から、嗚咽が漏れた。気がつけば、頬に涙が伝っていた。


 その本は、あまりにも一生懸命に描かれていた。

 そこにえがかれていたのは、失われた夢。


誰もが、一度は絵本の世界やファンタジーの国に行ってみたい、と思ったことがある筈だ。

 剣や魔法。美しい光。幻の種族。



 けれど、誰もがその夢をきっと失う。何処かに無くす。何処かに落とす。



 私は、諦めきれなくて。だから本ばかり読んで。ありもしないモノを絵に描いて。


    失わないように、無くさないように、落とさないように、すがり付いていた。




 怖いよ。何かを失うのは怖いよ。

  

   痛いよ。無くしたことに気づくのは。喪失感にうずくのは。




「…ああっ、くぁっ…。」



でも、死を間近に捉えて描いたこの本は。


 何も失わないから、ううん、全て失うから、喪失感に苛まれないで自由に描けた。




 私、すがりついて、手を離さないようにしていたのに。


  やっぱり無くしていた。


 私が掴んでいたのは、途中から薄っぺらいハリボテ―――《ニセモノ》に摩り替わっていたんだ。


 本物は、もうとっくのとうに落としていたんだ。



この人は、夢を失わないで、ちゃんと描いた。


 純粋で、どうしようもなく暖かで。


 自分が死ぬってわかったとき、その人はどんな顔で、どんな気持ちだったんだろう。


彼女はそれでも、自分の作った者たちを愛し、慈しみ、大切にした。



 ああ、どうしてこんなに哀しいんだろう。


 どうしてこんなに痛いの。何で胸が疼くの。



 失うことに、失ったことに気がつかなければ、こんなに残酷な痛みは無かったのに。



「ああっ、…。」


涙よ、止まって。

 



―――――――――――――――――――。




私はもう一回中身をパラパラと捲った。

 やっぱり、文章中にアリスと入るべきところと、イラストに主人公の少女が入る為の場所は、空白。

なんでかしら。


「あ?ん〜?」


最期のページ。その裏に小さな手書きの文字で、何か書いてある。


「え〜っと、何々?」

顔を近づけて、その文字を読む。



「…貴女が、…次…の…アリス=リデル…です。??? 何コレ。」


“貴女が次のアリス=リデルです。”


 どういう意味だろう。



   その瞬間。異変は起きた。



「っ!!??何!?」



私の持っていた本からいきなり光がほとばしり…、


 私は本に吸い込まれそうになるのを感じた。


「ってぎゃあああああああああ!?なんじゃこりゃあ!?」


本気でピンチの時にはナイスリアクションなんて出来ない。私は凄く普通の反応を取ってしまった。なんだか不覚を取った気分…。


「っじゃなくて!!なにこれえ!!?」


私は咄嗟に自分のバッグをワシッと掴むが、そんなんで本の吸引力は納まったりしない。


「いにゃあああああああああああああああ!????」


変で間抜けな叫び声を上げて本に吸い込まれる私。

 そんな私の頭の中では、吸引力の変わらないただ一つの掃除機のCMがぐるぐる回り、わけのわからないことになっている。


 私はそこで、アッサリと自分の意識を手放してしまった。






 その時のわたしは、この絵本にアリスがいないことが重要なことなんて思ってなかったんだ。


やっとこさ不思議の国へ突入…。疲れた、マジデ。

 さあて、どんなキチガイさんがいるのかな☆

楽しみ〜vv

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