第二話 白兎と夢図書館
うう、ギャグは今回あんまり入っていません。
しかも、まだ不思議の国に入らないです。
さして重要でもないので、読み飛ばしても良いかも。
淡い、淡いお天気雨の中。
私はふと、今の自分よりも怪しい人を見つけた。
「急げ急げ。遅刻だ遅刻。」
世界中のひとが知っている、有名なセリフ。それを言うのは―――――。
真っ白い髪の毛。雨に濡れ、太陽の光に輝いて。とっても綺麗に見えて。
たったった、と走る彼に合わせて、プラプラプラ、と揺れるアレは―――――――耳?
うん。間違い無い。真っ白い大きな兎耳が、頭の両側から垂れている。兎耳の片方には、真っ赤なハートのピアス。日の光に反射してチカチカ光る。
嗚呼――――――、あれは。
−−−−−−−−−白兎?−−−−−−−−−
気がつけば私の足は彼を追う。軽快な足取りで。軽やかにエプロンドレスを躍らせて。
白兎のような彼は、薄暗い路地裏の道に入る。ほんの一瞬私はためらったけど、それでも体は動き出して。
くねくねと曲がりくねって、薄暗くて狭い路地。何処の家かもわからない家の窓が、すぐそこに。しなびたような観葉植物。色あせた裏の道。
それは、普通の私だったら少し怖いと感じる道。けれど、この時の私は少し普通じゃなかったのかも知れない。
見知らぬ熱に浮かされて。
体は勝手に滑り出す。
追っているのは白兎。
暗い路地裏道の中。
愉快で不条理追いかけっこ。
「嗚呼、遅刻しないと良いなぁ。」
兎が喋る。私が追う。
そうしているうちに、薄暗い路地の一本道の向こうに、不意に光が差した。
兎がそこに行くので、私もおいかけて光の中に踊り込む。
そこは、ちょっとした広場みたいだった。
まわりには廃ビルや、カーテンを閉めた人気の無い家が立ち並び、壁のようにそびえたつ。
ただ、そこだけはポッカリと日の光があたる。路地裏の道とは大違い。
色取り取りのレンガやタイルが並び、何処かチグハグな感じだけど素敵な場所。
「っあ。しろうさぎ…。」
彼が何処に行ったのか、キョロキョロとまわりを見て探す。
すると、このポッカリとある広場のような空間の向こう側に、彼は居た。
「急げ急げ」
そう呟いて、向こう側にある赤い鉄錆の浮く寂れたような建物の入っていった。
私の足もやっぱりそっちへ向かっていく。変なの。私の好奇心はこんなに強くない筈なのに。
白兎の入っていった建物は、お化け屋敷と呼んでも良い位に寂れていた。
ちょっぴり怖い。けど、ここまで来たんだから。
ドアに張り紙がしてあって、『夢図書館』と書いてあった。
雨はいつの間にか止んでいた。
カララ。横に引く引き戸タイプのドア。
軋むような音と、戸が転がるような音。少し不気味で、やっぱり怖い。
「し、失礼しまーす……?」
別に図書館なのだから声を細めそんなことを言わなくても良いのだけれど。
私はなんとなくそう言って入った。
クーラーが入っているのとは少し違う、ヒンヤリと湿っぽい空気。洞窟の中のような空気だ。
古い本の匂いが鼻腔をくすぐる。嫌いじゃない匂いだった。
本を返して、幾分か軽くなった鞄の持ち手を緊張してギュウッと握り締める。
「いらっしゃいませ」
「!?」
いきなり聞こえた声に、私の背中を戦慄が駆け抜ける。
びっくりして後ろを振り返ると、そこに居たのは可愛らしい少女だった。
「へ…?」
なんでこんなところに女のコが?
「すみません。驚かせてしまいましたね。ここは図書館です。古い本しか置いてありませんが、どうぞくつろいで行って下さいな」
にこり。花のように微笑んで、女のコは言った。
よく見れば彼女は私と同じ位の年齢みたい。
あれ、この子も私と同じでエプロンドレスを着ている。奇遇ってやつだな。
「はぁ…。どうも」
私も気の抜けた声でご挨拶。きっと今の私はさぞ間抜けな顔に違いない。
おんなじくらいの年齢で、おんなじエプロンドレス。
それなのに彼女は可愛らしい。私とは全く違うな。こりゃ。
真っ白い滑らかな肌に、サラサラと波打つ柔らかそうな髪は、金髪。日本人じゃ無いのかな。
整った顔にあるのは、大きくて綺麗なスカイブルーの瞳。長く反り返ったまつ毛に縁取られている。
瞳は吸い込まれそうで、見詰められるとどきっとする。
「? どうか致しましたか? お客様?」
あんまりにも見取れていたら、彼女は小首を傾げて可愛らしい小鳥のような声で言った。
「あ!? えっと何でもありません!! すみませんーーーーーっ!!」
ちょっぴり照れてそう叫んで逃げた。うう、私ったら挙動不審。怪しいよ。
ああ、そういえば白兎、彼は何処に行ったのかな。
彼を追い掛けて来たけれど、あの子に見とれて見失った。
まぁ良いか。本を数冊読んで帰ろう。
腕時計を見ると、まだ一時半。これならゆっくりしていられる。
アリスのようにエプロンドレスを着て、見知らぬ場所で読書と洒落込むのも中々良いかもしれない。
本だなに囲まれて、申し訳なさそうにヒョロリとたっている螺旋階段。一段乗ってみると軋みもしなかった。登っても平気だよね。少し錆びているけれど。
螺旋階段を上ると、古い本の匂いに混じって懐かしい香りがした。
「なんだろ…、この匂い」
思い出せないけれど、とっても懐かしくて。
どうやら二階は童話のコーナーらしい。私は何か本を漁ってみることにした。
「〜〜♪」
鼻歌交じりに適当に本を取り出す。
幼い頃、姉や母に読んでもらった物語が、鮮やかに脳裏に浮かび上がる。
『金太郎』、『親指姫』、『美女と野獣』、『シンデレラ』、『白雪姫』、『桃太郎』、…。
母の優しい声、姉のユニークな読み方。懐かしい。
パラリ。一冊開いて。
絵本の中の柔らかな色彩が、懐かしさをより一層意識させる。
「…むかしむかし、あるところに、」
声を出して読めば。私の声がこの図書館に馴染む。
濃厚な本の匂い、その中に、私の声が一体となっていく。
―――――――――。
「…末永く幸せに暮らしました。おしまい。」
朗読が終わって、私は本をパタリと閉じる。
次は何を読もうか。
そう思った私の瞳に写ったのは、一冊の絵本。
「・・・え?」
鮮やかで、柔らかで。けれどどこか渋めの、茶色を基調とした、表紙のイラストの色合いには、センスが感じられた。
けれど、私が気になった理由はそれじゃない。
表紙には、白兎。後姿だけれど、細かく丁寧に描き込まれているから、すぐに分かる。
題名は…
「不思議の、国の……?」
そう、“不思議の国の『 』”。
アリス、と入るべき場所には、何も無い空間。
この絵本は一体なんなのだ?
私は気が付けなかった。
受けつけにいた女の子が、アリスの容姿とソックリなのを。
うあー。はやく不思議の国良きタイヨー。
読者の皆様も我慢して下さい。すみません。
次かその次あたりには行けるはず。