嘘
霜月 透子様『ピュアキュン企画』参加作品です。
「嘘。」あなたのそういって睨みつけた瞳の艶に、わたしはあなただけが……なんてことを思わず口走りそうになる。きっとわたしの下手な嘘など、とっくに見透かしているでしょうと。
「ごめんなさい。」あなたがどんなに規則を破ろうとも、わたしは管理者であることを忘れようとするだろう。そう思っていたのは、お互いだったはずなのに。どうしてあんな詰まらないことで責めてしまったのだろう。近づきたかったのだろうか。踏み込みたかったのだろうか。確かに、その後あなたは怒りのままにわたしに詰め寄ったのだから。わたしはその後に仲直りするために、あなたと対話を繰り返した。それはどうあろうと二人きりの対話であった。
すれ違うたびに、わたしはあなたに少しだけ空間を譲る。決して、あなたに触れることはない。それはけじめであったか。それとも建前の上でしか在り得ない関係性を壊したくなかったからか。あなたのことを何時も気が付けば見つめていることに、もう偶然を装うことすら出来なくなっていたのに。あなたを追い詰めたくないから、いいやそれは綺麗ごとだ。もうはっきりと見え始めたお互いの境界線を踏み越えることが怖かったのだ。曖昧なままであれば、あなたは楽しそうに笑っているだろう。わたしには何よりもあなたこそが意味であったのだし、そのことをもう隠せなくなっていたのだから。
「いいでしょう。わたしとあなたがいいんだったら。」わたしが店を去ると知ったあなたは、そう言った。無償でも働くから店に残ってくれと言ったのだった。境界を踏み越えようと誘うあなたを前にして、しかし馬鹿なわたしは労働の対価は正しく得るべきだと、自分を大事にしてくれと、その言葉を遮った。はっきりと嬉しかったのに、気持ちが空回りして堅苦しい言葉となって出ていった。あなたはそれきり黙ってしまって、わたしの目の前のカーテンの影に隠れてしまって、そこからしばらく出てこなかった。あなたはそこで声を殺して泣いていたのか。それとも静かにわたしから離れていったのか。わたしも椅子に座りながら、すぐ傍であなたの形を見つめ、何度も何度も手を伸ばそうとして諦めた。あの時、わたしたちは最も語り合っただろう。あなたはあなたの中のわたしへと、わたしは目の前のあなたへと。
嘘。隠しきれないこと。逃げきれない後悔。