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昨年の青松地区団体戦の決勝は大原高校対小俵高校だったそうである。こっちのオーダーはシングル1が俺、2が日野、ダブルス1が木戸・大場と、それまで通りのオーダーであった。決勝ということもあり、三面展開で全ての試合が同時スタートだったらしい。
青松地区個人戦と平津加ジュニアを共に単複制覇していた俺たちは気持ちにゆとりを持って決勝戦に臨んだ。それはもう、コートに入る直前まで猥談に花を咲かせていたというから、ゆとりを通り越して自分たちが今から何をしようとしているのか把握し切れていない観がある。そうした俺たちの慢心を突いたのは小俵高校のダブルス1、田中・森のペアだったらしい。その年、県本戦の二回戦を除き、出場した全ての試合で勝っていた木戸・大場がそこで黒星をつけたのだ。大接戦の6―7。タイブレークは9―11だったらしい。
日野はいつも通り堅実なプレーをして、6―1で勝利を飾っていたという。
「それじゃ、お前らのダブルスが負けた責任もあるだろ」
「まあ待て。最後まで聞け」
その間、俺はどんな試合をしていたのか。上杉先生がダブルスのベンチコーチに入っていたために、俺のベンチコーチは我門であった。四元さんでないことに不平をこぼしながらコートに行くと、小俵高校のベンチコーチは美しい女子マネージャーであったという。
「そうなのか。ああ、くそ、今一つ顔が思い出せん」
「問題はだな。その女が何やらたくさん服を着込んでいたことだ。着膨れするぐらいにな」
「それは、師走の過酷な寒さと乾燥から肌を守るためじゃないのか?」
「まあ、俺たちもその時はそう思って疑わなかった」
その女子マネージャーにやや視線を持って行かれながらも、シングル1の試合は負け審の桜南生のコールで始まった。
小俵のシングル1はまるで相手にならなかったそうだ。開始から数分で3ゲームを連取し、その間に俺が落としたポイントは僅かに1ポイントだったという。それなら何故負けたのか。3ゲーム目が終わった後、チェンジコートのためにベンチへ戻った時、その後の試合の流れを決定づける一言が小俵の女子マネージャーから放たれたからだそうである。
『一ノ瀬くん、元気出して。次のゲーム取ろう』
『うん……』
『元気ないなぁ。よし、これから1ポイント取るごとに一枚ずつ脱いであげるから』
「何ですとっ」
「そう、正に俺たちはその反応をしたよ」我門はへらへら笑う。
『な、何を言ってるんだよ、三崎さん』
『だって一ノ瀬くんが元気ないから。あ、でも連続でポイント取らないと駄目だからね。1ポイント取ったら一枚脱ぐけど、1ポイント取られたら一枚着るから』
『いやだから、そんなことしないでくれよ……』
俺たちのベンチまでしっかり声が聞こえていたからには、全てその女子マネージャーの策略だったのだろう。特に最後のルール説明は俺に対して『デュースで延々と交互にポイントを取っても意味無いからね』と、露骨にさした釘以外の何ものでもない。
俺はまず冷静に2ゲームを手中に収めた。ゲームカウントを5―0として、再びベンチに戻って来た俺の顔には、今まさにグランドスラムの決勝戦へ赴かんとするプロの如き決意が漂っていたという。
『やるのか?』
『ああ』
『それでこそ、お前だ。頼んだぜ、相棒』
九十秒あるチェンジコートの間、俺と我門の会話はこれだけであったそうだ。




