13
あっという間に放課後になった。来たのが昼休みなので当然である。帰りのホームルームで担任の中田先生にねちねちと遅刻を詰られるまでは予想通りだったが、「先週サボった分、お前は今週も掃除当番だ」と言われたのには閉口した。
まあ逃げ出すのは訳ないと考えていたがそれは甘かった。中田先生の気迫は凄まじく、挨拶終了後素早く教室の出口に回り込んで俺を追い詰めた。テニスでは相手のボールに素早く反応するために常に軽く跳ねるようにステップを踏む。これをスプリットステップというが、中田先生の反応の速さは帰りの挨拶をしながらスプリットステップを踏んでいたのではないかと疑いたくなるほどだった。
中田先生は俺に箒を押し付けると、満足気に体育教官室へと去っていく。
「じゃあな陣、先行ってるぜ。掃除頑張れよ」
「お前も手伝え」
「やなこった」
我門は腹の立つほど軽い足取りで教室を出ていく。
床を掃いていると早く自分のテニスの腕前が知りたくなり、苛立ちが募ってくる。しかし、ここで箒を投げだすのは掃除をしている方々に対して申し訳ない、と思うくらいの常識は俺だって持ち合わせている。
「たまには掃除くらいしろよ」
石村が箒で適当に床を掃きながら話しかけてきた。
「しかし石村よ、お前だってチャイムが鳴った瞬間、一秒でも早くサッカーボールを蹴りたい衝動に駆られることはあるだろう?」
「まーな、分からないでもないけどな」
「けど全員がそれをやったら誰が掃除するんだよ?」
柿沢が塵取りを持って来た。
「やらなくて良くね?掃除なんて」
俺たちが掃除そっちのけで掃除の必要性を議論していると、不意に後ろから声がかかる。
「あの、あとやっとくから、もう大丈夫」
振り返ると、堀川さんが立っていた。真面目で大人しい堀川さんは普段あまり目立たないけれど、その器量がいいことはテニスボールを頭に食らったくらいでは忘れない。俺は掃除をやらされたことに早くも感謝の念が湧いてきた。
「いや、そんな」と俺が言いかけると、石村と柿沢は俺の言葉を押し退けるようにしてしゃべりだした。
「堀川さん、いつもすまん」
「ほんとにありがとう。恩に着るよ」
言うが早いか、二人とも箒を置いてさっさと去ってしまった。
何て浅ましい奴らだ。いつもこんな事をしていたのか。俺は自分が二年生になってから初めて掃除に参加したことを完全に忘れて一人義憤に駆られた。しかしその一方で、堀川さんのやさしさに急速に惹かれてもいった。
「坂上くんも大丈夫だよ」
「いや、俺をあんな奴らと一緒にされちゃ困る。か弱いレディ一人に掃除を押し付けて去るような人非人じゃあないよ」
「私、坂上くんが掃除しているところ見たことない気がするけど……」
「それは班が違うからね」
「一年生の時はずっと同じだったよ」
う……そうか、堀川さんとは一年の時も同じクラスだった。
「そうだっけ?まあ、それより堀川さんはいつもこんなふうに一人で掃除してるの?」
「そうだけど途中までやってもらってるし。私、別に部活とかやってないから」
なんと素晴らしい女性だろう。一年の時から一緒のクラスだったのに彼女の魅力に気づかなかったとは。掃除もたまには出てみるものだ。
「そんな、当番なんだから当然だよ。あんな奴らは顎で使ってやりゃあいいんだよ」
「私はいいの、気にしないで。坂上くんも本当に大丈夫だよ」
「いや、やらせてくれ。堀川さんと一緒なら教室中、いや学校中、いやいや総合公園中を掃除したっていいくらいだ」
部活などいくら遅れようと構うものか。どうせ四人の男どもがテニスコートに集まって猥談とテニスに七対三くらいで興じているに過ぎない、二週間使いきって芝がほとんどなくなったウィンブルドンセンターコートのベースライン周辺くらい不毛な場所なのだから。
「ふふ、坂上くんて面白いね。でも、私は教室だけで十分かな」
「だよねぇ」




