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すでにこの意味不明の抗争に巻き込まれた人々は数知れず、平和な大原高校の夏の昼下がりは、一転して阿鼻叫喚の惨状を呈し始めていた。
このままでは新しい敵を何人作ることになるか見当もつかない。最早普通に学校生活を送ることさえままならないのではないか。むろん、俺の学校生活が元から普通じゃないと言われれば否定はできない。が、このままでは明らかに明日から四面どころか八面楚歌レベルである。俺はついに昇降口を飛び出してテニスコートの方へ駆け出した。
各ブロックがボード製作をしているピロティを飛ぶように横切り、テニスコートの入口へ着いてから振り返った。村口先輩、石村、柿沢はもうピロティの中ほどまで来ていて、今にも水風船を投げんとしている。慌てて右に曲がり、体育館棟とテニスコートの間で休憩中の女子テニス部員をすり抜けて進む。しかし橋本さんと鈴谷さんがジャグからお茶を汲んでいるのを目の端に捉えた俺は、自らの危険も顧みずに立ち止まって叫んだ。
「橋本さん、鈴谷さん、いや女子テニス部の皆さん。ここは危ないから避難した方がいい」
その時、村口先輩たちもピロティを抜けた。
「坂上、覚悟」
数個の水風船が宙を舞い、女子テニス部員たちの悲鳴が上がる。一つが橋本さんの背中に直撃した。濡れたテニスウェア越しに浮かんだ橋本さんのピンクのブラジャーに目を奪われた俺はその刹那に水風船の命中を覚悟したが、投げ手も同じだけ目を奪われていたので普通に平気であった。我に返って再度逃走を開始するのと同時に、忠告している暇があったら逃げ続けていれば女子テニス部は巻き込まれなかったのではないか、というまさかの失態に気がついたので気がつかなかったふりをして逃走を続ける。




