03 生命の樹
僕とヒロは何もないだだっ広い円形状の吹き抜けの中心にある『樹』に向かってもくもくと作業を進めていた。
実をいうとこの『樹』以外の人や物、建築物といったモデルは詳細なキャラ設定やステータスなども含めて既に完成している。
この『樹』を一番最後に作りたかったのはこの『樹』が僕とヒロにとってとても重要なものだからだ。
そもそもこの”世界”は僕とヒロが大いに嵌ってしまった、とあるネット小説をベースに作り上げている。
僕たちはそのネット小説を読んだ時点で既にFrameWorksに嵌っていろいろなモノを製作していたので「じゃあ実際にこの物語の世界をFrameWorksで再現してみようぜ!」というヒロの提案により今に至るという訳だ。
だが既に倉庫に色々な素材があるとはいってもここまで作り上げるだけでも凄まじい労力が懸っているわけでして。
最初はヒロが言っていた「再現したい!」という話もそのお話の世界まるごと全部再現というのはさすがにどう考えても無理なので、どんどん規模縮小していき最終的にはそのお話で最も印象深かった”天空城”とその大地に住まう”王国”を再現するという範囲まで縮んだ。
この王国製作に着手してからもうすぐ一年は経とうかというところまで来ている。
話を戻すがこの『樹』がそのネット小説ではとても大事な役割を持っており、原作では”生命の樹”という名前で世界に魔力や生命力を漲らせているとかいう機能を持っていた。
だから僕たちも原作で最も重要なアイテムだった、この『樹』を気合を込めて製作しているんだ。
ついでに原作にはないが”生命の実”をつけておいた。
巨大な樹に5~6個の黄金の林檎のような果実が実っている。
まぁ、この実に限らずヒロが「そのまんま再現するんじゃつまらない!」とう風に駄々をこね始めたので割と随所にオリジナルの設定が盛り込まれているが。
というかこれじゃあ原作を参考にしたただのオリジナル天空城な気もするが……まぁ、いいだろう。
なんやかんやで僕もヒロもノリノリで作ってたしね。
と、そうこう言っている内に完成してしまった。
感動も何も無いな。
僕が完成した『樹』を見上げているとヒロが何やらニヤニヤしながら言ってきた。
「おいおい、タク。終わった……みたいな顔してんじゃねーよ!」
「え?これで完成じゃないのか?」
樹の本体も完成したし葉や実もつけ終わったんだけどまだ何かあるのか?
「ふっふっふ、実はな……お前がログインしてないであろう深夜帯の内にこっそり完成用のギミックを作成していたのだ!」
ヒロが腰に手を当てながらどやっ!とアピールしてくる。
マジでか!?
「ええい!ドヤ顔はいいからさっさと見せろ!」
一体この樹にどんなギミックを追加したんだろう?
原作ではすごく重要なキーアイテムとは語られていたが特に印象に残るような描写はされていなかったが……。
なんだかワクワクしてきたな!
「しかたないな~、よし!そんじゃお披露目だ!」
ヒロがメニュー画面を操作して完成した樹を対象にギミックモーションを起動させる。
次の瞬間、この吹き抜けの空間を支えていた数十本もの柱に金色に輝く基盤の回路の様な幾何学模様が浮かび上がり、その光りが床面を走りながら完成した『樹』に向かって集約していく。
集約された光が『樹』に集い、樹自体もまた金色に光り輝く。
そして全ての葉先に至るまで光で満たされた時、今度は樹の形に添うように合計10個の魔法陣の様なものが浮かび上がる。
「これはもしかして生命の樹のセフィラを再現したのか!?」
「せ~か~い!いや~すげぇ苦労したんだぜ~」
確かにこれは凄いとしか言いようがない。
あの六角形に近い図形に配置されたそれぞれのセフィラが対応した色ごとに輝き、何とも言えない神秘的で神々しい雰囲気を醸し出している。
「……は~、……すげぇ……」
もはや溜息しか出てこない。
それほどにこの樹が美しく見えた。
「いや~、そんなに驚いてくれると製作者冥利につきるね~」
ヒロが腕を組みながらうんうん、と頷いている。
と、そこで次なる変化が現れた。
光り輝くセフィラの中央よりもやや上の部分に透明な渦のようなものが生まれ始めた。
「おい、ヒロ!まだ何か始まるみたいだけど、次はどうなるんだ!?」
僕はこの後の展開が早く知りたくて思わず質問してしまった。
だがヒロは「えっ?」といった不思議そうな顔をしている。ん?
「いや、次も何もこれで終わりだけど?」
「いや、でもまだ何か始まっているし……」
「はぁ?」
僕もヒロも同じように透明の渦を見やる。
ヒロの対応から鑑みるにどうやら想定外の現象のようだが……。
渦は次第にどんどん大きくなってゆき僕らの服や髪が渦の方向に向かってひかれ始めた。
「はぁ!?」
「っ!?」
僕とヒロは驚愕した!
このFrameWorksはモデルやオブジェクトを作るだけのゲーム。
専用のギミックやモーションを作成したオブジェクトだけでなく、僕らのアバターにもそれらの反応MODを入れなければその影響下には晒されないからだ!
現に僕らは食事を楽しむための味覚MODや多少の風や物の重さを感じる抵抗MODをインストールしてはいるがそれらはある程度までで、こんなにも強烈に引っ張られるなんてありえない!
次の瞬間、僕らを引き寄せていた風のようなモノが強烈な暴風へと変化し、僕らは地面から引きはがされてしまった。
「弘!」
「巧!」
僕らが互いに伸ばした手は無情にも届かず、輝くセフィロトの渦へと飲み込まれてしまった。
次回でようやく物語として動き始めるかな?