元勇者様は真祖のヴァンパイアと戦う
音楽プレーヤーをユウ達、この世界の人々は蓄音機と呼んでいます。
クルスのラブソング問題を片づけた僕は店に帰った。
そして木で出来た扉を開くと冷たい汗が背筋を流れるのを感じた。
聞いたことのある音楽が店の奥から聞こえてきている。
なんか『レイナー、レイナー』と聞こえる……クルスの声で。
僕は思わず駆けだしていた。
そして音楽が流れている部屋へと到着するとドアを急いで開ける。
音楽が流れていた部屋はリビングでソファーにはティナとエリーが座っていた。
エリーは鼻歌を歌って機嫌が良さそうだ。
一方でティナは笑顔が凍りついている。
(こんなラブソングを聞いたら凍りつかない方がおかしいか……)
「それ、止めようね」
僕がリビングの入り口で蓄音機を止めようと言って中に入る。
するとエリーが僕の行く手を遮った。
「ダメ~~!!」
この家に来て……いや、勝手に住みついてから初めての強い意思表示だった。
「エリー クルスの未来がかかっているんだ!」
「ダメ!」
エリーは強い意思がこもった瞳で僕を見ている。
「分かって欲しい……」
「……………」
『レイナ、お前を愛している。レイナ…』
クルスの間抜けなラブソングが流れる中、睨みあう僕とエリー。
エリーはただ首を横に振るだけだ。
僕が一歩前にでると…
「ダメ……」
「……………」
エリーの瞳には涙がたまっている。それでも僕は……
「エリー ごめん」
友を見殺しにするわけにはいかない!
僕は全力でクルスを助けようと魔力を開放した。
「ユウ…」
「全力で止めさせて貰うよ」
「わかった」
エリーもまた強大な魔力を開放した。
「ティナ!結界を!!」
「う、うん」
ティナが部屋に結界を張り壊れにくくする。
まさか、こんな馬鹿な理由で真祖のヴァンパイアと戦うことになるとは。
『レイナ、レイナ oh……』
僕は室内ということもあり長刀はまともに振ることができない。
このため短剣を手にしてエリーと対峙している。
本来は武器を使いたくはないけど、エリー相手に手を抜けば命に関わる。
『レイナ 俺は、お前を……』
相手は真祖のヴァンパイアであるエリー。
神気はミスティを追うのに使ってしまったのでもう使えない。
それでも退くわけにはいかない!
『俺の想いをお前に~♪……』
僕は短剣を逆手に持ちエリーに仕掛けた!
そしてエリーは魔力を凝縮した黒い球体を……
『(プツン)』
「終わった~♪」
「えっ」
クルスのラブソングが終了したと同時に、エリーは蓄音機の方に走っていた。
戦闘態勢となり魔力を纏っていたので凄いスピードだ。
僕はそんな行動に呆気にとられて、エリーの姿を走りながら目で追った。
魔力を纏い凄いスピードで走りながらよそ見をしたわけで………
「ぶおっ!!」
よそ見をしていた僕はソファーに躓き顔面から転んで床にキスをしてしまった。
「ユウ君!」
ティナが叫んでいるのに気付いたがそれどころではない。
障壁を作り、なんとか衝撃を和らげることに成功したけど鼻が痛い。
「うん?」
転倒した音に反応したらしくエリーの声が聞こえた。
僕のことは既に頭にないかのような声だ。
僕は体勢を整える。
そしてソファーに寄りかかりながら、なんとか立ち上がった。
「……………」
僕は体重をかける形でソファーに両手をついて立っている。
なんか鼻の奥から液体が……?
「ユウ君!鼻血が出ている」
「えっ」
僕は鼻から出た物に触れると人差し指に赤い液体がついた。
数年ぶりに鼻血なんて出したよ。
「ユウ~♪ ご飯~♪」
(えっご飯?)
「………!エリーちゃんダメよ」
ティナがエリーを止めている。ってエリーは僕の鼻血を舐める気じゃあ。
このままだと唇まで舐められる!
「ユウ君!布で血を止めて!!」
「へっふ、ふの?」 ※意訳→えっぬ、布?
僕が周囲を見渡すが布のような物はない。
鼻をつまみ血が出ないようにしている僕は鼻声でティナに言う。
「ないもない!」 ※意訳→何もない
「じゃあ、他の部屋に行って布を取ってきて!」
「わがった」 ※意訳→分かった
僕は鼻をつまんだ状態で部屋から出て他の部屋に向かった。
~7分後 リビングにて~
現在の僕達はというと……
僕は布に鼻に布を当てながらソファーに座っている状態だ。
エリーは僕の腕から血を飲んでいる。
そしてティナは蓄音機からラブソング入りのディスクを取り出している。
再びラブソングを聴こうとしたエリーを僕の血を与えることで気をそらさせた。
その隙にティナがディスクを取り出しているわけだ。
「師匠~ 今日の仕事終わりましたよ」
レイナがリヴィングのドアを開けて入って来た。
もう少し音楽の再生を止めるのが遅かったら危なかった……と、また鼻血が…
「どうしたんですか?」
「はなひ」 ※意訳→鼻血
「なんです?」
「鼻血が出ちゃって」
ティナが僕の代わりに答えてくれた。
「そうなんですか?」
「ふうん」 ※意訳→うん
「ユウ君 無理に答えなくていいから……」
「わはっは」 ※意訳→わかった
「ユウ君……」
ティナは、どうしようもなく頭の悪い子を見るような目で悲しそうに僕を見た。
「さっきの音楽、また聞いてもいい?」
「………こうほね」 ※意訳→今度ね
「うん♪」
ごめんエリー。今度という日は永遠に来ないよ。




