第三十六話 ルーグ=シグナル
「お前が…ルーグ…」
確かに、目の前にいる黒い青年とルーグはよく似ていた。よく似ているが、違う。
でも、どうしてここに?今まで行方不明だったというのに?
その疑問だけが頭の中を巡っていた。
「そう、僕がルーグだよ。…そこの、趣味の悪い黒いニセモノと違ってね。」
「ルーグ…シグナル……!」
青年が目を大きく開き、ルーグを見詰める。その視線を不快というように、目を細めるルーグ。
…様子がおかしい。いや、この青年は元々何かおかしかったが、今は何かが異なる。身に纏う雰囲気も、震える声も。
「…何のつもりさ。僕の姿に似せてるっていうのが気に入らない。せめて名乗ったらどう?」
挑発する様に声を掛けるルーグ。その言葉にピクリと青年の肩が跳ねた。
ゆらり、と起き上がる青年。俯き、腕はだらりと垂れている。
「リヴィン…リヴィンさ…。ボクは、君を……復讐する為に、ここまで来た!!」
バッと顔を上げ、間にいた俺と譲葉を素通りし、その先にいたルーグに襲い掛かった。
だが、彼はそれを読んでいたのだろうか、表情一つ変えずに一歩だけ退く。
「《マジックウォール》」
短く呟くと、身に着けていたマフラーに術式が浮かび上がる。そして意思を持つように動き、リヴィンを弾き飛ばし、奴の身体は宙を舞った。
だが、リヴィンは空中で体勢を直すと、その状態で詠唱し、いくつもの闇の槍を自分の周りに発生させる。そしてその槍をルーグに向かって飛ばした。
「まったく…何だっていうんだか!」
悪態を吐きながらルーグは異空間に仕舞っていたのだろう、二振りの短剣を取り出し、即座に構える。自分に向かってくる槍を、次々と短剣で切り払っていく。
加勢しようとすれば、譲葉に腕を強く握られ、「行くな」と制される。…冷静になってみれば、俺も譲葉も本調子ではない。…ここはルーグに任せるしかなさそうだ。
「死ね死ね死ねぇ!!ボクに、殺されろ!!ルーグ=シグナルゥゥゥ!!」
「そんなの、お断りだよ!!」
先程譲葉に受け、肩を負傷しているハズなのにリヴィンは次々と攻撃をしかけている。しかしルーグはそれを回避、あるいは防いでいる。防戦一方、といった所か。
「捕らえろぉッ!!」
突然リヴィンが叫んだかと思えば、ルーグの足元には小さな魔法陣が幾つも浮かんでいた。しまった、とルーグが目を見開いたのも束の間、次の瞬間には魔法陣から飛び出た鎖に拘束される。
「っと…油断したなぁ、これは…」
しかしルーグは焦ることなく…逆に余裕のある表情をしていた。それが気に入らないのだろう、鎖がさらにキツく、彼を縛り上げる。
「ッ……」
「苦しいだろう、そうだろう、ルーグ!?でもこの程度じゃ終わらない、終わらないんだよ!!」
リヴィンはあの狂気を宿した瞳で笑う。けれど、何度か見たことのある目とは、何かが違うと思えた。それにしても、何故ここまでルーグに執着しているのだろうか。こうして客観的に見ているからか、気付いたことがある。それは、俺に向けてきた「あの目」と、ルーグに向ける「あの目」の違い。ルーグに向けている時の方が、その狂気が濃いように見える。
…まさかとは思うが、失踪していた間にコイツと何かあったというのか…?
色々と考えているとリヴィンが詠唱している声が聞こえてきてハッとする。マズい、今のルーグは拘束されていて、身動きが取れない――!!
「幾千の無罪の者を焼きし業火よ、その血を新たな焔となりて、包み込まん。――死ね、ルーグ」
最後の方は今までに見たことが無い表情…――何処か悲しそうで、それでいて嬉しそうな顔――をしながら術を発動させる。
いつか見た、紅い炎がルーグに迫る。
「おい、ルーグ!!」
譲葉の腕を振り切り、リヴィンの背後を取ろうと跳躍しようとしたその時。
「失せろ――《バニッシュ》!」
ただ短く、呟くようにルーグが言えば、嘘のように紅い炎は掻き消される。同時に鎖も消えた。
何が起きたのかわからない、という表情をしているリヴィンに向かってルーグがその懐に飛び込む。
「僕を倒そうなんて、甘いよ、アンタ。」
直後、至近距離で光の魔法を放つ。多分、本来の方法とは違う使い方をしているのだろう、光はルーグの手元に一度収束し、破裂する。その勢いに、悲鳴を上げる間もなくリヴィンの身体は吹き飛ばされた。
「ガハッ…グッ…」
地面に蹲り、苦しそうな呻き声を上げる。やっとのことで顔を上げたかと思えば、その目には先程までと変わらない、狂気の色を宿していた。…だが、明らかに満身創痍、これ以上リヴィンが動くことはないだろう。
ルーグはそれを冷たい目で見下した。
「…何、その目」
「ッ……いつか、お前を……」
ふいに口角を釣り上げたかと思えば、黒い靄がリヴィンを包んでいく。姿が見えなくなった瞬間、黒い霧は消えた。…リヴィンの姿も、そこにはなかった。
「逃げたか。逃げ足早いな、あいつ…」
「前もこんな感じだったぞ…。というか、アンタはアイツと何があったんだよ」
「さぁ?心当たりはないね、今の所。…というか、君…体調すぐれてないみたいだけど大丈夫?えっと…」
「霜月時雨。闇を光に変える神であり、今の"異世界の放浪者"でもある。」
「ふぅん…。さっきも言ったと思うけど、僕はルーグ=シグナル。初代"異世界の放浪者"さ」
マフラーを直しながらルーグは少し微笑む。…が、次の瞬間、何故かユミルが彼を羽交い絞めにした。
「確保。」
「はぁ!?な、なんだよいきなり!?」
「よーし、そのまま確保しておいてくれユミル。」
「ゆっ…譲葉!お前、何のつもりだよ!?」
俺の後ろの方からやってきた譲葉は、俺の肩をポンと軽く叩きながらルーグに向かって悪戯っぽい笑みを向ける。
「そりゃあ…、このままだとお前、また逃げるだろ?その防止ってワケ」
「いやもう逃げないからな!?」
「はい!言質取った!!ユミル!」
「了解です。」
ユミルが頷き、術式を展開させる。いや、この術式は……ユミルではない…?
「ちょっとの間だけ、俺の神域に連行するからな!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
ニッと笑いながら神域への扉を開く譲葉。ルーグはユミルに羽交い絞めされたまま、その扉の向こうへ行ってしまった。
…なんなんだ、この流れ。
「…さて、命。ちょっとだけ時雨も借りるぞ」
「本人の意は関係なしなの?それ…と言いたいところだけど、結構深刻そうだしね、どうぞ」
「おいいいいい!?」
「こらーーーー!ボクも連れてけー!!」
頷く命、栗鼠の姿になって譲葉の肩に飛び乗るラトナ。そしてワケがわからないまま俺も、ルーグ同様、神域へと向かうことになった。
……どうして、こうなったんだ!?




