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異世界の放浪者と  作者: 天音時雨
第三章 初代"異世界の放浪者"と過去
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第三十話 憂慮

 

 神精霊世界(ファイニア)に戻って来て数日が経つ。


 疲れは抜けたものの、今度は胸騒ぎがする。

 …あれから、フランとカイルは暫く安静ということになり、二人とも不満げにしていた。…無理もない、あれだけ《ダウナーミアズマ》の瘴気を浴び続けた上、弱っていたんだ。…俺は回復が早いので問題ないが、フラン達はそうはいかない。


「……ふう」


 ベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を眺める。


「………」


  あの時、戦った魔物…黒蜥蜴(クレイズリザード)擬きの"不浄の塊"。何故、あんなものがいたのか。それに…カズハの日記に書いてあったこと。


(…老人の教祖に化けていたのは……黒髪の青年、か。)


 赤と黄の左右異なる瞳を持つ青年、そう記されていた。その青年の容姿に心当たりがある。


 …この間の、リヒトの件だ。あの時直接対峙したが……あえて逃がした。

 それが原因だろうか、先日の世界でもヤツがいたような痕跡が残っていた。さらに、カイル達にあの時のことも聞いたが、カズハが言うには「信仰の力吸い上げる為に黒狐達を利用した」というらしい。


 ヤツが行く先、何を狙っているのかがなかなか読めない。ただ、力を集めていることだけは確かだが…理由がハッキリしない。「計画」が何なのかがわからないから余計だ。


(まあ…多分、俺達には不利な…厄介なことなんだろうな)


 それだけはわかる気がした。


「はぁ……思った以上にマズそうだな、こりゃ」


 今日何度目かの溜め息を吐く。その時、扉がノックされた。


「ん。入っていいぞ」


「失礼します、時雨」


 入ってきたのはユウサリだった。ベッドに寝転ぶ俺を見て、苦笑する。


「もう…だらしないですよ」


「いいじゃねぇかよ、別に。俺の部屋だし、何しても構わないだろ?」


「そうですけど……はぁ…」


 今度は呆れたような溜め息を吐く。…あれか、少しは女らしくしろって言いたいのか。


「それより、何かあったから来たんじゃないのか?」


「ええ、まぁ……。もう一人呼んでもいいですか?」


「構わないが……」


 そう言ってユウサリは誰かを呼ぶ。…誰だろう、レディア達とは違う気がするが……。


「失礼、します……」


 レディアとはまた違う大人しい声がし、誰かが入ってくる。入ってきたのは、淡い紫の長い髪を持つ、中性的なヒトだった。


「君が…時雨、だね。」


「…アンタは…」


 声を聞いて、この人が男だとはじめてわかった。それにしても…何者なんだ?


「…ボクはユミル=ネルトゥス。三代目"異世界の放浪者"だよ」



「三代目……」


 つまり、ユミルは"異世界の放浪者"の先代か。


「お互い、直接会うのは初めてですよね」


「だな。ユウサリは…まぁ、ユミルが俺より前の代ってことだから会っているのは当然か。」


「うん。…お腹刺されて死にかけた。」


「マジかよ……はぁ…先代様も大変だったんだな…」


「そうだね…むしろ、君より前の…代のヒトが残っていること自体が珍しい…から……」


 俺とユミルの会話に表情を暗くするユウサリ。無理もない。俺を含めた"異世界の放浪者"達は皆、"狂っていたユウサリ"を倒すための特殊部隊のようなモノ。俺が一体何代目に当たるのかは忘れてしまった。…つまり、それくらいて、同じくらい犠牲になったということでもある。


 それだけ、こいつは罪を犯したことになる。元に戻れたこと自体奇跡だが、赦されたわけではない。その償いは、果てしなく永い。いや…


(そこは俺も同じ、だな)


 かつて犯した罪。ユウサリよりは小規模だが、やったことは殆ど同じだ。ユウサリと同罪。同じ罪を、供に償っている。…実際は、俺が申し出た分もあるけれど。


 思わず感傷に浸っていると、ユミルが首を傾げながら俺を見ていた。


「どうか…した……?」


「いや…なんでもない。それより、先代様はなんでここに?」


「ユミルでいいよ。……ユウサリやセクトが何か、気になることがあったらしくて……それで、ボクを呼んだみたい。」


「…セクトまで?」


 一体、なんだというんだ?


 俺が首を傾げると、「それはですね」とユウサリが顔を上げた。



「ある可能性が出てきたのですよ。」


「「可能性?」」


「ええ。」


 ユウサリが頷くと、見覚えのある黒マントの青年が部屋に入ってきた。


「セクト……」


「揃ったみたいだな」


 俺、ユウサリ、ユミルを一巡して見てから壁に寄り掛かる。雰囲気からして、真剣なものだとわかる。…話が終わってからこの間の恨みを晴らすか…。

 それはさておき…


「セクト、ユウサリが言ってた可能性って何だ?」


「ああ。時雨、ユミル。お前らの先代…いや、"初代・異世界の放浪者"のことは知っているよな?」


「? うん…」


「まあ…話なら一応」


 ユミルと俺がそれぞれ頷いて答える。


 "初代・異世界の放浪者" ルーグ=シグナル。

 一応程度なら聞いたことがあった。ユウサリと戦い敗北した後、一度はファイニア(ここ)に戻って来たものの、その後の行方はわからない…ということを。

 

 異世界に逃げた、とか実はもう限界で自分の“眠る”場所を探しに行ったとか…色々言われていたが、本当はどうなのかは不明だ。


「現在行方不明の神ってのが初代様だろ? まさか、何かわかったのか!?」


「いや……今は何とも言えない。ルーグが“ルーグのまま”であるかさえもな」


「……どういうこと?」


 セクトの意味深な発言にユミルが眉をひそめる。セクトは一度息を吐くと、俺の方を見た。


「あくまでも可能性だ。時雨が異世界で見たという“黒髪の青年”。お前が最近行った二つの世界同士に繋がりはない。だが…いたんだろう?そいつが」


「…らしいな。片方は手記だが、多分同一人物だろう。」





 流石にここまで言われれば、何となくは察することが出来た。



「セクト、お前は…“黒髪の青年”がルーグじゃないのかって思っているのか?」



 俺の言葉にぴくりと肩を震わせ、憂鬱そうに目を閉じる。しばらく間を置いてから、セクトは頷いた。


 ルーグが“黒髪の青年”かもしれないということ。つまりそれは…――



「……寝返ったのか、闇に堕ちたってことでしょうね」



 俯き、ユウサリが呟くように言うと、セクトはまた小さく頷く。


「ああ。…正直、そうだと考えたくないが……時雨の一件もあるからな。」


「……。」


 セクトの言う“時雨の一件”。それが何を指しているのかすぐにわかった。

 俺やユウサリの表情から察したのだろう。ユミルも何となくは察したらしい。


「…すまないな、お前達。けど…あの時、()()()()が起きたからこそ、そう考えてしまうんだ。」


「ええ…。わかってますよ、セクト。」


「まぁ…な。お前の言いたいことはこうだろ?『“狂っていたユウサリ”との接触により、接触した者もその“負”に影響されてしまう』って。」


 そう言いながら、かつて犯した罪を少し思い出しそうになる。軽く頭を押さえ、出来る限り思い出さないようにと目を閉じる。

 それが気になったのか、ユミルが「大丈夫?」と声を掛けながら背中を擦ってきた。


「すまん…時雨。お前はもう休んだ方がいいかもしれん。」


「構わん。ここまで言われたら逆に気になって仕方がねぇ。続けろ」


 目を開き、セクトを睨むように見れば、彼は眉根を寄せる。…が、諦めたように溜め息を吐き、肩を竦め、頷いた。


「わかった。…なら、簡潔に言う。恐らく、“時雨の一件”と同じようにルーグも同じ状態になったのかもしれない。それにルーグは初代だ。その後の代の顔を知らないだろうし…一度時雨と会った時、"異世界の放浪者"の能力もあってか、気付けなかった可能性もあるだろう。」


「つまり…あの『“黒髪の青年”=ルーグ』って言いたいんだな。」


「……ああ。もしそうなら……また会った時に頼みたい。恐らく連れて来ることは困難だろう。…殺すことはするな。出来れば"浄化"してやってくれ」


「…了解した」


 俺が頷きながら言うと、セクトも小さく頷き返した。


「俺が言いたかったことはこれだけだ。邪魔した上に、悪いことしたな」


「構わないっていってるだろう?…はー…疲れた。ひと眠りはしたいわ。」


「…ユウサリ、セクト。出るよ。」


「え、ちょ」


「あ…時雨、寝すぎも良くないですからね!」


 ユミルがぐいぐいと二人の背中を押し、部屋から追い出す。そして、一度扉から顔を出すと、彼はぺこりと頭を下げ、扉を閉めた。


 そうしてやっと、一人になる。


「……ふぅ」


 ベッドに身を投げ、溜め息を吐く。…どうやら俺は、思った以上に"あの過ち"を後悔しているみたいだ。


「情けねぇ……」


 思わず声に出すが、その声は小さく、震えているように思えた。


 ああもう、本当に情けない。


 目を閉じれば闇が広がる。早く、意識も手放してしまいたい。眠りたい。ベッドに身を沈め、深呼吸を繰り返す。

 だんだんと眠気が訪れる。心地よいそれに身を委ね、俺は眠りに落ちていく。






































 ――壊してしまえばいいんですよ。何もかも、全部。




 ――大丈夫、もう悲しまなくてもいい。君は…本当は、わかっているはずだから。











 闇の中で、そんな二つの声を聞いた気がした。



 


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