第三十話 憂慮
神精霊世界に戻って来て数日が経つ。
疲れは抜けたものの、今度は胸騒ぎがする。
…あれから、フランとカイルは暫く安静ということになり、二人とも不満げにしていた。…無理もない、あれだけ《ダウナーミアズマ》の瘴気を浴び続けた上、弱っていたんだ。…俺は回復が早いので問題ないが、フラン達はそうはいかない。
「……ふう」
ベッドに仰向けになり、ぼんやりと天井を眺める。
「………」
あの時、戦った魔物…黒蜥蜴擬きの"不浄の塊"。何故、あんなものがいたのか。それに…カズハの日記に書いてあったこと。
(…老人の教祖に化けていたのは……黒髪の青年、か。)
赤と黄の左右異なる瞳を持つ青年、そう記されていた。その青年の容姿に心当たりがある。
…この間の、リヒトの件だ。あの時直接対峙したが……あえて逃がした。
それが原因だろうか、先日の世界でもヤツがいたような痕跡が残っていた。さらに、カイル達にあの時のことも聞いたが、カズハが言うには「信仰の力吸い上げる為に黒狐達を利用した」というらしい。
ヤツが行く先、何を狙っているのかがなかなか読めない。ただ、力を集めていることだけは確かだが…理由がハッキリしない。「計画」が何なのかがわからないから余計だ。
(まあ…多分、俺達には不利な…厄介なことなんだろうな)
それだけはわかる気がした。
「はぁ……思った以上にマズそうだな、こりゃ」
今日何度目かの溜め息を吐く。その時、扉がノックされた。
「ん。入っていいぞ」
「失礼します、時雨」
入ってきたのはユウサリだった。ベッドに寝転ぶ俺を見て、苦笑する。
「もう…だらしないですよ」
「いいじゃねぇかよ、別に。俺の部屋だし、何しても構わないだろ?」
「そうですけど……はぁ…」
今度は呆れたような溜め息を吐く。…あれか、少しは女らしくしろって言いたいのか。
「それより、何かあったから来たんじゃないのか?」
「ええ、まぁ……。もう一人呼んでもいいですか?」
「構わないが……」
そう言ってユウサリは誰かを呼ぶ。…誰だろう、レディア達とは違う気がするが……。
「失礼、します……」
レディアとはまた違う大人しい声がし、誰かが入ってくる。入ってきたのは、淡い紫の長い髪を持つ、中性的なヒトだった。
「君が…時雨、だね。」
「…アンタは…」
声を聞いて、この人が男だとはじめてわかった。それにしても…何者なんだ?
「…ボクはユミル=ネルトゥス。三代目"異世界の放浪者"だよ」
「三代目……」
つまり、ユミルは"異世界の放浪者"の先代か。
「お互い、直接会うのは初めてですよね」
「だな。ユウサリは…まぁ、ユミルが俺より前の代ってことだから会っているのは当然か。」
「うん。…お腹刺されて死にかけた。」
「マジかよ……はぁ…先代様も大変だったんだな…」
「そうだね…むしろ、君より前の…代のヒトが残っていること自体が珍しい…から……」
俺とユミルの会話に表情を暗くするユウサリ。無理もない。俺を含めた"異世界の放浪者"達は皆、"狂っていたユウサリ"を倒すための特殊部隊のようなモノ。俺が一体何代目に当たるのかは忘れてしまった。…つまり、それくらいて、同じくらい犠牲になったということでもある。
それだけ、こいつは罪を犯したことになる。元に戻れたこと自体奇跡だが、赦されたわけではない。その償いは、果てしなく永い。いや…
(そこは俺も同じ、だな)
かつて犯した罪。ユウサリよりは小規模だが、やったことは殆ど同じだ。ユウサリと同罪。同じ罪を、供に償っている。…実際は、俺が申し出た分もあるけれど。
思わず感傷に浸っていると、ユミルが首を傾げながら俺を見ていた。
「どうか…した……?」
「いや…なんでもない。それより、先代様はなんでここに?」
「ユミルでいいよ。……ユウサリやセクトが何か、気になることがあったらしくて……それで、ボクを呼んだみたい。」
「…セクトまで?」
一体、なんだというんだ?
俺が首を傾げると、「それはですね」とユウサリが顔を上げた。
「ある可能性が出てきたのですよ。」
「「可能性?」」
「ええ。」
ユウサリが頷くと、見覚えのある黒マントの青年が部屋に入ってきた。
「セクト……」
「揃ったみたいだな」
俺、ユウサリ、ユミルを一巡して見てから壁に寄り掛かる。雰囲気からして、真剣なものだとわかる。…話が終わってからこの間の恨みを晴らすか…。
それはさておき…
「セクト、ユウサリが言ってた可能性って何だ?」
「ああ。時雨、ユミル。お前らの先代…いや、"初代・異世界の放浪者"のことは知っているよな?」
「? うん…」
「まあ…話なら一応」
ユミルと俺がそれぞれ頷いて答える。
"初代・異世界の放浪者" ルーグ=シグナル。
一応程度なら聞いたことがあった。ユウサリと戦い敗北した後、一度はファイニアに戻って来たものの、その後の行方はわからない…ということを。
異世界に逃げた、とか実はもう限界で自分の“眠る”場所を探しに行ったとか…色々言われていたが、本当はどうなのかは不明だ。
「現在行方不明の神ってのが初代様だろ? まさか、何かわかったのか!?」
「いや……今は何とも言えない。ルーグが“ルーグのまま”であるかさえもな」
「……どういうこと?」
セクトの意味深な発言にユミルが眉をひそめる。セクトは一度息を吐くと、俺の方を見た。
「あくまでも可能性だ。時雨が異世界で見たという“黒髪の青年”。お前が最近行った二つの世界同士に繋がりはない。だが…いたんだろう?そいつが」
「…らしいな。片方は手記だが、多分同一人物だろう。」
流石にここまで言われれば、何となくは察することが出来た。
「セクト、お前は…“黒髪の青年”がルーグじゃないのかって思っているのか?」
俺の言葉にぴくりと肩を震わせ、憂鬱そうに目を閉じる。しばらく間を置いてから、セクトは頷いた。
ルーグが“黒髪の青年”かもしれないということ。つまりそれは…――
「……寝返ったのか、闇に堕ちたってことでしょうね」
俯き、ユウサリが呟くように言うと、セクトはまた小さく頷く。
「ああ。…正直、そうだと考えたくないが……時雨の一件もあるからな。」
「……。」
セクトの言う“時雨の一件”。それが何を指しているのかすぐにわかった。
俺やユウサリの表情から察したのだろう。ユミルも何となくは察したらしい。
「…すまないな、お前達。けど…あの時、あんな事が起きたからこそ、そう考えてしまうんだ。」
「ええ…。わかってますよ、セクト。」
「まぁ…な。お前の言いたいことはこうだろ?『“狂っていたユウサリ”との接触により、接触した者もその“負”に影響されてしまう』って。」
そう言いながら、かつて犯した罪を少し思い出しそうになる。軽く頭を押さえ、出来る限り思い出さないようにと目を閉じる。
それが気になったのか、ユミルが「大丈夫?」と声を掛けながら背中を擦ってきた。
「すまん…時雨。お前はもう休んだ方がいいかもしれん。」
「構わん。ここまで言われたら逆に気になって仕方がねぇ。続けろ」
目を開き、セクトを睨むように見れば、彼は眉根を寄せる。…が、諦めたように溜め息を吐き、肩を竦め、頷いた。
「わかった。…なら、簡潔に言う。恐らく、“時雨の一件”と同じようにルーグも同じ状態になったのかもしれない。それにルーグは初代だ。その後の代の顔を知らないだろうし…一度時雨と会った時、"異世界の放浪者"の能力もあってか、気付けなかった可能性もあるだろう。」
「つまり…あの『“黒髪の青年”=ルーグ』って言いたいんだな。」
「……ああ。もしそうなら……また会った時に頼みたい。恐らく連れて来ることは困難だろう。…殺すことはするな。出来れば"浄化"してやってくれ」
「…了解した」
俺が頷きながら言うと、セクトも小さく頷き返した。
「俺が言いたかったことはこれだけだ。邪魔した上に、悪いことしたな」
「構わないっていってるだろう?…はー…疲れた。ひと眠りはしたいわ。」
「…ユウサリ、セクト。出るよ。」
「え、ちょ」
「あ…時雨、寝すぎも良くないですからね!」
ユミルがぐいぐいと二人の背中を押し、部屋から追い出す。そして、一度扉から顔を出すと、彼はぺこりと頭を下げ、扉を閉めた。
そうしてやっと、一人になる。
「……ふぅ」
ベッドに身を投げ、溜め息を吐く。…どうやら俺は、思った以上に"あの過ち"を後悔しているみたいだ。
「情けねぇ……」
思わず声に出すが、その声は小さく、震えているように思えた。
ああもう、本当に情けない。
目を閉じれば闇が広がる。早く、意識も手放してしまいたい。眠りたい。ベッドに身を沈め、深呼吸を繰り返す。
だんだんと眠気が訪れる。心地よいそれに身を委ね、俺は眠りに落ちていく。
――壊してしまえばいいんですよ。何もかも、全部。
――大丈夫、もう悲しまなくてもいい。君は…本当は、わかっているはずだから。
闇の中で、そんな二つの声を聞いた気がした。




