第二十八話 廃墟の迷宮
「気配が一気に薄くなった…?」
嫌な程冷や汗が噴き出す。
何故、カズハの気配が薄いのか、フランとカイルに何かがあったのか……どう考えても、これは…。
「あの二人に…手ぇ出しやがったな…!」
異常なまでに隠したがっていた“白狐と黒狐”の話、あの時の殺気にこの瘴気。
どれも酷く分かりやすい伏線ばかりだ。なのに、目先の情報を優先していて…完全に油断していた…!
「最っ低だよ…俺は…っ!」
もしこれで、フランとカイルに何かあったら…いや、他にも誰か巻き込まれているかもしれない。
「早く、行かないと…!」
「…時雨。焦る気持ちもわかりますが、その状態で行っても、また何かを見落としてしまいますよ。」
「うるせぇ!わかってる!…わかってるんだよ、そんなことは…!」
「…では、私は何も教えません。」
「は…?」
「今の貴女に彼らを捜し出せるとは思えません。冷静さを欠くと言うことは…目の前にある情報ですら取り逃すこともありますから。」
冷めた目で淡々と語るユウサリ。その視線と言葉の鋭さに一瞬怯む。
「時雨」
「……ははっ…」
力無く、笑う。自分自身を嗤うように。
悔しいが、コイツの言う通りだ。
きっと今の俺じゃあ…アイツらを見つけ出せない。救うことすらままならないだろう。
こんな事で焦ってどうするんだ、俺。
それでも…神で…“異世界の放浪者”か?
パン!と自分の頬を思い切り叩く。
「…まったく…お前のそう言う所、敵わねぇな…」
一つ深呼吸して、真っ直ぐユウサリを見据える。
僅かな間、ユウサリは静かに俺を見ていたが、ふっと困った様な微笑みを浮かべた。
「私は貴女のそう言う所が好きですよ、時雨」
「はっ……相変わらず言ってくるな、お前」
そう言って少し鼻で笑うと、不満気そうにムッとした顔をするが、すぐに真剣な表情になる。
「では…言いますよ。と言うか…大体の見当は付いているのでは?」
「大体はな…。街外れってのは確かなんだが……一体何処に…」
まして天候状態も悪い。俺は正直寒いのが苦手なんだよな……
「まあ…寒がりの貴女には悪い情報でしょうね…。予想通り、この街の郊外にある…屋敷の廃墟から感じられます」
「うわぁ…このタイミングで廃墟かよ」
「それと、術の根源の一つとして、そこも含まれています。」
ユウサリ曰く、“ダウナーミアズマ”の発生源はここの屋敷とその廃墟から発せられているらしい。
「…どのみち、早く助けに行かねぇとな。」
フランとカイル以外にも誰か巻き込まれている可能性がある。しかも最悪の天候状態で廃墟にいる、というのは危険だ。真冬の雪山とまでは言わないが、時間がかかり過ぎれば凍死しかねない。
勿論、フランとカイルも問題外と言うわけではない。人間程ヤワではないだろうが、凍傷を負う可能性も否定できない。
「……行くか。」
それに、カイルの心がこれ以上傷付く様なことになるのは好ましくない。
改めてミリタリーコートを着直し、出来る限りの防寒対策として、グローブを着ける。ないよりはマシだからな…。
なんて考えていると、ふわりと首にマフラーが巻かれる。赤みがかった橙色で……いつもユウサリが着けているもの。
顔をあげると、ユウサリと目が合い、微笑みかけてきた。
「貸しますよ、マフラー。」
だって貴女、とても寒がりですからね、と付け加える。
「…うるせぇ。言うな……」
マフラーに手を置き、溜め息を吐く。…やはり、着けているだけで違うな。
一度目を閉じ、気を研ぎ澄ます。改めて、カイルとフランの気配を探る。
ユウサリの手が俺の手に乗せられる。同時に、おぼろげにしか感じられなかった気配を少しだけ強く感じる。多分、魔力の補助を行ったんだろう。感じ取ったのを察したのか、ユウサリはすぐに手を離した。
「…だいたいの場所はわかった。」
目を開き、転移魔法の術式を展開する。
「時雨、気を付けて下さいね。」
「ああ。…わかってるさ。」
どこか寂しそうな表情をして言うユウサリを横目に転移魔法は発動し、景色が流れる。
「……ありがとうな。」
小さく呟いたそれは、届いたかどうかは知らない。
◆街の郊外
さくり、と音をたてる。振り返ると、賑わいを失った街が見えた。離れていても、その不気味な静寂は感じ取れる。
改めて、目の前にある建物に目を向ける。元々は街全体が見えるこの位置にお偉いさん辺りでも住んでいたのだろうか、その西洋風の屋敷は住む人を失い、放置されてきたせいか、恐怖心を煽るような佇まいをしていた。
ましては、ユウサリが言っていた通り、例の魔術の根元が此処にあるのだろう、さらに不気味さを醸し出している。
「………気配も近い。」
未だに弱いままだが、先程よりは気配が強く感じられる。多分、ここで間違いないだろう。
何が起きてもいいように、刀を手にしながら扉に手を掛ける。鍵はかかってないない。押せば軋む音をたてながら開いた。
そのまま屋敷に入り、扉を閉める。中は薄暗いが、明かりがなくてもなんとかなりそうだ。そして廃墟ということもあり、中は荒れており、一部の床や壁には穴が開き、家具だった物も辛うじて形が残っている程度だ。
「…気配は…こっちか?」
二人の気配がする方へ周りを警戒しながら進む。念のために部屋などを見つけた時は必ず確認するが、姿はない。
手掛かりになりそうな物もなかった。
(…何も残してない…ってことは、気絶してから連れてこられた?)
もし、そうじゃないのなら、少なくともフランが俺に気づかせる為に何か残すハズだ。だが、それがないというのは……やはり、気絶など動けなくしてから連れてこられた、という線が濃厚だろう。
それに、ダウナーミアズマの効果で多少弱体化している可能性もあるだろう。だから余計に気配が希薄になっているのかもしれない。
(完全に手探りってワケか……)
少なくとも、この廃墟の屋敷にいるということだけは確かだ。それがわかっているだけでも幸いだ。
そういえば、ダウナーミアズマの根元はここと孤児院とユウサリは言っていたが…アイツが片方を解除するんだろうな、多分。というか、そうでないと困る。もしやってなかった場合は…容赦なくアイツを殴る。それで決まりだ。
謎の決心までした時、僅かに魔力を感じた。
「!!」
咄嗟に《マジックウォール》を展開し、戦闘体勢にする。
直後、魔力結晶の壁面に数枚の御札が貼り付く。それが何を意味するのかはすぐに察した。
「"起爆ノ護符"か…!《光波一閃》!」
後方に飛び退きながら刀を横凪ぎに払い、衝撃波を放つ。すぐに魔力結晶の硬度を弱め、《マジックウォール》ごと御札を切り裂いた。
"起爆ノ護符"。名前の通り、対象物に貼り付き爆弾の如く爆発する。使用者に魔力さえあれば爆弾よりは手軽に扱いが出来ると言うことで重宝されやすい道具の一つだ。さらに、その対象物が魔力結晶のような物の場合、爆発の威力を更に上げるとかいう…。
因みに、今のは屋敷の一、二部屋ぐらい吹き飛ばす火力はあったハズだ。爆発する前に出来て本当によかったと思っている。
「…何のつもりだ」
派手に動いたせいで埃が舞い、視界を阻む。
その向こう側でも埃を払おうとしているのが見えた。
「悪いわね。私、今虫の居所が悪いのよ。家は荒らされるし、大切な友人達まで……」
そこにいたのは、着物を纏った白い少女。狐の耳と尾が目を引く。…白狐ってヤツか。
「そりゃ悪かったな。けど、俺も気分は良くない。なんせ、大事な仲間に手を出されたもんでなぁ……」
「あら…それは悪かったわね。黒いからてっきり……ね。」
そう言っても白狐は構えたままだ。
「悪いが、お前と関わっている暇はないんだ」
「私もよ。でも…本当にアナタがアイツらの仲間かもしれないという可能性も捨てきれないの。」
わかるわよね?と白狐は強気な笑みを浮かべ、刀を抜く。
全く…どこまで疑われているんだ、俺は。いくら初対面とはいえ、ここまで疑われるのは初めてだぞ?
まあ、ここで抵抗しなければ斬られるだけ。それは御免だ。
ただ、まともに戦うことだけは避けたい。これ以上派手に動けばこちらが不利になりそうな気がするから。
「ふッ」
白狐の息遣いが聞こえ、同時に数枚の御符がこちらに向かってくる。ああいうのは下手に直接切るのはまずい。
刀を構えたまま横に跳び、即座に魔力を込める。
「《天ノ刃・散》!」
光の刃が俺を中心にして現れ、散るように舞い、そして一斉に白狐の方へ向かう。こちらに向かっていた御符は刃のおかげで全て破られた。
「!」
だが相手も簡単にはやられないようで、当たる寸前の所を結界で防ぎ一気にこちらとの距離を詰めて来て刀を振り下ろす。
すぐに反応し、こちらも刀で防ぐ。鍔迫り合いになるが、こちらが力を込めれば相手は押され、若干表情が強張るのが見えた。どうやら力はそこまでは無いようだ。
だがこのまま鍔迫り合いを続けていたら埒が明かない。ここは一つ、術でも撃ち込むか。
「《ブラスト》!」
「《煙霞》!」
小規模の爆発と、煙幕の様に現れた煙と靄が同時にぶつかり合う。軽く飛ばされ、煙のせいで噎せこむ。
「げほっ…ごほっ……くそっ」
先程の埃の時より酷く、視界は見事に真っ白だ。
「っ…旋風よ、舞え《ワールウィンド》」
噎せるのを我慢しながら詠唱し、旋風を起こし、煙と埃を部屋の外に運び出す。
そこにはもう、白狐の姿はなかった。
逃げたのだろうか?先程交戦した時に感じた気配を探るが、離れていくのがわかった。どのみち、今の俺にとっては都合がいい。
問題は、次に会ったときは完全に決着を着けるために本気になる必要がある、ということぐらいか。
(…まあいい。)
今はともかく、あの二人を探し出す。もしかしたら他の人も巻き込んだかもしれないから、尚更早く見つけ出さないといけない。
今度は周囲を警戒しながら進む。極力気配や足音を消し、気になった所を調べていく。
ふと、妙な魔力を感じた。
(……これは…?)
足を止め、魔力がした方へ視線を向ける。そこにあったのはドアノブの部分がない、穴の開いた扉だった。
…穴を覗こうとしたら、何か飛び出てきそうだな。そう考えてしまったせいか、そこから部屋を窺う気力が出なかった。
いやまぁ…万が一、目潰しとか頭潰されても不死だし、回復早いし…何とかなるだろうけど……何より、その能力を使ったらまたユウサリがキレそうだ。
とはいえ、何もしなければ何もわからない。
仕方がない、やられたらその時だと思いながら覗き込む。
……覗き込んだが何も起きない。よかった。部屋の方に気を集中させ、探る。罠の類いは無さそうだが、何かはある。そう判断した。
行くか、行かないか。それは俺次第だが……―――
(…さて、どうしたものか。)
◆
「…っ…ぅう…」
ズキンと頭が痛み、意識が戻ってくる。
あれ……僕は一体…?
(確か、鈴の家にクロウとフランで行って…そしたら……)
彼女の家は荒らされていて、何者かに殴られ気絶させられた。
当然、気絶していたから今に至るまでの間の記憶はない。
…それにしても寒い。頭もぼんやりする。…例の術が効いているのかな……
「やめて!もうやめてよ!!」
不意にクロウの悲鳴のような声が響く。ハッとしたと同時に、ドサリと何かが床に落ちる。
「う……ぐ……っ」
「ランシア……!しっかりして!」
それはフランだった。痛め付けられたのだろう、身体中ボロボロで呻き声をあげる。
「何で……こんな…」
「やっと起きたか…寝坊助。」
「…え……?」
聞き覚えのある声がそう言った。顔を上げると、不敵に笑うカズハの姿があった。だけど妙に違和感が……?
(…耳と尻尾?)
今のカズハには鈴の様な狐耳と尻尾が生えている。鈴と違うのは色くらいか。彼の場合は黒。
「まったく…俺が“ダウナーミアズマ”を発動させた犯人だと知った瞬間この有り様さ。何なんだかねぇ…」
「先生……どうして…」
信じられない、と言うように首を振りながらカズハを見る。カズハはそんなクロウを嘲笑するように見る。
「お前らが悪いのさ。あんな化け狐と仲良くしていたからこうなったんだ。恨むなら、彼奴にするんだな」
「化け狐……って…鈴の…こ…と…?」
声を震わせながらクロウが呟く。彼の表情は俯いていてわからない。
「違う…鈴は…鈴は……」
「…クロウ…?」
彼の様子が少し変わった事に気づいたのだろう、フランも首を傾げる。
「そんなんじゃ……ないッ!!」
そう叫び、足元にでも転がっていたのだろう、角材のような物を手にしてカズハに殴りかかる。
ガッと鈍い音がしたが、カズハは倒れなかった。よろめきもせず、クロウの攻撃を腕でガードしていた。
「…流石に痛いな……。何のつもりだ、クロウ。先生の言うことが聞けないのか?」
「だ…黙れえぇぇぇぇ!!」
もう一度振り被る。ブンッと空振る音。横にかわしたカズハに角材は当たらなかった。
クロウは緊張のせいか呼吸が荒れ、体や腕も震えていて、目も涙ぐんでいた。
「ハァ…ハァ……鈴は…そんなヒトじゃない……!」
カランと音がし、角材が床に落ちた。少し遅れてクロウが膝をつく。
「クロウ…!」
膝をついたものの、涙目だがカズハを睨み付ける。
(…どうしよう。)
この状況……このままじゃいけない。どうにかしなきゃいけない。
でも…何を?
よくわからないけど、フランはカズハと戦っていたらしい。なら、彼女と同じ様に戦うべき?
(そうだ…時雨……)
時雨だ。あのヒトを呼ぼう。彼女ならきっと、この状況を打破出来るハズだ。
…いや、僕がやらなきゃいけないんじゃないのか?
今、まともに動けるのは僕だけだ。それに龍神だし、人間には負けない…ハズだ。
改めてカズハを見る。その時、視線が合った。
「!」
同時に、あの時の事を思い出す。沢山の人間に傷付けられ、狙われた事を。
カズハの目は、その時の人間達の目と違うけど、本能的に嫌悪感を抱いた。
「っ…うおぉぉぉぉぉ!!」
それを強引に抑え、隠し持っていた短剣を構えながら駆け寄る。
「…チッ。どいつもこいつも…」
彼は横凪ぎに手を払い、黒い刃を発生させる。目の前に迫ってきたそれを跳んで避け、距離を一気に詰めながら短剣を振りかざす。
「ふッ」
そんな息遣いが聞こえた直後、大量の御札が目の前にあった。それは輝きだして……―――
バチンッ!バァン!!
「がふッ!?」
結界に跳ね返され、追撃と言わんばかりに爆発した。
大きく隙を見せたため、かわす間もなく直撃する。一瞬息も止まったし…痛い……。床に叩き付けられた…
「…くそっ……!」
まだ、こんなのじゃやられない…!
即座に立ち上がり、今度はクナイを放つ。結界と護符に阻まれるが、関係ない。
「《双牙雷撃》!!」
意思ある雷は脆くなった結界を突き破る。そしてカズハに当たった。
「ぐあああッ!?」
「よしっ…!」
上手く当てられた、と思った瞬間、ぐらりと目眩がした。立っていられない程で、僕は膝をついてしまう。
「な…に……これっ…」
「か…カイル?」
視界が歪む。思わず目を瞑る。もう一度開くと何とか落ち着いたが、目眩はまだする。
…自分の神力が不安定というのに、そこに黒魔術を喰らえばさらに状態は悪化する。そんなこと、簡単にわかったハズだ。
けれど、いつもの癖でやってしまった。
(いけ…ない……)
このままだと、クロウも…フランも……僕自身も危ない。
「っ……何だ?もう終わりか?」
カズハの挑発。けれど乗ってはいけない。乗ったら、それで最後。
だけど、抵抗しなきゃいけない。
「…はぁ…ただのまぐれか。心配はいらないみたいだなぁ?…まあいい。」
ゆっくりと、余裕のある歩みで近づいてくる。
(早く、どうにかしないと……っ!!)
…助けられない。誰一人も。そんなのは…嫌だ。
「…ッ《招来・水撃》!」
水の弾丸を放つが、宛が外れる。ただの無駄撃ちになってしまった。
「……《双牙雷撃》!!」
再び意思ある雷が二方向からカズハを狙う。だが彼は上に避けてかわし、二つの雷を相殺させた。
「ッ……!」
目眩が酷くなっていく。黒い狐が迫ってくる。
(い…いや…だ…!)
負けも認めたくない。守らなきゃいけない。
もう、近づいてきたら回し蹴りでもするしか……!
ぴくん、とカズハの耳が立つ。立ち止まり、周囲を警戒する。
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ガキン!と金属同士がぶつかり合う音がした。そして…聞き覚えのある声。
そこには、見覚えのある白狐の少女の姿。
「鈴!」
「アンタ……よくもやってくれたわね…!!」
怒りを含んだ声色でカズハを睨み付ける。彼女の刀を受け止めているのは、カズハが腰に収めていた片手剣で鍔迫り合いが行われていた。
「もう……許さないから、なっ!!」
強く押し出し、よろめいたカズハを蹴り飛ばす。…なんて力業なんだ。
「…っ…やってくれるじゃないか、化け狐」
血の混じった唾を吐きながら好戦的な目で鈴を見る。彼女はただ、睨み返すだけだった。
剣と刀で鍔迫り合いとか凄いですよね←
この描写は滅多にないような…気がします((ぉぃ




