第二十七話 ダウナーミアズマ
「うぅん……」
何となく寝苦しいと感じ、起きてみる。起きてみても変な感じは消えず、何だか体が重く感じる。
(……何だこれ……瘴気?)
一瞬そう思ったが、違うとすぐに否定する。だって瘴気だとしたら、本当に空気が変わるから。
今の状態を言うなら、そう…気力だけをを奪うような感じだ。そのせいで空気が淀んでいるようにも感じる。
ふと、名前は忘れてしまったが広範囲で気力を奪う魔術を思い出した。
もしかしてそれなのかもしれない。だけど、誰が何の為に…?
「うー……何か変な感じがするよ…」
そうやって色々考えていると、クロウも起きたみたいだった。
やはり彼にも影響が出ているらしく、軽く頭を振る動作をしている。
確か…耐性がない者には効果が著しく出て、ある程度耐性がある場合は軽度で済むとかいったっけな…。
もしかして、クロウには耐性があるのかもしれない。
そう考えていると、ノックもなくドアが開かれる。そこにはフランが立っていた。
「んーー…?ランシア、どうかした?」
「ってか、ノックせずに入ってくるなよ…」
クロウや僕の言葉に少しハッとした彼女は「ごめんなさい」と頭を下げる。そしてすぐに部屋に入ってきた。
「なんか、変な感じがしない?」
やはりフランも精霊故に気づいていたらしい。僕と比べるとそこまで影響を受けてはいないみたいだ。もしかして、僕は神力が不安定だから影響を受けたのかも…。
「うーん…確かにそうかも……」
「…わたし、嫌な予感がする。この変な感じ…街にも山の方にも行ってるもの」
「山……」
少し不安気に話すフランの言葉で気づいた。確かに、屋敷中にもあるけれど街にも広がっているのが感じ取れる。
しかも山と言えば…
「……鈴!」
いち早く気づいたクロウが立ち上がり、クローゼットから白いコートとマフラーを取り出す。
彼が着替えるという事を察し、部屋から出ていこうとするフランをクロウは呼び止めた。
「ねぇ、ランシア。カズハ先生っていた?」
先生は書斎のすぐ隣の部屋にいるはずなんだけど、と彼が言うとフランは「今から見てくる」と言って出て行く。
その間に僕とクロウが身支度を整える。丁度終わった時、ドアがノックされた。
クロウが「いいよ」と言うとすぐにドアが開かれ、そこには予想通り、フランの姿があった。
「ランシア、先生いた?」
その質問に彼女は首を横に振る。
「いなかった。なんか、防寒具とかもなかったし……」
「え、先生は出掛けたってこと…?」
「そう…なるんじゃないのかな…」
クロウが一度考え込むが首を振り、僕達に笑い掛けた。
「ある意味チャンスだね!でも玄関から出たら、後々バレちゃうし…」
うーんと考えていたが、やっぱりアレしかないかぁと言い、何やら二段ベッドの下をゴソゴソと漁り始める。すぐに見つかったのか「あった!」と言ってそれを見せてきた。
クロウが手にしていたのは―――縄梯子。
「これ使って窓から出る!」
「やっぱりそうなるのか……」
「でもそれしかなさそうじゃない?」
フランまでもがそう言い出し、クロウも「ね?」と縄梯子を早速使おうと準備を始めた。
……まあ、仕方ないよね。それに、鈴のことも気になるし。
「わかった。それで行こう」
「うん!鈴、今から行くからね!」
まだ彼女に何かあったと決まった訳ではないが、そう言ったクロウの表情は普段と違い、不安気で真剣そうな顔をしていた。
◆
―――――
―――
……
(……なんだ…これは…)
身を起こすが、まだ夢の中にいるような感覚がする。
(…だるい……)
頭を押さえ、ベッドから降りようとするがバランスを崩してしまう。目の前に床が迫り、あ、これぶつかるな、と思ったが体がうまく動かない。
ああもう、この際ぶつかって目を覚まそう、と考えてそのまま目を閉じる。
だが、痛みは来なかった。それに何か温かい…?
「《リカバリー》」
声と共に、ぱちんと弾けるように意識がハッキリと覚醒した。
「!」
「貴女らしくないですよ、時雨」
「は……!?」
聞き覚えのある声が耳元で聞こえ、自分が今、どうなっているのか把握した。
何故かユウサリがいて、俺はそいつに寄り掛かるような状態になっていた。
慌てて離れると、いつもの白衣と違う、白いジャケットとを着た彼がにっこりと微笑んだ。
「おはようございます、時雨」
「何でお前がここにいるんだ!?ってか、“監視”なしで一人で来るとかどうなってんだよ!」
「貴女が頼んだのでしょう?“リーディア”の能力を持つ者を呼んでくれと言ったのは。」
「なっ―――」
確かに昨日、セクトにそう頼んだのは俺だ。だがよりによって何故こいつなんだ!わざとか?わざと選んだのかセクト!?
「…不服なのはわかります。それと、“監視”は貴女にしてもらえとセクトに言われました。」
「マジか。…覚えていろよセクト……」
今度会ったら殴っておくか。うん。
そんな決意はさておき。相手が色々気に食わないものの、助っ人は来てくれたというのは事実。これでわかればいいが……
「……ん?」
「気が付きました?この瘴気に…」
ユウサリは顔をしかめながら言った。そしてそれが、今感じた何かが気のせいではないと肯定される。
「精神干渉術・ダウナーミアズマ。広範囲に渡り、その範囲内の生物の気を奪う、負の魔術。」
所謂「黒魔法」の一種ですね、と付け足した。どおりで…起きた時の倦怠感は術が原因だったのか。
「俺がまさかこんなのにやられるなんてな…油断しすぎたな、こりゃ。」
「無理もないでしょう。私も結界と霊玉を併用しながらでないと、影響がでてしまいそうです。」
少なくとも、人間らしくするために、調整している間はですが、と肩をすくめる。…俺達「神」が調整していても、常人以上の能力になってしまうというのに、それでも影響が出るのか。
術使用者の魔力がよほど高いのか、どのみち厄介だということは変わりない。さらには範囲がやたら広いときた。街全体に、そして山の方まで広がっているようだ。さすがに山方面は効果が薄れているようだが。
「となると…街の連中は全員アウトってことだろうな。」
「でしょうね。耐性がある者はそう簡単にいませんし。あったとしても…頭痛などの症状がでているでしょう。」
「ったく…面倒な事しやがって」
「でも、好都合でもあるのでは?今なら私の存在を説明せずにもいけますよ。」
「…お前、意外とゲスいな。」
まあ確かに、昨日までいなかった人がいきなり部屋から出てきたら誰も驚くだろうし、説明するのも面倒だ。…ついでに、カズハに会わずにやり過ごしたい。寝込んでいるならそうしていてほしいわ。うん。
「…ふぅ、まあいい。それにアレはお手上げだからな。頼むよ、ユウサリ」
頭を下げながら言うと、ユウサリが吹き出した。
「ふふっ。いいですよ」
「……おい、今笑っただろ」
「つい……。だって、珍しく素直だと思いまして。」
「…殴るぞ…。ってか、つべこべ言わずに行くぞ、書斎に!」
ユウサリの腕を引っ張り、強引にカズハの書斎へと向かう。
やはり魔法のせいか、廊下は静まり返り、何処か不気味な感じを漂わせている。
◆
書斎の前に着き、気配を探るが何もなかった。ただ…カズハの気配が妙に薄いのが気にかかったが、今はあの本を調べるチャンスでもある。
念には念を、というようにゆっくりとドアを開ける。鍵は掛かっていない……無用心だな。なんて考えながらも本棚の方に向かい、昨日見つけたページの破れた本を一冊取り出し、ユウサリに突き出す。
「まずはこれでいい。“リーディア”の力でどうにかしてくれないか?」
俺から本を受け取り、パラパラとページを捲っていたが、破られてなくなっている箇所を見つけるとユウサリは眉を顰めた。
「…わざと、みたいですねコレ。一応、本も管理してるのでこういうのは許せないです。」
「お前の個人的な怒りは後で俺がどうにかするからよ……。気になってるのはその部分なんだ。…出来るよな?」
「造作ないことですよ。」
そう言って、破れたページを撫でるように払うと、その部分があったかのように、修復された。…だが、完全ではなく、一時的なもので、その修復された所は淡く光を放っている。
まあ、読めるようになったことには変わりない。ユウサリから本を受け取り、ざっくりと目を通した。
そこに書かれていたのは予想通り、白狐と黒狐の民話だった。
嘗てはお互い対立することもなく、寧ろ協力するような関係にあった。しかし、少数の黒狐が道を踏み外して破門、或いは追放されるような事が起きた。
本来信仰すべきものを捨て、邪教徒になったのか…理由は定かではないが、良くないことであるのは確かなんだろう。その者達を矯正、或いは制裁を下し、少しでも戻そうと白狐と黒狐は動いたそうだ。
だが、破門された者達は聞かず、白と黒の狐達返り討ちにしてしまい、さらには黒狐達を自分達の配下にしてしまい、正統派の黒狐の数を大きく減らしてしまった。
以降、一部の黒狐と白狐一族で破門された者達との対立が今でも続いているそうだ。
本にはそのような内容が書かれていた。
…恐らく、他の本も同じだろう。だが…何故、破いたんだ?
「この内容が知られると言うことで、何か不利になるってことなんだろうが…な。やっぱりカズハ…何か隠してるな」
ただそれだけ、確信出来た。
「早めに何とかしないとマズイ…いや…っ!?」
「時雨?」
心配そうなユウサリの声が聞こえたが、今はそれ所じゃなかった。
たった今、カイルとフランの気配が一気に薄くなったからだ。
――少し前のカイル達
ハイペースで山を登る。季節が冬ということもあり、雪も降っているし気温も視界もこの間より悪条件になっていた。
すぐにバテてしまったフランはクロウに背負われ、少し申し訳なさそうにしていた。
クロウはというと…、やはり鈴が心配なのか、登っている間ずっと表情を曇らせていた。
色々気になったのはそれだけで、他には何も起こることなく鈴の家の場所に着いた。
「鈴っ!!」
勢いよく戸を開け放つクロウ。次に目に飛び込んできたのはメチャクチャに荒らされた室内だった。
「な…何よこれ…!」
フランが顔をしかめ、床に散乱した物を踏まないように中へ入っていく。
「っ……鈴!」
「クロウ、しっかりしてよ。まずはちゃんと確かめないと…」
「う…ん。そうだよね…」
そう頷く彼の顔色は青ざめていた。無理もないだろう…それに、鈴がどうなったのかも気掛かりなんだろうし。
僕がそう考えている時だった。
クロウがいきなり「ぎゃっ」と声をあげて倒れ込む。何事、と思った時にはフランも同じように倒れていて。
ガツン
「っあ゛…!?」
後頭部に痛みが走り、そのまま意識が薄れていく。
不覚だ…僕が背後を取られるなんて……
「……―――――」
完全に意識が闇に沈む直前、こちらを見ていた黒い何かが言葉を発した気がした。




