第二十五話 白狐と少年
まだまだカイル視点です。←
フランの前には二つのおにぎりと味噌汁が乗った膳があった。彼女は目をキラキラさせている。…どんだけ空腹だったんだ、フラン。←
「いただきまーすっ!」
嬉しそうに手を合わせながらフランは言いおにぎりを取る。そして美味しそうに頬張った。
「ごめんなさいね。簡単な物しか出せなくて…」
囲炉裏を挟んだ正面にいる、白狐の少女――鈴が困ったように笑いながら言った。
「そんなことないよ!すっごく美味しいもん!」
屈託のない笑顔でフランが言うと、鈴は「ありがとうね」と微笑んだ。そして、僕を見る。
「アナタもどう?」
「えっ?あ…い、頂きます。」
僕の分も作ってくれたんだ…。膳を受け取り、袖を巻くって手を合わせてからおにぎりを取った。
「今朝の残りの五目飯を握っただけだけど…どうかしら?」
少し控えめに鈴が言う。見た目も匂いも良いし…
一口かじる様に食べてみる。…美味しい。素直にそう思う。
なんというか…優しい味がした。
「美味しいです」
素直に思ったことを鈴に言うと、彼女ははにかみながら「ありがとう」と言った。
「うん!やっぱり鈴の料理は美味しいねーっ!」
…いつの間にかクロウも五目おにぎりを頬張っていた。それを見た鈴は目を光らせ、尻尾でクロウの背中を叩いた。
「まったく……勝手に食べないでよ。アンタにはまだ作ってなかったでしょ?」
「あはは…ごめんごめん!」
呆れたようにクロウを見ながら叱る鈴。対し彼は…然程気にしていないのか…或いは反省していないのか、にこにこしながら平謝りをする。
それを見た鈴は深く「はあ……」と溜め息を吐いた。
というか、人の家の食べ物勝手に食べちゃうとか…クロウ失礼過ぎない!?←
「…ある意味、アンタにとって此処が第二の自宅みたいな感じだからって、食べ物だけは勝手に食べるのはやめてよね?」
あ……そういう事だったのか。ちょっと安心した。
そんなやり取りを気にすることもなく、フランは出されたおにぎりと味噌汁を食べまくっていた。
そしてそれらが空になると、「ご馳走さまでした!」と嬉しそうに手を合わせて言った。
「あら、もう大丈夫なの?」
「はい!ありがとうございました!」
上機嫌そうにフランが答えると、鈴も微笑みながら「それはよかったわ」と言う。
「りーんー!お代わりしてもいい?」
クロウがそう言うと、鈴は一度ムッとした表情をしたが、すぐに「わかったわよ…」と言いながらおにぎりを握り始めた。
そんな風に賑やかな食事を少しの間、楽しんだ。
◆
「ああ、そうそう。クロウ、今日の分の野菜を畑から採ってきてくれない?」
「いいよー!」
鈴がそう頼むと、クロウは快く引き受け、外へ出ていく。そんな彼を見ながら彼女は言った。
「…クロウは幼い頃に両親を失ってね、今は孤児院で暮らしてるの。それまでは…私と母上の所、つまり此処で暮らしていた事があるのよ。」
僕が疑問に思っていたことを鈴は語る。少し驚いていると、鈴は微笑んだ。
「どうしてわかったのかって顔してるわね。…二人共わかりやすいくらい顔に書いてあるわよ」
「え、えーっ!?」
そう言われ、フランが慌てて自分の頬をごしごしと袖で拭う。…いや、実際には書いてないから…
「ねぇカイル!もう付いてない?」
「最初から付いてないよ…」
僕がそう答えると、一瞬フランは固まり、すぐに顔を赤くした。それを見た鈴はクスクスと笑う。
「…可愛いわねアナタは。…それと母上は今、此方の神社にはいないわ。別の神社の方に行って、神使をしているわ。」
「そうなの?」
神使か……僕も“龍神・八雲”になる前は神使の龍だった。前の龍神は今、本来の役割である風の精霊王兼…風龍となっているけど…恐ろしく自由な人だった。まさしく本当に“風”のような神だった。
そんな風に色々考えていると、鈴が「さて」と言うのが聞こえた。見ると、少し真剣な表情をしている。
「……何故、此処に来たのかしら?
異世界の龍神様と精霊さん。」
「……え?」
「どうしてそれが…」
いきなり言い当てられて否定することすら忘れ、鈴を呆然と見つめる。
僕らがそんな反応をしたせいか、鈴は溜め息を吐き苦笑した。
「…どうやら当たりのようね。」
「え、な、ちょっ…本当になんでわかったの!?」
フランが鈴に問い詰めるように近づく。鈴は僕とフランを順繰りに見てから口を開いた。
「"気配"よ。アナタ達から強い神力と霊力を感じたの。
それに、この山には一応結界を張っているの。妖とかが入って来られないようにしてるから…アナタ達が山に入った時から気づいてた。」
う…そこまでしてあったのか…気づけないとか、気配を隠さなかった事が情けない…。
溜め息を吐きながら肩を落とすと、頭を軽く撫でられた。
見ると、鈴が困ったように微笑みながら撫でているところだった。
「大丈夫よ。敵意がない相手に攻撃なんてしないし…アナタ達はそんな事をしないと思うから。」
ただ、山から降りる時には"気配"を消しなさいよ、と釘を刺される。
「…はーい」
「わかってるよ…それくらい。」
少し不満に感じながらも僕らは返事をした。それを見た鈴は、また困ったように笑っていた。
「りーんー!収穫したよ〜!」
なんというタイミングなんだろうか…籠に野菜を詰め込み、満面の笑顔でクロウが扉を開けた。
「ありがとう、クロウ。それと、時間は大丈夫かしら?」
籠を受け取りながら鈴が言う。クロウは「え?」と首を傾げ少し考え込むが、すぐにわかったのか「あーーっ!?」と声をあげた。その声の大きさに彼女は顔をしかめた。
「煩いわよ…クロウ」
「あう…ごめん…って、マズいよ!このままだとまた門限に間に合わなくてお説教だよー!」
わたわたと腕を振り、「どうしよう、どうしよう」と何度も呟く。
…あーそうか。クロウは孤児院にいるんだっけ。だから門限とかあるんだろうな……
ってあれ…?僕らにも何かあったような…
「ね、ねぇ鈴。時計ってある…?」
「時計?あるけど…こっちを見た方がいいんじゃない?」
そう言うと立ち上がり、鈴は障子を開けた。そこには窓があり、街を一望出来た。勿論、あの時計塔も見え――――
「うわあああ…!五時まであと十五分だー!」
クロウの声で思い出した。
―――…じゃあ五時に時計塔に集合な。
そうだ。時雨とそんな風に約束していたんだ。って…
「こっちもマズいじゃんかーっ!?」
「…あー!約束の時間!!」
近くにいた鈴が、耳を押さえながら嫌そうな表情をしていたけど、今は気にしている暇はなかった。
クロウと同じ様にわたわたと慌ててしまう。と、ともかく考えろー!考えろー、自分…!
「…まったく、世話が掛かるわね…」
そう言って鈴は立ち上がると、何やら唱え始めた。
僕やフラン、クロウは騒ぐのをやめ、彼女がしていることを静かに見ていた。
彼女が唱え終えた瞬間、部屋中に光が溢れた。その光はすぐに収まり、見れば鈴の目の前に術式と光の扉があった。
一体何なのだろう、と思っていると鈴が振り向いた。
「急いでいるのでしょう?だから送るわ。 この扉を開ければ街にある時計塔の裏側に出ることが出来るから」
ほら早く行きなさい、と少し強気な笑みを浮かべながら言った。
最初はポカンとしていたクロウだったが、すぐにパッと笑顔になり、鈴の手を掴むとブンブンと振った。
「ありがとー、鈴!助かるよー!」
鈴はまた「まったく…」と言いたげにしていたが、少し困ったように笑った。
「勿論、アナタ達も送るわ。だからクロウと一緒に行きなさいな」
「あ…ありがとう、鈴!」
「よし!じゃあ行こーう!」
光の扉の前に立ち、クロウが扉を押し開ける。
そこには不思議な光に満ちていたが、クロウは「じゃあねー鈴!」と手を振ってから飛び込んだ。
「…えっと、色々ありがとう。」
「ええ。私も楽しかったわ」
そう言って鈴は微笑んだ。
フランもクロウと同じ様に手を振り、僕と一緒に光に飛び込む。
一瞬水の中に入ったような感覚がしたけど、すぐにそれはなくなり、地面に足がついた。
…本当に時計塔の裏に出た。振り返ると、光の扉があったがすぐに消えた。
「これなら間に合いそう!よかったー!」
クロウがそう言い、時計塔の表側に向かう。多分、時雨もそっちにいるはずだ。
彼と同じ様に表側に向かうと、見覚えのある少女がいた。
それと…何故かクロウもいて、話していた。
「時雨?」
「ん?フランとカイルも来たか」
「あれっ?知り合いだったの?」
きょとんとした表情をして首を傾げるクロウ。一体何を話していたんだろう?
「ねぇ時雨、どうしたの?」
フランが聞くと、時雨は軽く目を逸らした。しかも表情も若干引きつっている。
「いや…実はな。宿屋の予約をしようと思ったんだが……どこも満室って言われて、どうしようかと考えてたんだが…」
「俺がいる孤児院はねー、そういうことがよくあるから、旅人も泊められるようになってるんだ! だから、時雨さんに勧めてたんだけど…仲間が二人いるって言ってたから、その人達を待っていようかなーって思ってた所だったんだ!」
でもまさかカイル達とは思わなかったよー!とニコニコしながら話すクロウ。
な、なんか凄い偶然というか…
「で、どうしますかー?」
「そうだな…お前達、クロウの孤児院の所でもいいか?」
チラリと隣にいるフランを見ると、彼女はあっさり頷いた。
「わたしは別にいいけど…」
そして自然に僕へ視線が集まる。…うっ、ちょっと答えにくいんだけど……
それに別に断る理由もないし…それでも構わないと言うように僕は頷いた。
するとクロウに手を掴まれた。あれ、これデジャブ?←
「よかったー!実は俺、カイル達ともっと話がしたかったんだよ!」
案の定、掴まれた手を上下に振られる。
何だろう、クロウのクセなのかな?
それにしても「もっと話がしたい」か…。初めて言われたかも。
…こんな風に…人間達と仲良くしたいと望んでいたのに――――
「カイル?どうかした?」
「…え、あ……な、何でもないよ」
感傷に浸っていると、クロウが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「そ、それより時雨っ!その孤児院に行こうじゃん!」
「あ、ああ。そうだな…じゃあクロウ、案内を頼む。」
「りょうかーい!」
な、なんとか誤魔化せた……。クロウは僕達の前を行き、孤児院の方へ歩き出す。時雨とフランと僕はその彼の後を追うように歩いていく。
…時計塔からも近かったらしく、五分もしないうちに着いた。
孤児院の外装は洋館。周りにも洋館があるけど、この建物は二回りくらい大きい。
「時間は…ギリギリだから大丈夫…大丈夫のはず…!」
祈るように手を組み、小さな声で何度か呟いてからクロウはドアを開けた。
…いや、内側にいた誰かが開けた様だった。
「本当にギリギリセーフです、クロウ」
「うぅ……カズハ先生…」
彼に(ある意味で)素晴らしい笑顔でそう言ったのは、黒髪で黄色の瞳の眼鏡を掛けた男の人だ。
その人は僕らに気づいたのか、一度眼鏡をクイッと上げ直した。
「あなた方は?」
「あ、旅人さん達だよー先生!宿屋が空いてなくて困ってたみたいだったから、連れてきたんですけど……」
やっぱり駄目ですか?とクロウは首を竦めながらカズハと呼ばれた男の人に聞く。
カズハはというと、ふぅむ…と唸り、考えるとような素振りをしたがすぐに答えを出したらしく、こちらを見てニッコリと微笑んだ。
「そういうことならいいでしょう。ささっ、寒いですから早く上がってくださいな」
「ありがとうございます」
時雨が礼をしたので僕とフランもそれに倣う。「いつもよくある事ですから、気にしないでください。」と微笑みながらカズハがドアを開いてくれた。
中に入ると、やっぱり室内だからか、暖房か何かのお陰で温かかった。
「では…部屋はどうしましょうか」
「はい!カズハ先生、俺はカイルと一緒がいいです!」
手を挙げながら嬉しそうにクロウが言った。というか…僕と!?
「カイル…この子とですか…。そうすると、こちらの娘が一人になりますし…」
「ちょ、時雨は女だよー!」
「そ、そうだったのですか!? それは失礼なことを…」
フランの指摘にカズハが慌てて頭を下げた。うん、今のは時雨が男装しているのが原因だ。
そのせいか、彼女は若干視線を泳がせながら平謝りする。
しかしクロウはそんなやり取りを気にすることなく、僕の手を握ってきた。…といっても袖が長いから袖越しだけども。
「えへへっ!カイルと色んな話がしたいなー」
「……」
ニコニコと笑い掛ける彼を見て、悪いようには思わない。
寧ろ何処か嬉しいと感じていた。




