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弟の嫁の弟の嫁の兄の息子

その後はあっという間だった。

三島は私が散々ためらったチャイムを鳴らし、反応がないと再度鳴らした。それでも反応がないと玄関右の植木下から鍵を取り出し鍵穴を回した。そして、言葉を失う私をよそに玄関のドアを開いた。

入るとすぐ二階に向かって呼び掛ける。

「ゆきさーん」

と、二階から聞き慣れた返答が聞こえた。

 お母さん。

 涙が出そうになった。

鳥肌が立って、身震いした。

また会える。

体が勝手に動いた。すぐに靴を脱ぎ捨てようとした。

しかし、阻止された。

三島に。

「ちょっとちょっと、お前」

私の両肩に手を置き笑顔で制す。

「初対面でそれはない」

鼻と鼻がくっ付きそうなほど顔を近付け三島は言った。

「絶対に何も言うなよ」


「来たよ、加藤くるみ」

三島が再度二階に向かって呼び掛ける。「俺の弟子」

私が眉間に皺を寄せるのと同時にお母さんが降りてきた。

お母さんはすごく若かった。考えてみれば、二十年前である訳だからこの時二十七歳だ。私を見ると微笑んだ。

「初めまして、よろしく」笑顔も喋り方も同じ。「加藤有希子です」

知ってるよ。お母さん。久しぶり。

心の中で呟いた。涙が出そうになるのを必死で堪えたけど鼻声は隠せなかった。

どのように自己紹介したらいいのか分からなかったが、三島がうまく話を進めてくれた。

「ちょっと遠くから来た子で、今うちで住み込みで修行中」

「そうなの」

お母さんは笑顔で頷いた。

分からない。

なぜ、わざわざお母さんに会わせたんだろう。三島は何を考えているのだろう。

「じゃ、これからのスケジュールを立てますか」

三島は奥の部屋へ入った。まるで自分の家だ。

そういう私も、奥の部屋へ足を踏み入れるなりすぐソファに座った。やはりおばあちゃんの家だけあって遠慮することを忘れる。本来、この時代に私は存在しない。全くの他人であるはずなのに。

「えっと、まず始めに」

三島みちるが一人でソファを独占し、向かいのソファに私とお母さんが座った。

「ゆきさん、加藤くるみなんだけど、もう少しなんですけど」

「そうなの、じゃあ」お母さんが口元を抑える。

「最短でいつ頃になるかしら」

何が?

私はお母さんと三島を交互に見る。二人とも説明する気がないのか、よっぽど深刻なのか、私に全く目を合わせずに下を見て黙りこんだ。

「あの」

そう声は出したものの、目が合った三島に首を振られた。何も言うな、そう言いたいらしい。

「そこで、ですね」

三島は再びお母さんを見た。

「あと二週間。二週間時間をください。僕がその間に加藤くるみをなんとかします」

私はただポカンと三島を見つめるだけだった。この人は何を言っているのだろう。


お母さんにお別れを告げ家を出ると、家の前に停めてある黒い車から笑顔のおばさんが出て来てドアを開けた。

「では参りましょう」

私が突っ立っていると、

「乗れないわけないよな」

隣で三島が言った。

「お前、行く当て無いだろ」

こんなよく知らない人の車に乗って大丈夫なのか。不安で仕方なかった。

しかし三島には聞きたい事がたくさんあった。何より、実際これからどうやって生活していけばいいのか分からなかった。

頼れるのは全てを知っている様子の三島だけだ。

「お願いします」

私はそのまま車に乗り込んだ。

中は広く、座席はふかふかだった。車に疎い私にも高級車なのだと分かる。三島が有名人である事を改めて実感した。

 「あの、聞きたい事がたくさんあるのですが」

隣に三島が乗り込むなり、すぐ三島に向き合った。

「えっ?」

三島が笑った。しかし目が笑っていない。まだ言うな、という事らしい。

「お前、あれだろ。次の番組についてだろ」

無言で見つめ返すと三島が、な、と一人で頷いた。はい、私は合わせる事にした。早く詳細を教えて欲しい。もどかしくて仕方が無かったが、この状況ではどうしようもないらしい。あとでな、三島がやる気の無い声で答えたような気がした。

 高速に乗り、

「あの、どちらに向かわれているのでしょうか」

控えめに聞いてみた。

「家だよ、家」

三島が手帳から目を離さずに答えた。先程お母さんと立てたスケジュールを確認しているらしい。

「何、お前、ラブホにでも行くと思った?」三島が笑ったので、違いますと真顔で答える。すると、

「他に行きたいとこある?」

三島が目を丸くして聞いた。

 行きたいとこ、ある。たくさん。ありますけど、そう言いながら、結局三島に全て頼る事になるだろうと思い返し、無いです、と答えた。何だそれ、三島が鼻で笑った。

「三島さん」

そこで三島に聞く。

「お母さんとはどういう?」

ああ、三島は眉間に皺を寄せ頷く。「それは」にんまり笑って振り返った。

「何だと思う?」

同業者、と途中まで言いかけた所で、それ以外ね、と突っ込まれる。

「遠い親戚?」

「うん」それでいいや、そう言いながら三島が手帳を鞄にしまった。

 それでいいや、って。「当たりなんですか」

「うん、当たりだよ?ゆきさんの弟の嫁の弟の嫁の兄の息子に当たるね」

「はぁ」

今度は私が笑った。「同業者の中にたまたま親戚がいた、という事ですかね」

「うん、それで」

三島が笑った。軽い上に嘘くさい。そして、ふとお母さんの弟、叔父は死んでいた事を思い出した。確か、私が生まれた年に亡くなったと聞いている。


気が付くと隣で三島は寝息を立てていた。

 あまりに綺麗な寝顔に少し見とれたが、同時に無防備な姿に唖然とした。私にとってこの人は謎の人物だ。でも、この人からして私はどのような存在なのだろう。仮にもこの時代には存在しないし、初対面だ。それなのに警戒心が全く感じられなかった。私が何をしでかすか分からないのに。それとも、やはり占い師だから先の事全てお見通し、という事だろうか。

全てにおいて不安であり興奮状態でもあった私は当然寝る事など出来なかった。

おばさんの運転する車はお構いなく高速を進んだ。

途中パーキングに寄りおばさんが例の笑顔でトイレを進めた。トイレよりも喉がひどく渇いていた。しかし、今後の事を考え我慢した。所持金は僅か三五〇〇円ちょい。キャッシュは口座がないので下ろせない。もしかしたら何かのタイミングで水分補給出来る時があるかも知れない。易々お金を使いたくなかった。

 

 おばあちゃんちから一時間半程経った頃、都内の高層ビル街地下駐車場で車は停車した。

「着きましたよ」

おばさんが振り返った。隣で三島はまだ起きなかった。三島さん、大きい声で何度か呼んだが起きない。どれだけ爆睡してるのだ。私は肩を叩いた。

 と、ものすごい勢いで三島が私の手を掴み、目を開いた。

「着きました」

 血走った目と予想以上の握力に圧倒された。

 この人、普通じゃない。

 恐怖すら覚えた。一体何の夢を見ていたのか。三島は、ああ、そう唸ると気だるそうに目を擦った。次の瞬間にはテレビに映るような穏やかな顔になっていた。早いねぇ、などと笑っている。


 三島の部屋はマンションの四三階だった。エレベーターに乗るのは少し気が引けたが、さすがに四三階まで階段を上ろうとは思わなかった。

 そして、驚いた事に四三階の四部屋、全て三島の所有している部屋だった。

 その内一つはおばさんが入った。中嶋さん、というマネージャーらしい。私はもう一つの部屋を提供してもらえる事になった。残り二部屋は三島が使っているらしい。

 「じゃ、とりあえず、話しますか」

三島は自分の部屋へ案内した。

 不安よりも興味が勝った。この状況で何も聞かない訳にはいかない。三島の部屋に入ると廊下を案内されるままに進んだ。マンションでかつて見た事の無い広さのリビングの、かつて腰掛けた事の無い高級そうな黒皮ソファに腰掛けた。

 「えっと、すみません。三島さんはどうして私を知っていたのですか」

ソファに腰掛けるなりすぐに聞いた。三島は向かいのソファに腰掛け、あれ、とニヤついた。

「俺の職業って知ってるんだっけ」

「占い師?」

「そうそう」頷き、そうなんですよ俺こう見えて結構稼いじゃってるんすよ、とまで呟いた。

「じゃあ」

そう、三島は私を真正面から見た。

「お前が二十年後の未来から来る事は、随分前から知ってる」

「どうして」

私は興奮した。

「どうして私はこの時代に来てしまったんでしょうか」

「あなたには使命があるんですよ」

三島は微笑みながら私を指差した。

「重要な使命ね」

「それは何ですか」

私は食い付いた。と、向かいに立つ三島が顔を近付けた。

「この国、いや、この世界を救う使命」

 絶句した。

「嘘」

嘘だと思うじゃん、三島は口の両端を吊り上げた。「本当だからね、これ」

 全然面白くない冗談だ。私は目を細めた。三島は笑って、

「証拠はある」

先程から伸ばしたままの人差し指を上下した。

三島が見せたのは、とある新聞記事だった。

競馬?

私は再び眉間に皺を寄せた。

「これはお前には二十年前の記事になる」

が、と三島は記事から視線を私に戻した。

「お前、分かるだろ。この競馬の結果」

私は無言で新聞記事を引き寄せ、凝視した。そして、気付いた。

 この競馬の結果は全て知っている。

一着、二着、三着、四着、最下位まで。お父さんが何度も繰り返していた、あの黄金の第三十回メモリアルダービー。記憶力はいい方だ。間違えずに最初から最後まで展開を言えるだろう。

「分かります、けど」

そう言うと予想以上に近くにあった三島の顔が綻んだ。

「デビュー戦だ」

三島が私の両肩を掴み、真正面から私を見た。

「お前のな」

 

 その日の夜、ぐったりと疲れていたのになかなか寝付けなかった。

 不安で今にも泣き出したい。でも、お母さんに会えて嬉しい。複雑だった。

 と、隣でドアの開く音と足音がする。すいません、ちょっと車出してもらっていいですか、三島の申し訳なさそうな声も聞こえた。ベッド脇の時計を見ると午前二時過ぎだ。どこに行くのだろう。

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