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私はこの仕事で世界を救ったのだから。

 エレベーターから降りると目を疑った。

 スラリと細い美女と、その隣に三島が立っていたからだ。

 よく見ると、驚いた事に美女の正体は小林さんだった。三島は髪が短くなっていたがあの三島に変わりはなかった。私と目が合うと、口の両端を吊り上げニヤリとする。

「加藤さん、やっぱり待ってました。みちるにさっきそこで会ったんで」

小林さんは隣の三島の反応に気付かず話し始めた。

「小林さん、なんだかすっごくきれいになって、びっくりしました。あ、最近急激にきれいになりましたよね」

私が正直な気持ちを伝えると、小林さんは目を丸くする。

「小林?私、中嶋ですよ。小林はお母さんの旧姓。一度離婚したんですけど、結局再婚したんです。今は仲良しです、私の両親。ついでに私達も」

そう言って三島の肩に首を預けて見せた。三島もニヤついて言った。

「やっぱ女は見た目じゃ無いんだよ」

「失礼な」

小林さんに叩かれている。とても失礼だが、今の小林さんなら先程の三島のセリフも冗談で通じる。美男美女で本当に仲が良さそうで、二人はとても輝いて見えた。

 しかし予想外の未来になった。私は苦笑した。その横を「佐藤」という名札をつけた看護師が会釈をし通り過ぎていく。ハンカチを渡してくれた看護師だった。

「みちるさんと加藤さんはお知り合いなんですか?」

小林さんが、ふと三島の私への視線に気付き、切り出した。

「同業者だからね」

三島が笑う。どこかで聞いたワードだ。

「そういえば、二十年前にみちると加藤さんにそっくりの占い師がいたそうですね」

小林さんがそう言うなり私と三島は固まった。

「まさに生き写しだって、結構話題になってたみたいですよ。加藤さんに至っては同姓同名だし。まあ、二十年前の事なんですけどね。それに、みちるは三島みちるじゃなくて鈴木みちるだし」

名前、変えたのか。三島を見るとこっそりピースをしていた。

「そういえば、二人っていつから?」

「加藤さん、もう忘れちゃったんですか?何度も言ってるじゃないですか。去年、みちるから突然うちにやって来たんですよ。で、お母さんに、占い師の自分のマネージャーをやって欲しいって」

中嶋さんの事好きだったからなぁ、と思う。でもまさか、小林さんの事を好きになるとは思わなかった。さすが同志。

「そんなに私の事が好きだったとは」

小林さんは痩せた頬にえくぼを作る。あまりの変貌ぶりに小林さんの表情だとは思えない。本当に痩せてきれいになった。

「昔、公園で見た時から好きになった、とか言ってるけど」

確かに昔、だ。

「お母さんは二十年前、三島みちるのマネージャーをやってたじゃないですか。だから三島みちるが引退して世界一周の修行に行くって消えてから、ずっとさみしがっていたんで、もう大歓迎でしたね」

小林さんは三島と顔を合わせ微笑んだ。

「みし、鈴木さん、お父様とも仲良くなれそうですね」

「仲良しです。そうそう、お父さんには離婚してから会いに行ったんですけど、その時、お父さん、泣いて謝ってくれて。だから再婚したんです。ちなみに会いに行く計画を立てたのは加藤くるみ、っていう、加藤さんにそっくりの占い師でした」

私は苦笑した。「計画って、その占い師は参加しなかったんですよね」

そうですね、小林さんも真顔で頷く。

「でも、きっと誰かに背中を押してもらいたかったんです、私もお母さんも。だから、再婚しますよ、って嘘でも言ってもらえれば、それだけでよかったんだと思います。たったそれだけの一言で私もお母さんも動けたから」

あれはあの時、口から咄嗟に出た言葉だった。でも結果的にそれでよかったらしい。私の、小林さん一家の幸せを思う気持ちが奇跡を起こしたのだろうか。少し嬉しくなった。

あと、私が痩せられたのもその占い師のアドバイスを思い出したからかも、と小林さん。

「私、小学生の時陸上部で、でもいつもいじめられてたんです」

小林さんが照れ臭そうに笑い、「あだ名が、早い…」と私が続ける。

「そう、早いデブって」

小林さんが笑う。「あれ?加藤さん、なんで知ってるんですか?」

「それで?」しかし私は先を促した。

「あ、そうそう、最近、その時の事を急に思い出してまた走り始めたんです。やっぱり、そういうひどい事を言わせ続けた私も悪い、と思って。言わせないようにするにはどうしたらいいかって考えたら、走って痩せるしかないと思って」

「その占い師、思った事そのまま言っただけですね」

「俺も結構適当に仕事してきたよ」

すると小林さんが私と三島を見る。

「みちると加藤さん、なんか今、急激に仲良くなりました?」

「急激な変化は小林さんの方ですよ」

私が言うと横で三島が激しく頷く。

「お前、本当に心だけはきれいな奴だったもんな」

「加藤さん、私思うんです」

小林さんが三島を叩きながら続けるので、

「はい、私もそう思います」

私は頷いた。え?小林さんは目を丸くした。

「力があっても無くても、大切なのは本気でお客さんを幸せにしたいと思っているかどうか」

そして続けた。

「今、私は、本気でお客さんを幸せにしたいと思っています。これからはこの仕事を、本気でやりたいと思っています」


 小林さんが三島とデートをすると言ったので、帰りはお父さんに迎えに来てもらう事にした。兄弟に当たる幸人は当然一緒に家に帰る事になる。

 ワン、嬉しそうな鳴き声。ライスがお出迎えしてくれた。ヨネと比較すると随分とポメラニアンからかけ離れた顔のような気がした。でもやっぱりライスの方が可愛い。車に幸人と乗り込むなり、お父さんが嬉しそうに笑う。

「さっきライスが看護師に可愛いですねって言われちゃったよ。犬種は何ですかって聞かれて。ミックスです、って言ったら」

「雑種ね」

「可愛いですねってさ」

「同じ言葉繰り返しちゃったか」

「純血じゃなくても可愛ければいい。血筋なんて関係ない。くるみ、お前は俺の子供だ」

「なんか感動的な話にうまくまとめたね」

そう言えば、とお父さん。

「随分、道草食ってたんじゃないか?」

お父さんが笑った。そうかもね、私は笑う。

「母さんの遺品なら、今朝幸人が取りに行くって言ってたのに」

そうかもね、再び呟き、あ、と後部座席から身を乗り出した。

「お父さんにはものすごい感謝してるから、お礼させて」

すると、

「俺からもお礼させてね」

幸人も身を乗り出した。

「あと、くるみにもお礼がしたい」

 キョトンとする私をお父さんが振り返り笑った。

「お前ら、そんな仲だったか?」

そして真顔になった。

「似てるな、お前ら二人。思い出すよ」


 私自身、本当に変わったのは、ただ覚醒した、という事だけではない気がした。

 私自身、本当に変わったのは、仕事に対する思いなんだと思う。


 「すごい、どうして分かるの」

お客さんは皆、目を輝かせる。そして私のアドバイスを一生懸命聞いてくれる。

分かりました、やってみます、最後にそう言って立ち上がる。その時のお客さんの目が私は好きだ。何かに立ち向かうような、未来を変えようというその目は幸せになろうという意志の表れで、そんなお客さんの思いがとても好きだから。

 「ありがとう」

お客さんがそう言うと「どういたしまして」なんて返さない。返せない。その人の両手を握って同じ言葉をそのまま返す。「ありがとう」

「ありがとう、私の話を聞いてくれて」

いつもお礼を言う。そして、心から願う。

「あなたの幸せを祈っています」


 この時代に戻ってから花子さんをテレビで見た。

 相変わらずきれいだった。少し皺が目立つようになっていたが、優しげなその皺がより花子さんを魅力的にしていた。プリンスが束縛するの、というノロケが有名だった。

 宮内カナコはラジオ番組で近況を話していた。

 中学生の息子の話で盛り上がり、すっかりお母さんの雰囲気が伝わってきた。二十年前交際していた人とあの時別れてよかった、そう笑っていた。

 私は二十年前にワープした時、最後の二日間しか力はなかった。でも、そんな私でも彼女達の未来をほんの少しでもいい方向へ変えられた。

 仕事にとって力がある事は大切だ。でも、本当に大切なのはその仕事に対する思いだ。いかにその仕事で人を幸せに出来るか。その思いがちゃんとあればきっとうまくいく。きっと成功する。きっと奇跡は起こる。こんな使い物にならない私でも、ちゃんと占い師として覚醒出来たように。


 この小さな仕事一つで、何人の人の笑顔を作れるか。何人の人の心を温められるか。

 この仕事には未知の可能性が溢れている。

 何しろ言い方によっては、私はこの仕事で世界を救ったのだから。

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