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ゼリアルの月ミュゼの日:晴れ:男でもいけるそうですorz

「ロキ様が来ても留守だって言ってほしい? どーして?」


 ビアンカは藍色の大きな目をしばたたせた。

 ここは村の人から『保護院』と呼ばれる施設。

 木とわらのようなもので作られた、比較的大きな家だ。

 ビアンカ曰く、村の外から逃げ込んできた人や迷い込んできた人を一時的に保護するための施設なのだという。

 私のように異世界から迷い込むというのは稀なケースだけれど、それでも今まで何人かそんな人間が居たそうだ。


「ちょっと顔を合わせたくなくて……」

 ビアンカは、ふ、と安心させるように笑んだ。

 天使の微笑だ。

「大丈夫よ。ロキ様はご多忙だから、滅多にフラフラ出歩かれることはないわ。ここにいらっしゃったのが珍しいことなんだから」

「へ、そうなの!?」

「ロキ様はね、神官の中でも位の高い人で、皆の心の支えなの。毎日村人達の話を聞いて、行事を取り仕切って、お祈りをして、他の神官に指示を出したり、傷や病を癒す方法を学んだり……一日は大体それで過ぎていくって聞くわ」

「へえ……」

「それに、こうもヒヨクの姿が変わりまくりじゃロキ様でも気付かないんじゃないかな。今朝、ごめんね?」

「あっはは、いいよいいよ。それもそうだよねぇ」


 今朝起きてみたら、どうも身体がいつもより軽かった。

 ぷよぷよとして悩みの種の手足の脂肪が無く、ついでに女の子なら大きかれ小さかれあるはずの胸の二つのふくらみまで、完全にこそげ落ちていた。

 筋肉質で細い長めの手足に、低めの声。いつもより短い髪。

 そして下半身には昨日まで無かったものが、やっぱりご丁寧についていた。


 深窓の令嬢なら、我が身に起きたことに気付くなり卒倒していただろう。

 比翼は深窓の令嬢ではないから卒倒はしなかったが、衝撃は大きかった。

『消えたいなんて思っちゃいけない』とロキに言われたそばから絶望する所だった。


(……ギリシャの彫刻になった気分)

 深く考えるなとも言われたので、受け流す努力をしよう。


 ようやく気分が落ち着いてきたと思ったら、様子を見に来たビアンカが悲鳴をあげて、「ヒヨクをどこへ隠したの!?」と掴みかかってきた。

 夜中に年頃の少女の寝所に忍び込んだ変態さんだと思ったらしい。



「でも、私のサイズの服が合ってよかった。似合ってるよ」


 ビアンカが貸してくれた服は村の人達が着ている服で、数枚の布を紐で留めて着るタイプの衣装だった。

 ビアンカ自身、美少女ながら中性的な服を好んで着ているので、この姿で身につけても違和感は無かった。


「で、今日はどこに行くの?」


 ビアンカは朝食後のお茶を一口飲んで私に問いかけた。

 保護院の管理を任されているビアンカは、毎日敷物を干したり掃除をしたり、庭の家畜たちの世話をしたりと忙しい。


「私みたいな人間の記録とかが残ってる場所……図書館とか、資料館とかがあれば、そこに行こうと思って」

「んー、だったら神殿かな」上方を見上げてビアンカが呟く。

「えええ!?」

「何でそんなに嫌がるの?」


(ロキ様に会いたくないからであります!)


「ああ、ロキ様か。仕方ないよ。歴史文化の管理や研究をしてるのが神殿だから。だいじょーぶ! 神殿、広かったでしょ? 上手く潜り込めばロキ様と鉢合わせすることも無いからさ。というか、私達も時々神殿に行くんだけど、ほとんどロキ様とは会わないし」

「そうなの? あ、でも待って。潜り込むって言っても、昨日、門の前に居たおじさん達に追い返されそうになったんだよ」

「ああ、きっと髪の色ね。ヒヨクみたいな黒髪は珍しいから警戒しちゃったのよ。待って。私の名義で紹介状を書いたげる!」

「おおっ、ありがとビアンカー!」

 すっかりビアンカとは友達だ。



 紹介状をサラサラと書き上げ、最後に保護院の判子らしきものを押すと、ビアンカはそれを渡しながら囁いた。


「気をつけてヒヨク。今の貴方はどこからどう見ても美少年よ。『私』じゃなくて『俺』か『僕』。で、おば様お姉様がたに声をかけられてもホイホイついていかないこと。あと、念のためにおじ様がたにも警戒して。何かあったら『ビアンカと付き合ってる』って言っていいからね」

 鬼気迫った雰囲気のビアンカに、(大げさだなぁ……)と苦笑した自分が愚かだった事に、間もなく気付いた。





 平和な村を土ぼこりが横切るように駆け抜ける。


「待ってください! どうか、お名前だけでも…!!」

「逃げないでよ! 仲良くしたいだけなんだからー!」

「ねーどこに住んでんのー!?」

「君は幾らで買えるんだね!?」


(だっ、誰か……!)

 比翼は神殿への道を決死の形相で駆け抜けていた。

 後ろから沢山の人間が追いかけてくる。


「神殿の方へ向かっているぞ!」

「何しに行くのー!?」


(誰か助けてぇぇぇ!!)


 男性の脚力だから、普段の自分など足元にも及ばないほど速く走れた。

 だが追ってくる中には何故か男性も居て、さらに顔を見た村人から続々と追っ手に加わるものだから、人数がなかなか減らない。

 元の姿の自分は、全く目立たない平凡な顔立ちの女子だ。

 綺麗な子を見ると、自分はどうしてもっと美人に生まれなかったのかとか、もっとスタイルよく生まれつきたかったとか、羨望や嫉妬の気持ちに駆られることが何度もあった。


 今はそんな自分が馬鹿だったと心から思う。

(綺麗な人って、こんなに……こんなに大変だったんだ……!!)


「ぅあっ!」

 どさぁっ!!


 何かに躓いて転んでしまったと気付く頃には、荒い息遣いの人間達に周りを取り囲まれていた。


「……ぼ、僕は売り物じゃないです……!」

 貞操の危機を感じて、比翼は震え上がった。


「怖がることは無いよ。痛いのは最初だけなんだからね」

 中年男性の太い指に腕を掴まれた時、全身に鳥肌が立った。

 少年の姿でも、下心のある男の手に触れられるのは耐えられない。

 乱暴にその手を振り払うと、比翼は立ち上がって言い切った。


「僕、には……ビアンカという心に決めた女性が居ますので!」

 その声に、ぴたりと周りの喧騒が止む。


「ビアンカ?」


「ビアンカって、保護院のビアンカかい?」

 人々がざわめき始める。


「そ……そうです! 彼女と僕は、あ、あ、愛し合ってます……!」

 猛烈に恥ずかしい。

 恥ずかしいけどこの人達が諦めてくれるならもはやどうでもいい。


「お、おいこいつ、ビ、ビアンカの男妾だってよ!!」

「逃げろ! ちょっかい出したとビアンカに知られたらどんな仕返しをされるか分からんぞ!」

「わぁぁぁビアンカの男妾だぁぁあ!」


 きゃぁぁぁわぁぁぁとクモの子を散らすように賑やかに逃げていく村人達に、ポツンと砂埃の中に残された比翼は息をするのも忘れて瞬きをした。


(ビアンカ……しかも男妾って……一体何者……?)

 何となく比翼まで、世話役の美少女が怖くなってしまった。




 その後の神殿までの道のりは、異様な空気が立ち込めていた。

 『ビアンカの男妾の美少年』という情報が一瞬で村に広まったらしく、誰も彼もが遠巻きに、だが、面白そうにしげしげと比翼を頭から足のつま先まで眺め回し、コソコソと話をしていた。


(うう……こんなんなら追いかけられてる時の方が良かったかも)

 ビアンカの名前の威力は良く分かったが、これも気分の良いものではない。



 神殿の入り口でビアンカの紹介状を見せると、兵士達は素直に通してくれた。

(ビアンカ様様。大好きです)


 すれ違う神官たちに資料室への道を聞き、ロキの気配が無いか周りに注意しながら向かう。

 美少年姿の比翼を見ても動揺しないのは、さすが禁欲の神官達である。


 神殿の敷地の一角に、資料室はあった。

 神殿の他の塔や建物と同じ白い石造りの細長い建物。

 扉に手をかけた瞬間、誰かが内側から扉を開けてきた。


「……ああ、すまない」

「いえ、こちらこそごめんな……あ」

 時が止まったように感じた。


(………ア……ルド……)


 ロキの従者だと思われる彼が、どうしてこんな場所に。

「何か?」

「あ……いえ!」

 相変わらずむっすりとした表情のアルドは、ぽけっとしてしまった少年姿の比翼を不審そうに眺めたが、軽く礼をして去っていった。


「び、っくりしたぁ」

「あれでも笑顔の練習をさせてるんだ。成果が出てないのが残念」

 ひょっこりと資料室から顔を出した人物に、心臓が口から飛び出そうになる。

「ろ……むぐ!」

「しっ、やっとアルドを撒いたんだ。あと、神殿では静かにね」


 口を塞ぐ手を放して、『彼』は笑んだ。

(ご多忙なロキ様が何故ここに!)

「んーまぁ多忙とは言っても神殿内で調べ物をするくらいの時間はあるよ。ヒヨクはここに何をしにきたんだい?」


 まただ。


“こうもヒヨクの姿が変わりまくりじゃロキ様でも気付かないんじゃないかな”


 ビアンカはああ言ったが、比翼は少し不安だった。

 ロキは昨日、幼女になってしまった自分を難なく見抜いた。

 今日だって見抜かれてしまうんじゃないかと思っていた。


(どうして私が比翼だって分かるの?)

「人は他人は騙せても、自分は騙せないものだ」


 ロキは私を見て笑った。


「立ち話もなんだし、ついておいで。庭園の中に人目につかない穴場があるんだ。お前の調べたいことも大体分かってる」


 ロキの背中を追いながら、意外とロキの背が高いことに気付く。


―――『僕はヒヨクの恋人になれない?』 


 カァっと耳まで熱くなってくる。



「さて」

 庭園の隅に、植えられた植物の陰で人が行きかう通路から見えなくなる空間があった。

 人が二人で座るのにちょうど良い大きさの岩が点々とあり、ロキはそこに腰掛けて微笑んだ。

「座りなよ」

 ポンポン、とロキは岩を叩いたが、断った。

 昨日の今日で隣に座る勇気は無い。


「もしかして、男になれば僕に正体がばれないかも、とか、ばれても迫られたりはしないだろうと思ってた?」


 ギクリ。

 そんな気持ちが無かったといえば嘘だ。

 クスクス、とロキは笑った。


「可愛いなァ。ヒヨク、教えてあげるね。聖職者っていうのは色恋沙汰は禁止なんだけど、男性同士の行為については禁止されてないんだ」


(こっ……)

 何か言いたいのだが、口がパクパクするだけで言葉が出てこない。

 何を言えばいいのか分からない。


「教義において、男性の身体は神聖なものだとみなされてるからね。だからむしろ」


 ロキは立ち上がり、凍りついた比翼の身体を抱き寄せて甘く囁いた。

「この姿なら僕は教会側にも遠慮なくお前を抱けるんだよ」

(いやァァァァァァァァァァァァ!!)


 途端に目線が低くなっていき、黒い髪が瞬く間に伸びていく。

 手足や胸には柔らかい肉がつき、身体全体が丸みを帯びる。

 すっかり元の姿に戻った私を抱きすくめたまま、ロキはよしよしと頭を撫でてきた。

 元の姿に戻ると、私は聴力を失う。

 ロキは笑っているのかな。

 やっぱり恥ずかしくて間近で顔を見ることができない。


『安心して、僕にそういう趣味は無いから。でも多分……僕は、中身がヒヨクなら外見がどんな人間でも愛せる気がする』

 頭に響いてきたのは、トドメのような台詞だった。

 逃げ場が無い。


 ロキは比翼を解放すると、岩に座りなおした。

『ヒヨクが資料室に調べに来たのは、帰る方法だろ?』

 灰のようになっていた比翼が、バチリと生き返る。

(そ、そう! ロキ、何か知ってる?)

『知ってて、教えると思うかい?』


(え……?)


『教えてしまえば、お前は元の世界に帰ってしまうかもしれないのに』

 ロキの見上げてくる視線は、思いがけず厳しかった。

『詰めが甘いんだよヒヨク。資料室の広さも知らずに、どうせこっちの世界の文字だって読めるかどうかも分からないままで来たんだろ』


(……そ、そうだった……)

 とにかく資料がある所に行けば何かが見つかると思っていた。

(だって……私が望めば、その能力も手に入れられるって……)

 事実、ビアンカを始めとする村人達と会話ができるのは、私が望んだから手に入れられた能力のはずだ。


『深層心理で、と言ったよね。こっちの世界で会話ができないと、お前の生活に支障が出る。つまり“話せないままでは生きていけないかもしれない”とお前の深層心理が判断したから、話せるようになったんだ。だけど本が読めなくても生活はほとんど問題なくできる』


 愕然とした。


『お前が元の世界に帰る方法を僕は知ってる』

 比翼は驚き、ロキに詰め寄った。

(どうすればいいの)

 ロキは答える代わりに瞳を閉じて歌うように言った。


『闇夜に導き手を亡くし、茫漠たる大地に捨て置かれた迷い子達よ。水の如く大海を探せ』


(……どういう意味?)

 海を探せばいいのだろうか?

『リーベ教の総本山、聖都アンディーンへ僕を連れて行ってほしい』

(な……どうして? 私に?)

『そう、僕がほしいのはね、時間だよ』

(時間……?)


 ロキは笑顔のまま続けた。

『聖都アンディーンへ僕を無事に送り届けてくれたら、元の世界に戻る方法を教えてあげる』

(や……)

『辞める?』

(やったろうじゃないのぉ!)


 暗闇だった世界にようやく夜明けが来たようだ。

 元の世界に戻れるかもしれない。

 いや、戻るのだ。


 どこだか知らないけど、アンディーンという所にロキを送って。


 そして、そしたら。

 元の世界に戻ったら。

 連理に会いに行こう。


 ちゃんと自分の考えてることを伝えて、そして。

 “好き”って言うんだ。

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