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ゼリアルの月ハナスの日:晴れ:人生\(^o^)/オワタ

 耳が聞こえなくなった―――


 という衝撃は大したものだったけど、よく考えてみれば今や割とどうでもいいことかもしれないと思う。

 だって、ここはどう見たって日本じゃないし、学校も無ければ好きなアーティストも居ない。

 聴かなければいけないことも聴きたいことも無くなってしまった。


 不自由することといえば、この世界のインディアンみたいな人たちとの会話ができないというだけで。

 いやそもそもインディアンって日本語使えたっけ。

 もしも彼らに日本語が通じるとして、何を話せばいいの?


 この世界に『日本』なんて無いって何となくだけど分かった。


 そういえば今朝、不思議な男の子に会った。

 恐いお兄さんと一緒に現れたその男の子は、自分を神官だと名乗った。

 耳が聞こえないのに、その子の声が聞こえて。

 口を動かしてはいなかったけど、間違いなくその子の声だと分かった。


 柔らかいのに威厳があって、少年と青年の境にあるような、細く低めの声をしていた。

 天啓のように頭の中に響くその声は、信じられないことを告げた。


『今、思念でお前に話しかけてる』


 でもその子の次の言葉はもっと信じられなかった。

『大事なことを言うよ。お前は望むものになれる・・・・・・・・

 男の子は、綺麗な藍色の瞳を少しだけ細めた。


『望むものになれるということは、望まぬものにもなってしまうということなんだ。お前のような人間は、この世界に居るとどんどん昔の記憶を失っていく。お前がお前を忘れると、お前がお前でなくなる。お前を形作るものはお前の意思、心だよ』


 傍らの怖い顔のお兄さんが、私の方に沢山の白紙が綴じられた冊子のようなものを放り投げてよこした。


『アルドに用意させたものなんだけど、文字は書ける?』


 アルド、って、あのお兄さんの名前なのかな。

 コクリと私が頷くと。


『何でもいいから、自分に関することを書くといい。お前が自分を忘れないように』


 若年性のボケだと診断された気持ちだった。

 自分を忘れないようにって?

 忘れるわけない。私は私。


 クス、と男の子が笑う気配がした。

『聞こえてるよ。ここに来た者は皆いつもそう言うんだ。そして忘れていく』 


 思念。

 その意味を理解したのはこの時だった。

 彼の言葉が私に聞こえるように、私の脳内での独り言も彼に筒抜けになってしまっているのだ。


『元の世界に帰りたいなら、自分の欠片を零さないようにね。油断してると自分の名前も忘れてしまうかもしれないよ』

 私は比翼ひよく天見あまみ比翼ひよく

『アマミ・ヒヨク。分かった。僕も覚えておこう』

 あなたは?

『僕はロキ。今日から自由に出歩いていいよ。しばらくゆっくりするといい。僕は神殿に居ることが多いから、もし会いたければ神殿までおいで』


 法衣のような長い衣服の裾を閃かせて、男の子は衝立の向こうに消えていった。

 銅像のように顔がほとんど動かない恐いお兄さんも、男の子に従うように出て行った。

 ポツンと残されたのは、私と冊子だった。



 この世界で初めて会った美少女が、身の回りの世話をしてくれている。

 昼食後に恐る恐る建物の外に出てみると、その村は思ったよりは大きな村だった。

 外に居る人のほとんどが金色の髪で、黒い髪が珍しいのかジロジロと妙に注目された。

 この時はまだ、朝の男の子の言葉の意味する所を理解していなかった。


 帰ってから、言われた通りに冊子に何かを書こうとしたけど何も浮かばない。

 自分のこと。エッセイでも書けというのか?

 とはいえ特に文章力があるほうでもなかったし、堅苦しいものを書くのは苦手だったから、簡単な『日記』を書くことにした。

 我ながら素晴らしい機転だと思う。


(問題はその日記もまともに書いたことが無いってことなんだけどね)


 飽きっぽい自分には日記は不向きだったようで、何度か挑戦しても三日坊主で終わってきた。

 そういえば、と、日中不便に感じたことを思い出す。

 元の世界でいつも肌身離さず持ち歩いていた携帯が無いのだ。

 現代っ子の最大のコミュニケーションツールが無いのは、心細いことこの上ない。

 そうだ。日記は続かないけどメールなら得意だ。

 思いついて、普段書いてるメールのノリで顔文字を書くことにした。


[人生\(^o^)/オワタ]


 この絶望的な状況をものともしない何ともユルい感じがいい。

 たまらなくいい。

 顔文字に救われる日が来るとは思わなかった。 

 お父さん、お母さん、私はこんなに元気です。


 気付いたら涙が頬を伝っていた。

 ぐしぐしと顔を袖で拭って、冊子を閉じる。

 ふて寝するように毛布の下に身体を滑り込ませる。

 その夜は、とても長く感じた。

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