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アリフェレット異海譚  作者: 水炊き半兵衛
Ep1:北方四国貿易網
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8.叫喚の長リリア

 レティの魔法使いとしての才能は総合的に見て平均以下である。魔力量がさほど多くなく、法程式を制御する力も無い。

 しかし法程式を覚えるキャパシティはあるので、育て上げれば一流とまでは行かずともそこそこ優秀になるだろうとアスパーは言っていた。

 けれどそれはあくまでも魔法使いとしての話であり、俺が望むのは測量士としての能力である。


「えっと、向こうに小さな島があるってお魚さんが話してたよ」


 処女航海を終えて一週間後、レティを乗せてまずは海に慣れてもらおうと思い船を出したのだが、そこでレティの才能を知ることになった。

 曰く、風や魚の声が聞こえる。一人で小舟に乗せられた時も、大きい魚に舟を押してもらってクルト村付近に運んでもらったのだという。

 これは嬉しい誤算だ。海上で正確な情報を得られるのは絶大なアドバンテージに繋がる。


「ニグレスから結構近いのに、島があるなんて聞いたこと無かったけどなぁ」

「そもそもアリフェレット王国で船と言えば手漕ぎの漁船しかなかったのよ? この距離はさすがに手漕ぎではたどり着けないわ」


 俺の独り言に、気分転換だと言って航海に付いて着たシュトラウスが口を開く。時折、バルトルード商会に属する奴隷たちに帆を動かすよう指示しながら甲板からの景色を楽しんでいる。


「帆船と言うのは素晴らしいわね。景色が見られる余裕があるもの」

「そう言ってもらえると、造った甲斐もあるってもんだよ」


 この航海が終わって、数日休憩したら今度は本格的に海路開拓に乗り出してもいいかも知れない。

 そんなことを思いつつ、俺はレティの見つけた小さい島の方へ向かうように操舵手に指示を出す。


「アスパー! やや南東に島があるそうだ!」

「了解! ついでに風の強さも少しあげとくか」


 そう言ってアスパーは全開になっている帆に手をかざす。すると急に強めの風が吹き始め、船の速度が上がる。

 こういう一面も、海戦において魔法使いを重宝する理由の一つだ。ある程度の風向きと強さを変えられるのは強みになる。


「艦長! 島が見えました!」


 南東に進路を変更して一時間程経った時、見張り台にいた奴隷が声を上げる。

 因みに艦長とは俺の事だ。思わずこの船を魔法戦艦と呼んでしまい、以降船長ではなく艦長と呼ばれることになった。

 まぁ、そんな蛇足はさておき、島である。目視できるまで近づいている。青々と木々が生い茂り、島の中央には巨大な山がドンと鎮座している。

 遠目から見た感じ、人がいるようには感じられなかった。


「どうする?」

「私たちは艦長の意見に従うわよ」


 アスパーとシュトラウスがニヤニヤと笑いながら俺の指示を待つ。と言うか、悪ノリしてる感が半端ない。

 まぁ、いいだろう。どの道ここまで来たのなら俺の返答など一つしかない。


「勿論、上陸だろ!」


 未知の島への上陸。大航海時代の雰囲気を醸し出すアリフェレット海戦記において、これ程心躍る瞬間は無いと断言できる。

 冒険は男のロマンだ。たとえ、何歳になろうともこの一点は揺るがないと思っている。



 鬱蒼とした森は一歩踏み入れた瞬間、薄暗い空間へと変じた。太陽の光がそれ程入って来ず、湿度もやや高い。木の根元を見れば、赤と青の絵の具をぶちまけた様な色の茸が我が物顔で座っている。


「意外と硬いな、この木」


 軽く叩くと、返ってくるのは鈍い音。これ、造船に使えるんじゃないか。これだけ硬いならアリス・マードッグ程とまではいかずとも、かなりイイ出来になると思う。

 まぁ、品種が分からないんじゃ迂闊には使えないが。


「薄気味悪い森ね」

「そうだな……何と言うか、歓迎されていないって雰囲気がひしひしと伝わってくるぜ」


 シュトラウスとアスパーがそう呟いた瞬間、俺が叩いていた木に矢が刺さる。

 突然の攻撃に、シュトラウスが袖に隠していたダガーを構え、アスパーは魔法をいつでも放てるようにと手を狙撃地点であろう方へと翳す。

 そして俺はビビって動けなかった。情けねぇ……。


「貴様ら、イーギスの手先か!?」


 弓を構えて茂みから出てきたのは、まだ年若い女性だった。こちらでは珍しい長い黒髪を靡かせて、ワインレッドの瞳でこちらを睨む。

 咄嗟に俺は両手を挙げて無抵抗を示した。


「待て待て、俺たちはアリフェレット王国の者だ。イーギスの手先じゃない」

「……アリフェレット、だと?」


 怪訝そうな声にシュトラウスはバルトルード公爵家の家紋と、アリフェレット王国の国王直属を意味する紋章を警戒する女性に見せた。


「私はシュトラウス・フェン・バルトルード! 父たるレオンハルト・ヴォー・バルトルード公爵の名に誓うわ。私たちは帝国の人間じゃない」

「まぁ、俺はエルフなんだけどよ。……でもまぁ、俺もアリフェレット王国の人間だ。森の神々に誓ってな」


 続けられた言葉に、女性は弓を下ろした。どうやら一応は信じて貰えたらしい。


「失礼した。私はリリア。この島に住む叫喚の一族の者だ」


 叫喚の一族、その言葉に俺は聞き覚えがあった。アリフェレット海戦記の設定にしか書かれてなかった謎の一族の名だ。

 アズリア帝国から異端として追放され、北に逃れて集落を形成。その後、現地の人間に統治を任せて姿を晦ましたとされる。

 そして、アズリア帝国から北と言えばここ、アリフェレット王国となる。つまり、彼女の一族はアリフェレット王国の基礎を築いた者たちと言っていい。

 更に叫喚の一族が異端とされた理由が――。


「デイウォーカー……ヴァンパイアなのか?」

「ほう、知っていたか。お前、名は?」

「レンヤ・イガラシ」


 そう、叫喚の一族は不老不死のヴァンパイア。そして日光を克服したデイウォーカーだ。

 しかし死に設定と言われた叫喚の一族が、この島に居たとは思わなかった。


「ふむ、その響きからすると東方の人間か。東方の人間が何故アリフェレットに?」

「奴隷だからな」

「成る程。世の中の仕組みは数百年では易々と変わらんか」


 どうやら年若く見えるだけであって、相当な年月を生きているらしい。さすがは不老不死だ。


「では、貴様らは何の用でこの島に来たのだ?」

「私はただ艦長の命令に従っただけだ」

「俺とお嬢、そしてこのレティは下っ端だからよ」


 シュトラウスとアスパー、そしてアスパーのズボンを掴んで離さないレティが一斉に俺を見た。こいつら俺にブン投げやがった。


「元々は島の調査だ。動植物や、人がいるなら交流するのもいいと思ってな」

「そうか。ならすまないな。ここは俗世から隔離された島だ。目ぼしいものなど何一つ無いぞ」


 リリアは自嘲するように言う。何を言うかと思えば……そんな理由で冒険を諦めるわけが無いだろうに。


「それは好都合だ。俗世から隔離されたと言うなら独自の文化がある筈だ。何なら特産品の一つでもあれば貿易してもいい」

「……貿易、だと? ヴァンパイアとか?」

「関係ないだろそんなことは。要は欲しいものがあれば買うし、そっちも必要なものがあれば売ろう。言ってしまえばビジネスの関係だ。ギブアンドテイク。お互いに利益を出し合うのが正しい貿易のやり方だと思ってるんでな」


 そもそも人間以外の異種族などこの世界ではたくさん存在するのだ。魔物に近いとされるヴァンパイアだろうがデーモンだろうが、話が通じるなら交流しても問題はない。

 あっちは良くてこっちはダメ、なんて選り好みしている余裕なんてない。海路開拓のためにも金がいるのだ。それを稼ぐには貿易が一番手っ取り早い。


「貴様は変わった人間だな。普通はヴァンパイアを見たら逃げるか攻撃するかだと言うのに」

「そんな不毛なやり取りよりも、俺たちには金と戦力が足りていない。敵を作っても倒せないんじゃ、いつかは自業自得で滅びるだろ」

「……村へ、案内しよう。レンヤ、貴様の言葉を信じよう」


 リリアが先頭を歩きだし、俺たちも後へ続く。

 ここまではうまくいった。後は村の統括者と相談して、アリフェレット王国との貿易を認めて貰わねば。

 まずはこの一歩を成功させて、アズリア神州への海路開拓への糧としなくては。



「ここが我々の村だ」


 目についたのはレンガの家。それを見てアスパーとシュトラウスは固まった。アリフェレット王国でさえ、城にようやくレンガを使えるくらいなのだ。一般人には高価過ぎて手が出せない。

 それを一般の家で使っているのだ。驚くのも無理はない。

 そもそもレンガの製法が詳しく伝わっておらず、アリフェレットの王城のレンガでもここのレンガと比べればかなり質が劣っていることだろう。


「この村にはレンガの製法が伝わっているの?」

「いや、そもそもこのレンガを作ったのは我々だぞ。伝わるも何も、昔から同じように作ってるだけだが」


 そう言えば数百年生きてるみたいなこと言ってたな。成る程、元々は叫喚の一族の技術だったのか。


「おい、みんな! 少し来てくれッ!!」


 リリアが声を張り上げると、村の住人であろう者たちが俺たちの前へ集まる。どの人も何百という年月を過ごしたとは思えない若々しさだ。

 不死はいらないが、不老は羨ましい限りだな。


「こいつらはアリフェレットの客人だ! 無礼のないようにな」

「アリフェレットの? それはまた懐かしい……」


 リリアの一言で、村人たちの怪訝な視線が一斉に無くなる。もしかして、この村の統括者ってリリアなんじゃ……。

 そう思って確かめてみる。


「なぁ、リリア。もしかしてお前がここの村長なのか?」

「そうだ。……もしかして、言ってなかったか?」

「聞いてねぇよ!」


 今の今まで村長に会ったら何を話そうとか色々考えてたと言うのに。けどまぁ、正直ホッとしたのも事実。交渉とか胃の痛くなるようなモノはあまり進んでやりたくないし。

 そう前向きに考えよう。後は何を仕入れるか、だが……。


「この村の特産品はレンガだけか?」

「いや、鉄もあるぞ」


 その言葉に耳を疑った。鉄がある。確かにリリアはそう言った。

 現状、アリフェレット王国はインパニス独立国からアドルフ鉄鉱を仕入れている。しかも結構高い。


「こっちでは鉄は貴重なのか?」

「いや、精々調理器具や農具に少し使うくらいだ。採れすぎて処分に困っているよ」


 よし、この反応からするとインパニス独立国からアドルフ鉄鉱を仕入れるよりも安く済むかもしれない。

 それにレンガも仕入れれば一気に利益が転がり込んでくる。


「この村ではフラム石貨は流通しているのか?」

「していないな。そもそも自給自足で生活してるからお金の概念は意味が無いんだ」


 そうなれば物々交換が望ましいか。一体何を代価に差し出せばいいのか。


「こっちとしてはレンガと鉄鉱を売ってもらいたい。そっちは何が欲しい?」

「そうだな……娯楽品があれば、それでいい。食べ物には困らないが、退屈でな」

「本とか、酒でいいか?」


 そう聞くとリリアは嬉しそうに頷いた。どうやら相当暇を持て余しているようだった。

 まぁ、不老不死と言うくらいだ。楽しみの一つも無くてはやってられないだろう。


「交渉成立だな」

「よろしく頼む」


 交渉を終え、俺とリリアは握手を交わす。

 こうしてバルトルード商会の商品にレンガと新しい鉄鉱が加わった。

 特に鉄鉱は従来のアドルフ鉄鉱より強固で、加工しやすく鍛冶師たちに飛ぶように売れた。

 リリア鉄鉱。叫喚の一族の村長である彼女の名前が冠されたそれは、アリフェレット王国で末永く愛用されることとなる。

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