6.陸路貿易-後編-
「さて問題です。ニグレスの一番有名な特産品と言えばなんでしょう?」
出発当日。待ち合わせ場所である門の前に行くとアーシスからクイズを出題された。ご当地クイズのつもりなのだろうか。
「ミストかな」
「正解です、レンヤ君」
よくできましたとばかりに小さく拍手を送ってくれた。周りの旅団員達も微笑ましげに見ている。
「ミストは向こうじゃ結構、贅沢品でね。数あるニグレスの特産品の中でも一番高く売れるのよ」
「確か香料でしたっけ」
「えぇ、そのままでも良いんだけどクヴォルでは香水に加工しているって話だよ」
「成る程。暇な時に見てみようかな」
今回の目的はアリス・マードッグ唯一つ。クヴォルの香水はまた暇な時にじっくり見よう。覚えていたら、だけど。
「アーシス団長! 準備が整いました!」
「よし。じゃあ出発ね!」
旅団員の言葉を聞いたアーシスさんは全体に出発と告げた。時刻は朝日が昇ってまだ一時間も経っていない頃合いだ。
いそいそと空いているキャラバンに乗り込んで、周りを見渡す。
「ふああぁぁ……」
「眠そうだなアスパー」
俺とアーシスの会話に入って来ないから、どうしたんだと思ったら……。いつも俺たちが起きる時間よりもかなり早いし、しょうがないのかも知れんが。
「寝ぼけて法程式が暴走とか止めてくれよ?」
「んなこと起きててもできねぇよ……」
ツッコんでくるアスパーの声にはいつもの覇気が感じられない。まぁ、コイツは放っておいていいかな。
そう思い、目の前にいるアーシスさんに話しかける。
「ところで、シルトでは何を仕入れるつもりなんです?」
「ふふ、そこで問題です。シルトの近くにある村の名前は?」
「……クルト村」
俺がこの世界に迷い込んだ場所の名前だ。ニグレスから馬車で半日くらいだと後でシュトラウスから聞いたな。
「そのクルト村はね、漁業が中心の村なの」
「あぁ、確かに魚介類がたくさん売られていましたね」
「そう。そして魚だと長持ちしないし、乾物なんて大抵どこでも取り扱っているの。ここまではいいかしら?」
俺は頷く。という事は食べ物関係ではないのか。
「そこで私が目を付けたのが、貝なのよ」
「……まさか」
「ここまで言えば分かるかしら」
分かるも何も、思いっきり答えを暴露したじゃないか。
「パール……真珠ですか」
「正解! それにただの真珠じゃなくて、光にかざすと青く輝くの。だから別名として海真珠なんて呼ばれてるわ」
とても綺麗なのよ。アーシスさんは笑顔で言う。俺はそこまで宝石には興味が無いが、女性は大好きなようだ。
貿易用の積荷と、自腹を切って個人的に買っていると聞いてますますそう思った。
好きなものには金に糸目はつけない。その辺りはシュトラウスと似ているのかもしれない。
◆
シルトで真珠を仕入れ、クヴォルへと向かう。途中に関所があり、一通り積荷と貿易許可証を確認してもらってようやくインパニス独立国へと入国した。
とは言っても、ニグレスからずっと海沿いに進んでいるので、景色はあまり大差ない。
「アリス・マードッグはネハンの特産品でしたっけ」
「そうよ。クヴォルはソードコーンが有名ね」
ソードコーンは主に船首に取り付けるラム用の木材だ。敵の魔法戦艦のドテっ腹に大穴を開けた時の爽快感はたまらない。
半端な防御魔法じゃ防ぎきれないほどの破壊力を引き出す事ができる。しかし、これをもってしてもアリスピュアを沈めることはできなかったが。
「けれど、今回仕入れるのはヒュパインね。知ってるかしら?」
「えぇ、クヴォルの銘酒ですよね?」
俺がここに来る直前のセッションでも飲んでしな。あの時は無味無臭で風味なんて全然分からなかったが。
「そうよ。蛇が生きたまま漬けられててね。飲むと疲れがとれるって聞くわね」
そう言えばボトルの中に小さい蛇がいたっけ。現実でもそういう酒があったっけ。ハブ酒だったかな。
「それにしても、レンヤ君はどうしてアリス・マードッグに目を付けたの?」
「シュトラウスから聞いてません? 船を造るためだって」
「普通、造船に使う木材はフリーランスだと思うのだけど……」
「今回造る船は王様の娯楽船ですから」
「あら、陛下の……なるほどね。それなら納得だわ」
やけにすんなり納得したので詳しく聞くと、どうやら王様の無茶振りはけっこう有名な話らしい。特にバルトルード商会や王宮の重鎮たちにとっては日常茶飯事とも言えるんだとか。
そんな雑談を交えつつ、クヴォルではヒュパインを、そしてネハンではアリス・マードッグとアドルフ鉄鉱を仕入れる。
その際にニグレスとシルトで仕入れたミストと海真珠を売り払い、無事ニグレスに帰還した。
アリス・マードッグはともかく、アリフェレット海戦記では最安価の鉱石だったアドルフ鉄鉱が結構な値段だったのには驚いた。
それそのはずで、アリフェレット王国ではまだ鉱山が見つかっておらず、インパニス独立国の方もあまり採れないのが現状である。
因みにアリフェレット海戦記時代ではリリア鉄鉱が採れるようになっている。加工はしにくいが、酸化もしにくいのでアドルフ鉄鉱よりも長持ちなのが特徴だ。
「私としてはイーギス属国のアインハルト鉄鉱か、アズリア神州の兼次鉄鉱がオススメなんだけどね」
「……海路で頑張ります」
「お願いね」
さり気なくアーシスから他国の鉄鉱を要求されてしまった。
アインハルト鉄鉱は魔法耐性が高く、比較的安価な鉄鉱だ。イーギス属国では最もポピュラーな鉄鉱で、レストール群国の対魔法防壁にも使用されていた。
兼次鉄鉱は水よりも比重が小さく、造船の素材として使用可能というとんでもない鉄鉱だ。黒光りする重厚感に満ちた外見なので、服飾のワンポイントとして使うとかなり渋い。
「何と言うか、アーシスさんは失敗を疑うことを知らないんじゃないかって思う」
でもまぁ失敗するつもりは無いし、ここまでくれば後は設計図通りに造るだけだ。その後には北と東の海路開拓事業が待っている。
俺たちはアリス・マードッグを乗せたキャラバンを借りて、造船所へと進むのだった。
◆
長かった。本当にそう思う。この世界に来てから既に半年が経った。三ヶ月前に造船を開始し、ようやく完成したのだ。
命名、進水式、艤装、全てが完了して今、俺の目の前でその雄姿を見せてくれている。
「ようやく、本格的な海路開拓のスタートだな」
ヒュパインの入ったグラスを押し付けてくるアスパーに苦笑しつつ、俺は頷く。そう、ここからが本番なのだ。
今まではゲームで言うところのチュートリアルに過ぎない。ヒュパインをグイっと口の中へ流し込む。アルコール独特の苦みに思わず眉間に皺を寄せてしまった。
あまり酒を旨いとは感じない。俺の味覚がお子様状態なのか、それとも好みに合わないだけなのか。人は続けて呑んでいると慣れると言うが、俺にはそうは思えない。
「何にせよ、今は乾杯の時間だ。自分の船に見とれるのも良いが、お嬢を放っておくと後が怖いぜ」
「残念。もう遅いわ」
聞きなれた我がご主人様の声に、アスパーはあちゃ~、と自分の額を軽く叩いた。中々お茶目な反応をするヤツだ。
「でもまぁ、今日は見逃してあげる。ちゃんと結果は出したようだし」
「一先ずは、な。これからシュトラウスを利益で埋もれさせてやるさ」
「ふふ、あまり期待しないで待ってるわ」
ひとしきり笑った後、シュトラウスは口を開く。
「本当に頑張ったわね。正直な話ここまで来るのに最低でも、もう半年はかかると思っていたけれど」
「アスパーが居なけりゃもう半年じゃ済まなかっただろうな」
魔法使いというのは本当に数が少ない。もしあの時、アスパーが売れていたとしたらシュトラウスに愛想を尽かされて捨てられていた可能性もあるのだ。
連立法程式を刻んだ、この時代では初めての魔法戦艦。シュトラウスが言うには、まだどこの国にも法程式が刻まれた戦艦は存在していないらしい。
つまり、これは他国から大きなアドバンテージが取れたと言ってもいい。それを今後生かせるかどうかは俺次第か。
「そう言えばまだ聞いてなかったわね。この船の名前」
あぁ、まだ話してなかったっけと俺は思わず頬をかく。そう言えば俺とアスパーで勝手に決めちまったんだよなぁ……。
「ふふ、別に勝手に命名したことには怒ってないわよ。あなた達に全部任せてるんだし、文句は言わないわ」
「そりゃ良かった。まったく、ヒヤヒヤしたぜ」
アスパーは大げさな反応でおどけてみせる。しかし、一瞬後には既に冗談のような気配はない。
「それじゃ、俺たちのご主人様に発表の時間だな」
「あぁ、そうだな。この船の名は――」
前奏曲――俺たちの黎明を飾る魔法戦艦が後に他国を慄かせることとなる。
しかし今はまだ産声をあげたばかり。史上初の魔法戦艦として猛威を振るうのは、まだ先の話だ。