5.陸路貿易-前編-
後日、いよいよ造船に取り掛かろうという段階で一つの問題が発生した。
「それで、何の木材で造るんだ?」
「……あ」
設計図を基に、木屑を寄せ集めて模型を作るのとはワケが違う。勿論、半端なモノで造ろうものならすぐに欠陥が出てくるだろう。
しかし、このアリフェレット王国が保有する森の木材は非常に使いにくい。主に二種類の木材が採れるんだが、造船には適さない。
基本、時代が違おうとも種類までは変わらないはずだ。そうなると、陸続きの国であるインパニス独立国を頼るしかないのだが……。
「まさかミストで造るとは言わないよな?」
「すぐに沈むわ、そんな船!」
アリフェレット王国の主な木材その一、ミスト。これは論外と言わざるを得ない。
少し触れただけでボロボロと崩れ、柑橘系の匂いを振り撒く。当然ながら船に加工などできはしない。
そもそもミストは香料として用いるものだ。何かを造るための木材ではない。
「となれば、この国でまともな木となれば……フリーランスくらいか?」
「……そうなんだよなぁ」
アリフェレット王国の主な木材その二、フリーランス。ミストのように香りが強いわけではないし、触っただけで崩れる様な脆さでもない。
特徴が無いのが特徴とも言える究極の汎用木材だ。普通の一軒家を建てるのであれば、これ以上ないくらいに適している。
値段が安く、不快な臭いも無く、虫に強く、通気性も抜群。しかし、こだわりを持つ者から言わせればただの妥協素材だ。
この国で初めての帆船を、何の拘りも無く妥協するのはどうなんだ。国王が設計したと言うのなら、もう少しマシな木が欲しい。……我がご主人様に聞いてみるかな。
アスパーに少し席を外すと告げて、俺はシュトラウスの部屋へ走った。
「という事で、インパニス独立国から木材を輸入したいと思う!」
「部屋に入って来るなり、いきなり何よ?」
せっせと机に向かって書類を捌くシュトラウスはただ首をかしげるだけだった。前置きも無く木材が欲しいと言ったところで伝わるワケも無いか。
「この国で初めてのキャラ……帆船を、ただのフリーランスで造るのは勿体ないと思ってな。娯楽船とは言え、国王の案なんだろ?」
キャラックと言っても分からないだろうから、帆船に言い直したものの熱意は伝わったであろう。
それにこの船がバルトルード商会の顔にもなりうる。ならば出来る限りいい物を使わねば他国から笑われかねない。
「ふぅん。随分と入れ込んでるわね。まぁ結果を出すと断言したんだからこうじゃないと。……それで、何の木材を仕入れるの?」
「アリス・マードッグ」
アリフェレット海戦記において、使用木材は魔法戦艦の性能を決定付ける重要な要素だった。そしてインパニス独立国のアリス・マードッグはその中でも頭一つ抜きんでている。
その特徴は堅牢な防御力の一点。木造船の天敵とも言える火の魔法でさえ、アリス・マードッグを焼くことは困難な程だ。
アリフェレット海戦記をやった者なら誰もが知っている驚異の防御性能だ。それはアリフェレット海戦記時代においてインパニス独立国が保有する一つの魔法戦艦が証明している。
その名はアリスピュア。その字の如く、アリス・マードッグのみで組み上げられており、正面突破は不可能であると誰もが口にしたトラウマ戦艦である。
「……何でその名前を知ってるのかしら?」
「東方の知恵をナメてもらっちゃ困る。大抵の木材は頭の中に入ってるさ。そして、インパニス独立国で採れる木材の中ではアリス・マードッグが一番良いと判断した」
東方の知恵と言う名のゲーム知識なのは言うまでもない。プレイヤーとして、時にはゲームマスターとして、アリフェレット海戦記の設定は飽きるほどに読んでいる。
サプリを除いた六つの国で採れる木材など全て暗記している。そしてその知識は惜しげもなく使う。全てはこの世界に染まるためだ。
「けど、アリス・マードッグは高価よ。とても一隻の船を造れるだけの量は買えないわ」
「キールとプランク分だけでいいさ。甲板とかは別の木材を使う」
「……どこの部分よ?」
船の知識が無いのか、シュトラウスには伝わらなかった。娯楽船の設計図で船底の部分を指すと、納得したように言う。
「それなら予算内でいけるわね。それだけでも随分と豪勢だけど」
「残りの部分はグランローズで」
アリス・マードッグ程ではないにしろ、グランローズも中々魅力的な木材の一つだ。特筆すべき点は腐食耐性がやたらと高い。
それこそ十年やそこらの年月では手入れをしなくても新品同然の状態だと言う逸話まである程だ。当然使いたい。
「それは却下。予算オーバーよ」
しかし返ってきたのは無情の一言。
「どう見積もってもヴィクトリアが限界ね。アリス・マードックからワンランク下げるならグランローズも使えるのだけど……」
「……ヴィクトリア、だと?」
「アリフェレット王国の門外不出の木材よ。病魔祓いの神木なのだけれど、申請すれば使えるんじゃないかしら」
あれ、そんな木材あったか? 頭の中でアリフェレット海戦記の設定を思い出していると、一つこころあたりがあった。
確か海姫の乗っていた戦艦、マザー・フレンシェルドにアリフェレット王国の秘匿木材が使われていたとか何とか。まさかそれがヴィクトリアなのか?
「なら、それでいこう。フリーランスを使うよりは万倍マシだ」
病魔祓い、ということは疫病にも効果が期待できる。航海するにあたって、疫病発症はできるだけ避けたいことだからな。
魔法使いの負担もそうだが、何より人員が根こそぎ減る。下手すりゃ海の真ん中で船を動かせなくなり、そのままゲームオーバーという一連のコンボは初心者ならば誰もが通ると言っていい程だ。
「分かったわ。それじゃあ、これをよろしくね」
シュトラウスの笑顔と共に渡された一枚の書類。それは陸路貿易のルートが示されたアリフェレット王国とインパニス独立国の二国間地図だった。
つまり、我がご主人様は言っているのだ。お前が買って来いと。
◆
バルトルード商会の担当する二国間の陸路貿易ルートは主に四つの街で成り立っている。
まずは出発地点であるバルトルード商会本部がある王都ニグレス。次にクルト村の近くにあるシルト。
国境を跨いだ先にあるクヴォル。最後にインパニス独立国の王都ネハン。
この四つの街を往復して、ようやく一回の貿易が終わるのだ。
「頑張れよレンヤ」
「あっはっはっは、バカだなアスパー。お前も道連れに決まってるじゃないか」
他人事とばかりに気楽な言葉をかけてくるアスパーにイラついたので、コイツも連れて行くことが俺の中で決定した。
シュトラウスの許可もバッチリ取ってある。人手が多いにこしたことはないのだ。
まぁ、ともかく。アリフェレット海戦記時代における陸路の移動手段と言えば徒歩、それと馬車だ。
いくらなんでも馬車くらい、あるよな? シュトラウスから貿易担当者を聞いているので、尋ねれば分かる事か。
「インパニス貿易旅団長アーシス・フォルゲイ、ねぇ……」
気になるのはアーシス・フォルゲイという名前だ。確か、アリフェレット海戦記ではシュトラウス軍の参謀だったと伝えられている。
そしてその子孫であるルーフィア・ディル・フォルゲイがアリフェレット王国のNPCとして登場していた。
「……と、ここか」
シュトラウスの部屋から三分ほど歩いて、部屋に到着する。さて、どんな人物なのか。意を決してノックする。
どうぞ、と声がかかり、扉を開ける。椅子に座る女性が口を開いた。
「こんにちは。シュトラから話は聞いてるわ。インパニス貿易旅団に参加するのよね?」
「まぁ、この一回だけですが」
会釈してみせると、アーシスさんはクスリと笑む。
「先ずは自己紹介ね。私はアーシス・フォルゲイ。肩書はインパニス貿易旅団長」
「レンヤ・イガラシ。肩書は専属奴隷だ」
アーシスさんの真似をしてみせるが、要はただの奴隷である。
「ふふ、想像以上に愉快な人ね。ところでもう一人参加するって聞いてるけど……」
「あぁ、アスパーならシュトラウスから資料を貰ってから来る筈……」
そう言いかけたところでノックの音が聞こえてきた。どうやら丁度来たみたいだ。
アーシスさんがどうぞ、と声をかけると見慣れた金髪の優男が顔を出す。
「おぉ、美人」
まぁ、確かにそう言いたくなるのも分かる。艶やかな水色のショートボブに、翡翠の双眸。どことなく幼さを感じさせる丸顔で、どの部分も高水準で纏まっている。
だがあえて言わせて貰おう。というか、言わねばなるまい。
「第一声が最悪だな」
言いたくなる気持ちは理解できるが、それとこれとは別問題だ。ナンパしに来たんじゃないんだぞ。
「随分と個性的ね」
「無理に言葉を見つけようとしないでいいです」
まぁ、おふざけはここまでだ。アスパーから資料を貰い、貿易旅団の現状を確認する。
旅団員は全部で二十名。そして、馬車を使用しているとの記載があり安堵の息を吐く。
一安心したところで詳細を確認することにする。
「馬車の編成は?」
「キャラバンが十両。その内物資用が二両ね」
「基本は一つのキャラバンに二人って感じかな」
結構少数精鋭っぽいな。現実だと無理そうだ。さすがファンタジーと言ったところだろう。
「出発は二日後だけど、いいわね?」
「えぇ、それまでにこの資料の内容を覚えておきます」
今日はとりあえずの顔合わせだ。これで目的は達した。そう考えた俺はアスパーと共に退室した。
アリフェレット海戦記でも陸路を使ったことなど無い。まさに未知の体験だ。
これはこれでアリかもな、と小さく呟いて自分の部屋に戻る。段々と世界に染まっているという実感が湧いてきたのだった。