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アリフェレット異海譚  作者: 水炊き半兵衛
Ep0:英雄への前奏曲
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4.法程式

 奴隷市場からアスパーを買い、シュトラウスに紹介し、今は本部の近くにある海岸に来ている。


「そもそも、レンヤは法程式ってのを理解してるのか?」

「詳しくは知らないな」


 ゲーム内でもそこまで詳しく描写はされていなかった。魔法の効果を可視化した記号。それが、ゲーム内で語られていた法程式の詳細だった。


「例えば……そうだな。これが"湧水"の法程式なんだが……」


 空中に指を滑られて、魔力で文字を書いていく。

 A.C/5――瞬間、地面に大きな水溜まりができた。実際に見ると突拍子もないな。


「A.C/5ねぇ……。それぞれの意味は?」

「さぁ」

「え?」

「分からないんだよ。そもそも法則すら不明だ。正しい文字を刻めば魔法が発動するんだ」


 つまり、魔法は暗記しろってことなのか。


「普通に魔法を使う場合、法程式を刻む場所は自分の意識の中だ。さっきはそれを無理やり可視化させたから、魔法が不安定だっただろ?」

「いきなり水溜まりが出来たもんな」


 水が落ちる音すらしなかったのだ。刻む場所が違えば、微妙に魔法の制御に狂いが生じるとアスパーは付け足す。


「それで、これが……」


 A.C/5=KL:J=/.5Z

 先程の飲み水の法程式に何かの法程式を繋げていく。アスパーは書き終わると一息つく。


「法程式の法則、と言えるのかどうかは微妙だが……一つ分かっていることがある」


 ふよふよと浮かぶ文字の内、二つの"="に丸印を書き加える。


「これは三つの魔法を組み合わせた連立法程式だ。その際、法程式の終りに"="を加えると異なる法程式を組み合わせることができる」

「なるほどな。最大幾つまで組み合わせられるんだ?」

「三つだ。これが限界だな」


 アスパーは指を鳴らして文字を霧散させる。


「こんなところか。何か質問あるか?」

「さっきの連立法程式だが、何の魔法を組み合わせたんだ?」

「"湧水"と"治癒"と"解呪"の三つだ。組み合わせて"女神の雫"という魔法になる」


 そう言えばアリフェレット海戦記でも"女神の雫"はかなり重要なアイテムだったな。喉を潤し、怪我を治し、疫病を祓う。

 魔法使いが仲間にならない序盤、魔法使いを温存したい中盤、物量で攻めて魔法使いが不足した終盤と最初から最後まで大活躍だ。

 疫病を『祓う』ってのも妙な話ではあるが、アリフェレット海戦記において疫病は呪い扱いだ。仕様と言えばそれまで。

 寧ろ"女神の雫"が魔法ということに驚きを隠せない。でもまぁ今の時代は魔法使いが軽視されているようだったし、魔法製品が普及していないと考えれば分からなくもないか。


「それで、船に法程式を刻むって話だが……」


 アスパーにある程度魔法について語ってもらったところで、本題を向こうから切り出してきた。


「そこにあるだろ」

「……おもちゃしか無いぞ」


 設計図を基にそこらへんの木屑で作った、大量のイカダの模型を見てアスパーは疲れたように呟く。稚拙な造りだが、練習用としては十分だろう。


「実際どれくらい失敗するか分からないからな。質なんか気にしてられるかよ」

「随分と器用なんだな、お前」


 暇な時にプラモデルを作ってたから、とは言えない。最近のプラモデルはパーツが細かすぎて、やっている内に自然とだな……それに塗装をするにも一苦労で……。


「ま、まぁとにかく! 試行錯誤してみようか!」


 内心の言い訳がましい雑念をかき消すべく、俺は不自然に大きな声を張り上げてしまった。

 さて、上手く刻めるといいんだが。



 A.C/5=KL:J=/.5Zの連立法程式を刻む事十数回。刻むだけならばあまり魔力を必要としないらしく、休憩無しで黙々と作業を続けている。

 しかし結果は出ていない。最初の数回でコツを掴んだらしく、刻むことに関しては問題ない。

 問題なのは、連立法程式が定着しない事だ。


「クソッ! 刻み方は合ってる筈なんだがなぁ……!」


 アスパーの手の中で、模型に刻んだ連立法程式が消えていく。何が問題なのか、それが分からなければ先には進めない。


「とりあえず休憩しようか」

「そうすっか」


 持参した水筒を傾け、喉を潤す。アスパーもタバコに火をつけて、紫煙をくゆらせている。

 そろそろ日が暮れる頃。後少しだけ粘ってみて、ダメならまた明日だな。


「刻む方法は多分間違ってない。けどなぁ……何で消えるんだ?」

「モノに法程式を刻むのは無茶だったか?」

「無茶……ってことはねぇだろ。失敗続きじゃ説得力は無いだろうがな」


 因みに普通の法程式の定着は成功している。だが、A.C/5=KL:J=/.5ZとA.C/5、KL:J、/.5Zじゃ意味が異なってくるのだ。

 前者だと"女神の雫"を作り出す魔法となるが、後者は"湧水"、"治癒"、"解呪"の魔法が別途で発動する。

 それに、何個も方程式を刻みこんでも別々の魔法を同時に使うことはできない。

 A.C/5、KL:J、/.5Zと刻んだとしても結局は"女神の雫"は手に入らない。飲み水を確保するか、怪我を治すか、疫病を祓うかの三択だ。

 だからこそ何としてでも連立法程式を刻みたい。刻めなければ、魔法戦艦など夢のまた夢だ。


「刻んだ複数の法程式は、同時に発動できない。……まさか新しい法則が見つかるとは思ってなかった」

「試した事無かったのかよ」

「自分の意識には一つしか刻めないしな」


 これも法則と言えば法則か、とアスパーは呑気に呟く。


「だが実際問題、本命は連立法程式だ。この分じゃ結構時間がかかりそうだな」

「まぁ、そんなポンポンと進むとは思ってないよ」


 新しい技術の開発には相応の時間が必要だ。そんな簡単に出来るなら、誰でもやってるだろう。


「一応、定着しなくても使えはするが……」


 模型にA.C/5=KL:J=/.5Zを刻み、その連立法程式が消える前に魔力を込めて発動させる。すると、模型から光り輝く水が滴り落ちる。

 確かに使えているようだが、必要になる度に刻んでたら面倒この上ないぞ。


「二人とも顰め面で何の話かしら?」

「うぉっ!?」

「よぉシュトラウス。仕事はもういいのか?」


 いつの間にか海岸に来ていたご主人様ことシュトラウスが話に割り込んでくる。気付いてなかったアスパーは素っ頓狂な声をあげている。


「一段落したから気分転換よ。それで、魔法は刻めたのかしら?」

「あぁ、それが……」


 とりあえず今までの試行錯誤の成果を報告しておく。刻む方法を見つけたこと。法程式は定着するが、連立法程式は定着しないこと。複数の法程式を刻んだとしても、同時に発動させるのは無理だということ。

 俺の報告を黙って聞いていたシュトラウスは、アスパーへ質問する。


「ねぇアスパー。どうやって魔力で文字を書くの?」

「あぁ。指先からインクが出てるイメージで、かな。こればっかりは魔法の才能が無いとなぁ」

「そう。なら『溝に魔力を流し込む』ことは可能かしら?」

「そりゃあ出来るだろうが……」


 アスパーはシュトラウスの質問の意図が分からず首をかしげている。因みに俺も分からない。男二人の困惑をよそに、シュトラウスは満足そうに一つ頷く。


「じゃあ、刻む予定の法程式を教えて」

「あぁ、分かった」


 アスパーは訝りながらも空中に指を滑らせる。A.C/5=KL:J=/.5Zと書いたところで、シュトラウスはその文字を紙に写している。

 そして徐に模型を一つ拾い上げて、懐からペーパーナイフを取り出す。


「おい、何する気だ?」

「まぁ見てなさい」


 クスリと自信満々に笑みを作り、ペーパーナイフでガリガリと模型に傷をつけていく。


「はい。ここに魔力を流してみて」

「……この傷にか?」


 慎重にアスパーが魔力を注ぎ込むと、模型から光り輝く水が滴り始めた。


「……」

「……」


 黙る二人の男に笑う女。夕暮れ近い海岸に奇妙な構図が出来上がった。傍から見れば近寄りたくない光景に違いない。


「さて、説明が必要かしら?」


 当たり前だ、と俺とアスパーが言う。あれだけやっても定着しなかった連立法程式が定着したのだ。

 本当なら既に連立法程式が消えている頃合いだ。しかし、依然として模型からは聖水が滴り落ちている。


「とは言っても、説明するほど大層なことじゃないわよ」


 そう前置きしてから、たった一言。


「文字通り、このナイフで連立法程式を刻んだのよ」

「……つまり、アレか? このお嬢、連立法程式の形をした傷を作ったってことなのか?」


 連立法程式は別種の法程式を無理やり繋げたものだ。普通に魔力で刻むだけならば不安定だったのだろう。

 けれど、連立法程式を象った溝ならばそれはただの変な形をした溝であって、連立法程式とは認識されないってことか。


「俺たち、何のためにこの海岸で何時間も試してたんだろうな?」

「言うなよアスパー。悲しくなるから」


 必死に対策を考えていたのに、我がご主人様がおいしいところを持っていきましたってのは本当に、あれだ。やるせない。


「別にいいじゃない。これでようやく本格的に造船できるわね」

「……この設計図でか?」


 帆船ですらないイカダの設計図を懐から取り出す。いくら法程式を刻んでも、元がこれじゃあすぐに沈みそうだ。

 それに、倉庫が無くてどうやって物資や積荷を保存するというのか。雨風に晒すとか冗談でも笑えない。


「それは一般の漁船の設計図よ」

「これが一般の漁船って時点で終わってるわ」


 こんな手漕ぎのイカダが一般的な漁船とか他国に笑われるぞ、おい。


「そしてこれがアリフェレット国王の娯楽船の設計図で――」

「お嬢。それ機密なんじゃあ……」


 呆れるアスパーにシュトラウスは細かいことは気にしない、とのたまう。細かくない。


「いいじゃないの。許可は取ってあるんだから。これを機にこの娯楽船を広めるんですって」

「……つか、娯楽船って何だよ?」


 王様が娯楽に使う船なのか、それとも王様が娯楽で作った船なのか。前者なら屋敷船みたいなモンだろうし、後者なら果たして当たりか地雷か。


「娯楽船ってのはね、丁度こういうものよ」


 そう言ってシュトラウスは俺の作ったイカダの模型を指さす。


「言ってしまえば造る船の原型プロトタイプね。国王様が言うには漕がなくても進む船だそうよ」

「へぇ、そりゃ楽しみだ」


 未だ見ぬ国王様だが、今は感謝したい気分だ。漕がなくても進むってことは、帆船の可能性が高い。

 まさか一つ飛んで蒸気船は無いだろう。魔力が動力の蒸気船モドキという可能性もあるにはあるが。


「はい。まぁ、見てみなさい」


 シュトラウスから娯楽船の設計図を貰う。丸められたそれを広げると、真っ先に目に飛び込んできたのは帆船のイラストだった。

 マスト三本で全てが横帆だが、この形はどう見てもキャラック船だった。


「イカダから随分と進歩してしまったな」


 十六世紀にガレオン船が開発され、廃れたが俺は大好きだ。あの丸っこいフォルムが最高だ。


「この設計図、借りていいんだよな?」

「結果を出せるのね?」

「勿論だ! 今度はヘマはしない」


 よし、テンションが上がってきた!

 これなら最初の魔法戦艦としてはかなり良い出来になるだろう。イカダに比べたらそれこそ月とスッポンだ。

 早速準備に取り掛かろうとしたら、シュトラウスに止められてしまった。

 そう言えば、今はもう夕刻でしたね。テンションが上がり過ぎて時間すら忘れていたようだ。

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