33.死者の爪痕-後編-
ジェラルド・センバー・オニキスは憤慨する。アドラーとの戦いに水を差され、クラーケン達は徐々にその数を減らし、あげく二人の人外によってその身を脅かされているのだ。
「何故だッ! 何故こうも邪魔が入るのだ!? 俺は――俺はイーギス公爵なのだぞ!」
「見覚えが無い」
元イーギス女王のルナがばっさり切り捨てる。そもそもルナが統治していた時代にはオニキスなど生まれている筈も無いので当然ではある。
「とは言え、魔物がイーギス公爵を騙るのは問題」
「イーギスの恥は身内で処理させてもらおうか」
元イーギスの関係者だけあって、今回の醜聞は見逃せないものだ。だが、そんな彼女らの言動に腹を立てるのはオニキス。
「何と言う……何と言う物言いかッ! 貴様らには貴族を――公爵たる俺を敬うと言う気持ちが足りぬようだ」
あまりにもふざけたオニキスの言葉に二人はもう口すら動かなかった。人間の時であればまだマシな対応であっただろうが、今はただの魔物でしかない。
「魔物に何を説こうと無駄でしかない、か。では、早々に終わらせようか」
叫喚の一族から見繕った配下は今この場にいない。他の魔法戦艦をサポートさせているためだ。そもそもアリスピュアに乗っていた者は四人と最低限の水夫のみだ。
「教育してやろう!」
オニキスが吼える。指笛を鳴らそうとするが、それを許すほど二人は甘くない。
「絡まれ」
大樹の根を操り、オニキスを拘束する。ついでとばかりに骨を砕く勢いだ。容赦がない。
「ぐううゥゥ――ッ! だ、だがまだ近くには大量のクラーケンが!」
「ルナ、見せてやれ」
「えぇ、リリア」
根を伸ばし、拘束したまま空中へと持ち上げる。よく見えることだろう。クラーケン達が次々と沈められていく光景が。
「ば、ばかな……!?」
クラーケンはイーギス船団ですら手も足も出ない魔物だ。災害と言ってもいい。そんな怪物の群れをたった六隻の船で倒す。今までの常識では考えられないことであった。
「生前の常識が仇となったな。クラーケンだけでなく、シーサーペントでもあの船は沈まないだろう」
リリアの言葉には一切の誇張は無い。魔法戦艦は事実それだけの戦力を有している。海の魔物では太刀打ちできないだろう。
「お、俺は、イーギス公爵……」
伸びた根が元に戻る頃にはすっかり大人しくなっていた。
魔物化したジェラルド・センバー・オニキスは魔物を操る力に長けていた。しかし個人で戦う分にはそれほど強くは無い。
実際、アドラーの魔法が的を絞る事さえできていればあっさりと決着しただろう。アドラーの勝利によって。
つまるところ、オニキスが今までアドラーと争う事が出来たのは単なる相性の問題だ。どっちも広範囲の攻撃しかできないがために決定打といえるモノが存在しなかったから。
「国一つを滅ぼした魔物の最期としてはあっけないが、まぁ終わりはそんなものだろうな」
オニキスの頭を無造作に掴んだリリアは宣告する。
「また甦られても迷惑だ。"隷属"――そのまま大樹の養分になってしまえ」
オニキスの目を見ながら魔法を唱える。"隷属"。対象を意のままに操る魔法だ。あまりにも危険なため失伝しているものの、叫喚の一族であれば誰でも使える。異端者として国を追われた原因の一つでもある。
「ルナ、埋めろ」
リリアの言葉に頷いたルナは"隷属"されたオニキスを拘束したまま大樹の根を地中へと埋める。これから長い年月をかけて大樹がオニキスを養分として吸い上げるだろう。
「片付いたのぅ」
傍観していたアインハルトが呟く。インパニスが崩壊した大惨事が幕を閉じた瞬間である。ただ、民と国家元首がほぼ死に絶えてしまい国として再興するのは現状不可能だろう。
生き残っているのは運のいい極一部の人と、レストールにいたピグリーくらいだ。
「今後の事を考えると頭が痛いな」
「同感」
アインハルトと似たような結論になるあたり、さすがは親子と言ったところか。当のアインハルトはただ苦笑するだけだった。
次でエピローグです。もう少しだけお付き合いください。




