表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリフェレット異海譚  作者: 水炊き半兵衛
Ep0:英雄への前奏曲
3/34

3.エルフの魔法使いアスパー

 この時代、アリフェレット王国はアズリア帝国やレストール群国と比べると明らかに劣っていた。

 その理由の主な原因として、海軍を持っていなかった事が真っ先に挙げられる。

 広大なレミニス海を挟んだ南の二大国家に対する抑止力が皆無であり、いずれどちらかに攻め滅ぼされる危険があった。

 その危機が去ったのは、かの英雄シュトラウス・フェン・バルトルードが海路を開拓したのが始まりとされる。

 しかし、後年に見つかった彼女の手記から一つの真実が明かされる。

 アリフェレット王国の海路開拓に最も尽力した者として、欠かすことの出来ない最も頼もしい相棒であるという言葉と共に、一人の男の名前が記されていた。

 レンヤ・イガラシ――海姫に最も信頼され、愛された東方の男の名が。



 駄目だこりゃ。シュトラウスの奴隷となって早数日。バルトルード商会本部の一室を与えられ、とりあえず船の設計図を見ているのだが……。


「いい加減過ぎるだろ。造船以前の問題だ」


 ゲーム内では大昔の英雄だとされていた海姫シュトラウスが少女であることを考えると、少なく見積もっても百年以上は前だろう。それに関してはまぁ、この際置いておくとして。

 しかし、仮にも王国直属の商会が用意した設計図がまさかのイカダとは冗談にも程がある。もっとさ、他に無かったのか? 

 漁船はイカダだと聞いていたが、まさかこれしかまともな船が無い、とか? この調子だと普通に帆船を造るだけで何年もかかりそうな勢いだ。


「魔法戦艦として見ても弱すぎて使えないし、いっそ一から設計した方が早いんじゃないか?」


 魔法戦艦は単騎無双の不沈艦である。アリフェレット海戦記ではそう謳われるほど、海での戦力として頼りになる存在だった。

 十重二十重もの連立法程式を刻み、あらゆる攻撃を弾き、あらゆる防御を砕く。現に、ゲーム内における最大国家であったアズリア帝国の保有する三つの魔法戦艦のみで、小国であれば三つ束ねてかかろうとも一方的に蹂躙されるのだ。

 それに今は魔法戦艦の価値がアリフェレット海戦記の時代よりも遥かに高いはずだ。単騎無双どころか、一つ有るだけで世界征服も夢ではないだろう。

 勿論、アリフェレット海戦記時代の魔法戦艦を再現できればという前提ありきの話だが。


「とにかくイカダから帆船に進化させるべきだな。いや、せっかく魔法があるんだし一気に魔力を動力源としたほうがいいか?」


 そうなると必然的に魔法使いが何人も必要になってくる。動力源としては勿論だが、飲み水の確保や疫病対策、怪我の治療などあらゆる場面で魔法使いは需要がある。そして需要に供給が追い付いていないので人件費がべらぼうに高い。

 魔法があるせいで医学や技術が発達していないのだ。何とかして魔法使いの負担を減らし、どれだけ魔法使いの雇用人数を減らせるかが今後の課題になりそうだ。


「ゲームのように造船所に行って、船を選んで金払って出来上がり……ってワケにはいかないしな」


 まぁ、まずはこの設計図で何とかやってやろうじゃないか。ついでに法程式を刻む練習として魔法使いも一人雇おう。丁度一人、アテもあることだしな。

 

「売られてなければいいけどなぁ」


 大丈夫だろう。根拠は無いが、何故か確かな自信としてそう感じていた。

 部屋を出て、階段を上って二階の奥にある扉をノックする。


「どうぞ」


 許しが出たので失礼、と一言告げて入室する。正面には書類を読みながら必死に筆でサインを書くシュトラウスの姿があった。


「要件は何?」

「船についてだ」


 そう言うとシュトラウスは手を止めて、ルビーの輝きを彷彿とさせる双眸に俺を映す。その顔には好奇の色が浮かんでいる。何か進展があったのか、とでも言いたげな顔だ。


「実際に造るとしても人手が足りない。魔法使いを奴隷市場で買いたいんだが……」

「何で真っ先に魔法使いが出てくるのかしら?」

「当たり前だろう。船に法程式を刻むんだから」

「は?」

「え?」


 船に法程式を刻む。俺がそう言った瞬間に、シュトラウスは間抜け面を晒した。

 何だ一体。俺、何か間違ったこと言ったか。


「刻めるの?」

「……それを試したいから魔法使いを買うんだよ」


 どうやらこの時代、無機物に法程式を刻む技術も無いらしい。

 待て待て、それは予想外だぞ。船に法程式を刻む技術は無くて当然かもしれないが、剣とか鎧のような無機物に刻む技術すら確立されてないと言うのか。

 法程式を刻む。俺はそれが当たり前すぎて、そんな技術が存在しないという可能性を消していた。


「いいわ。好きにしなさい」


 シュトラウスはそう言うと、俺に一枚の書類を手渡す。そこには奴隷売買許可証と書かれている。

 つまり、これを持ってシュトラウスの代わりに買って来いと。


「奴隷じゃ奴隷は買えないしね」

「確かにそうだ。……ところで何万まで出していいんだ?」

「あら、どうやら私の話を何も聞いてないようね」


 勝気の笑顔を振り撒いて、シュトラウスは静かに告げる。


「優秀な人材に、出し惜しみは無しよ」


 成る程。なら、俺はその期待に答えなくてはならないだろう。

 世界に染まれ。あぁ、やってやるよ。俺は今、シュトラウスの奴隷なのだから。


「了解、結果を楽しみにしててくれ」

「えぇ、勿論。期待してるわ」


 シュトラウスの言葉を背に受け、俺は彼女の部屋を後にした。



「あ~あ、暇だねぇ」


 アスパー・リガレットは檻の中でただ売られる時を待っていた。

 自分から声をかける事はしない。どうせなら一生檻の中でも、と呟くときもある。

 面白くないのだ。世界が。エルフとして生を受け、隠れ里を飛び出して自分の力である魔法を極めんと高みを目指した。

 だが、それだけだった。どれだけ魔法の腕を磨こうと、他の種族の間では魔法の有無など関係がなかったのだ。

 魔法で水を出すのと、井戸で水を汲むのでは何が違うんだ?

 ある日、とあるドワーフからそう質問されて言葉に詰まったことがあった。

 魔法は便利だが、それだけだ。わざわざ面倒な法程式を暗記せずとも生きていける。


「くそ、つまらんねぇな」


 奴隷商人から与えられたタバコをふかし、性奴隷の頃を思い出す。

 あの時は物凄い美人に買われたことを神に感謝した。相変わらず魔法には見向きもされなかったが、美女の性奴隷という一点だけで、まぁいいかとも思った。

 だが閨を共にした時、希望は絶望に反転した。股の間に反り立つブツを見て思わず悲鳴をあげたものだ。

 それ以来、性奴隷としてではなく労働奴隷として生きる事を誓ったのだった。


「……どうせなら楽しく生きたかったんだがな」


 奴隷商人に引き取ってもらったのは何故だっただろうか。確か、そう、疲れたからだ。

 二年間の旅の果て、魔法の高みを目指すと決めた心は摩耗し、奴隷になったのだ。

 見た目がいいと性奴隷として並べられ、男に掘られ、今は労働奴隷。何だ、つまらん生き方をしたものだ。


「アスパーさん、お客様ですよ」


 ついに来たか、とタバコの火を消して生唾を吐き捨てる。今度は一体どんな買い主か。どうせなら前のようななんちゃって美女ではなく、性別がちゃんとした女であって欲しいな。

 下らない事を考えながら奴隷商人の後を付いて行くと、商館の中へと通される。あれ、と内心で首をかしげる。しかし担当の商人の前に座っている男を見て、咄嗟に口が動いた。


「レンヤ!?」

「よぉ、アスパー。まだ売れ残ってて良かったよ」


 一日だけ同じ檻で過ごした奴隷。それがレンヤに対する印象だった。東方の人間にありがちな黒い短髪。よくよく見れば目も黒かった。

 それ以外は特徴のない男。顔も十人並みで、体型も細すぎず太すぎず。正直、あまり印象に残らないだろう。

 けど、何で奴隷の身分で商館で奴隷を買えるんだ? そんな疑問はレンヤが出したバルトルード商会の奴隷売買許可証を提示したことにより解決した。


「アスパー。確かお前魔法使いって言ったよな?」

「あぁ、そうだ」


 何だ、お前もバカにするのか。魔法使いと名乗った時の反応は、どこであっても、誰であっても芳しくなかった。

 笑われ、侮られ、後ろ指をさされ、距離を置かれ……例を挙げればキリがない。

 だから、その後に続いたレンヤの言葉に思考が停止した。


「なら、当然法程式も刻めるよな?」

「……っ!?」


 まるで頭を金槌で殴られたような衝撃だった。頭が真っ白になりながらも自覚する。再び、魔法を極めようと身体が疼き出すのを。

 気が付けば、レンヤに金額の倍である十二万で買われていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ