28.異変の幕開け
「魔物の活性化?」
リリアは渡された資料を見て怪訝な色を混ぜる。ここ最近、国が倒れた後処理が落ち着いてきたばかりだと言うのに更なる厄介事が降ってきたのだ。
「ふむ。クラーケン、ポセイドン……それにシーサーペントとは、随分と物騒な顔ぶれじゃな」
アインハルト卿が呟いた通り。活性化を受けていると思しき魔物の名はいずれも大物ばかり。
一匹で千の軍勢にも匹敵すると言われる怪物である。
「アインハルト卿の前ではとても言い辛いのですが……既にイーギス自治領にも被害が出ています」
「アズリア自治領も同じく。このまま野放しにはできないだろう」
インパニス独立国のピグリー・フラミス男爵とクロンガルダが現状を報告する。現時点で被害を受けているのは二国だが、放っておけばたちまち拡大するだろう。
「そして原因は不明、ですか。どうやら神様は私たちがお嫌いのようですね」
ティリアスが冗談めかして言う。圧政に反旗を翻し、落ち着いたと思えば魔物の活性化。
落ち着く時間など無いとばかりに立て続けに事件が起こってしまえば、ティリアスの言葉も頷けよう。
「始祖様の方からは何かありませんか?」
「いや、私からは特にない。アリフェレット王国にまだ被害は出ていないようだが、イーギス自治領が襲われた以上油断はできまい」
ピグリーがリリアを始祖様と呼ぶ理由はフラミスの起源にある。
フラミスは魔の血族。現在でも残っている数少ない家系の一つで、閉鎖的な東方や五つの部族で構成されていた旧レストール以外の各国に散らばっている。
そしてフラミスはリリアの母方の姓であるので、広義の意味合いで言えば先祖ということになる。
現存する最古のフラミスの血族。ゆえにピグリーは彼女を始祖様と呼ぶのだ。
もっともそう呼ぶのは彼のみであり、クロンガルダは普通に名前で呼んでいる。
「だが実際のところ、魔物に従来の魔法は殆ど"散らされて"しまう。未だ魔法戦艦はアリフェレットの専売であるし、対抗策もアリフェレット主導になるか」
アズリア神州の代表者、神谷博之は懸念事項を口にする。
海に住む魔物には何故か魔法が通じにくい。頑強な皮膚は生半可な武器では傷一つ付かず、また魔法の威力を減衰させる。
その原理は未だ解明されておらず、唯一魔法戦艦の大砲が有効であるということしか分かっていない。
「そして、現在魔法戦艦が在沖していない場所は……」
「南の二つ。それとイーギスとインパニスの四ヶ所と言ったところか」
そもそも魔法戦艦自体、この時代にとって先進的過ぎる代物だ。レンヤはアリフェレット海戦記で幾度となく魔法戦艦に触れているからさほど違和感などないだろうが、他の者にとってはそうではない。
あれはこの世のものなのか。民草の中にはそう考える者も少なからずいる。海の魔物を船で倒そうなど、夢物語なのだ。
魔物とは人々の恐怖そのものだ。出会えば呑まれ、生きては還れない。天災と言ってもいい。それに抗えると言うのだから、いかに魔法戦艦が強大か理解できるだろう。
「いざともなれば、国喰卿に出てきてもらうしかなさそうだ」
「そう言えば、ここにいる殆どの者が国喰卿をご存知でしたな」
神谷とピグリーが彼を持ち出す。世界規模で結ばれたかつてないほど巨大な貿易網。それをほぼ独占し、次々と商会を配下へ加えていく様は侵略そのもの。
一部では金の魔王などと呼ばれ始めているが、ここにいる皆は彼に対して悪感情は抱いていない。
「あまり彼の前で国喰卿などと言ってはいけない。不貞腐れてしまうからな」
「反応が面白くてついからかってしまうんですよねぇ」
リリアとティリアスが笑いながら言う。それにアインハルトも乗じる形で口を開いた。
「あやつはアレで、中々情熱的な男じゃからのう。偉業を成した者ではあるが、それ以上に不思議と魅力がある」
人を惹き寄せると言うのか。彼の言動や物腰に好印象を持ち、いつのまにか彼の力になりたいとさえ思わせる。
何も知らぬ者はカリスマと言うが、あれはそういう類のものではないだろう。それはどちらかと言えば彼の妻であるシュトラウスの領分だ。
「英雄は孤独と御伽話に綴られるが、レンヤはそういうモノとは無縁だろうな」
騙し討ちとも言えるカタチで協力を取り付けたクロンガルダが評する。
裏なく人が好いのだろう。商人に向いているとは口が裂けても言えないが、だからこそ好まれ、信用と信頼を勝ち取るのだろう。
「レンヤに助けてばかりでは情けない。ここは一つ、我々で何とかしてやろうじゃないか」
最後にリリアがそう締める。そう、今まで散々助けてもらったのだ。だから今度は自分たちが自立する番だ。
おんぶにだっこでは情けないにも程がある。それはこの場の誰もが思っていることだった。




