26.国喰卿レンヤ・イガラシ
アリフェレット王国のイガラシ公爵家と言えば誰もが恐れ慄く。海路貿易を成功させ、世界初の魔法戦艦を造り上げ、更には他国と貿易網を敷いたその手腕は化け物染みていると言えよう。
長生きしたければイガラシ家に逆らうな。新興貴族ではあるが公爵位を冠されたのだ。それにイガラシ家はバルトルード家が懇意にしている。逆らえるはずがないだろう。
御伽話のように語られる男、レンヤ・イガラシとは果たしてどのような人物であろうか。――彼曰く、好奇心は猫どころか虎をも喰い殺すとのことだが気になるもにはしょうがない。
誰も触れない彼の素顔を少し覗いてみようと思う。
◆バルトルード商会インパニス貿易旅団長アーシス・フォルゲイ◆
――こんにちは、今日はよろしくお願いします。
「はい。とは言え、私はあまり詳しいわけではありませんが」
――いえいえ。どんなことでもいいのです。早速ですがレンヤ・イガラシとは一体どのような人物なのでしょう?
「そうですね。一言で言えば礼儀正しい好青年……でしょうか」
――好青年、ですか?
「あら、何やら納得できないと言いたそうな顔ですね」
――無礼を承知でお聞きします。彼に関する噂の数々をご存じでしょうか?
「北方を纏め上げ、南を征服したという話でしたね」
――はい、その通りです。そのような人物が好青年だと聞いても、その……。
「確かにそうでしょうが、あくまで私の印象です。昨日彼と話しましたが、初めて会った頃から変わっていませんでしたよ」
――初めてお会いしたのは陸路貿易の時ですか?
「ええ。海路を拓くための船を造るため、木材を買うのだとおっしゃってました」
――成る程。因みに何の木材を?
「それは秘密です。ですが、あまり知られていない木材とだけ」
――企業秘密ということですか。それならばあまり深くは聞きません。
「そうしていただけると嬉しいです」
――そう言えばアーシスさん。レンヤ・イガラシと昨日会ったとのことですが……。
「食事に誘われました」
――へ?
「東方の手料理を食べさせてくれるんです。私とシュトラウス様とでご馳走になってました」
――り、料理? あのレンヤ・イガラシが、料理?
「味噌や醤油といった東方独自の調味料がお好きらしく、時々食べたくなると話されてましたね」
――つ、ついでにお聞きしますがレンヤ・イガラシは東方の出なのですか?
「えぇ。農民だったそうですよ」
――農民? あの、"国喰卿"が農民?
「はい。あの噂を聞いた後では想像できないでしょうが」
◆国家群評議会都市レストール所属イーギス自治領代表"死の杖"アインハルト◆
――小耳に挟んだのですが、アインハルト卿はレンヤ・イガラシと親しいとのことですが?
「さてな。儂はあやつのことなど……それこそアーシスの御嬢さん程も知らぬしのぅ」
――アインハルト卿は彼と共闘したとか。
「あれを共闘と呼ぶのは聊かばかり問題があるのぅ。我らイーギスの者は正直言って足手まといじゃったし」
――"死の杖"の名を欲しいがままにするアインハルト卿が足手まとい、ですか?
「左様。あやつはとにかく敵に対しては容赦がない。その分、身内には甘い男ではあるがの」
――イーギスの船団を一網打尽にしたとか。
「物は良いようじゃの。一網打尽など生温い。あれは虐殺じゃ」
――虐殺……?
「うむ。オニキスが率いておった船団が荼毘に付されながら踊っておったわ。地獄があるとすればあのような光景じゃろうて」
――さすがは"国喰卿"……やはり噂は本当なのですね。
「しかしな。あやつは本来噂に聞くような冷血漢ではない。言ったように身内には甘いのじゃよ」
――身内ですか。
「友人であったり、恋人であったり。ともかく普段のあやつは穏やかな人物であることは間違いない」
――え? "国喰卿"には恋人がおられるのですか?
「バルトルード家の一人娘じゃよ。シュトラウス・フェン・バルトルード。ここだけの話、あやつはバルトルードの娘と添い遂げるために南の二国を手土産に凱旋したのじゃよ」
――は? え? いや、あの、え? ええええぇぇぇっ!?
「かっかっか。中々情熱的な男じゃろう? 何ならあやつの話も聞いてみるかの?」
――い、いえ! 結構です! 今日は貴重なお話をありがとうございました!!
◆
「……何だこれ?」
「色々噂になってるわよ。イガラシ公爵閣下?」
「閣下とか言わんでくれよシュトラウス」
最近発行された新聞の記事を見て、俺は思わず呟いてしまった。
つかあの爺さん何勝手なこと言ってんだ。ちょっとしたお茶目ってレベルじゃねえぞ。
「このアインハルト卿の言葉だけを見ると、俺がシュトラウスのために何でもやる男みたいに思われそうで嫌だな」
「事実でしょう? あなたは貴族になれるだけの相応しい成果を出した。その結果が今じゃない」
「……シュトラウスの親父さんは……」
「気にしてないわ。新興貴族とは言え、バルトルードと同等の公爵家。不満なんてあるはずないじゃない」
「打算的過ぎるだろ」
「貴族の結婚なんて詐欺と打算と保身の塊よ。レンヤの考えは幼い女の子の夢物語ね」
バッサリと切り捨てられて項垂れる。おい、何もそこまで言わなくてもいいだろうに。
「もう、そんなに不貞腐れないでよ」
そっと俺の顔に手を添えるシュトラウス。燃える瞳に慈愛の情が見える。
「前にも言ったでしょう? 私はあなたが欲しいの。身体も、心も、全て」
「随分と情熱的だな」
「妾は誰でも、何人でも私は認める。けれど第一夫人だけは譲りたくないの」
「……そう、か」
シュトラウスの言葉に嘘は無いだろう。本気だ。本気で俺の事を――。
「俺、もっとシュトラウスに相応しい男になるよ」
「期待して待ってるわ。そして、私の隣に立つようになった時には……私の全てを、あなたに捧げましょう」
クスリ、と自信に満ちた笑みを浮かべるシュトラウス。照れもせずに何てことを言ってるんだこのお嬢様は。
「なぁ、シュトラウス。一つ聞かせてくれないか」
「何かしら?」
「もし、今の俺に値段を付けるとしたらいくら出す?」
初めてシュトラウスと出会った時は五万だった。そして今まで俺なりにシュトラウスに、そしてバルトルート商会に貢献してきた。
元奴隷の公爵。そんな男にバルトルード商会総帥シュトラウス・フェン・バルトルードは幾ら出すのか。
「はぁ、レンヤ。あなたちっとも私のことを理解してないのね」
「へ?」
しかし返ってきた言葉は呆れを多分に含んだものだった。
「でもそうね。折角だからこの際はっきり言いましょうか」
「お、おう」
「バルトルード商会の保有する財産全てよ。むしろそれでも足りないと思ってる」
「……全財産ときたか」
一体どれほどの金額になるやら想像もつかない。
「レンヤ。私、言ったわよね?」
「え、何を?」
「優秀な人材に出し惜しみは無しよ!」
それが決め台詞であるかのように、シュトラウスは俺に堂々と言い放ったのだった。




