25.アズリア転覆、そして
凶報である。吉報である。アズリア帝国の皇、アドラー・メフィス・アズリアはその報告を黙って聞いていた。
吉報である。凶報である。レストール群国でクーデターが発生し、倒れたと言うのだ。
吉報である。ついにあの宿敵が倒れたのだ。しかもクーデターという内乱によって。ならば今こそ攻め時であると誰もが考えるだろう。
クーデターから間もない今であれば国はロクに纏まっていない。だが、アズリア帝国は動けない。
凶報である。レストール群国との中間地点である孤島にバルトルード商会が陣取ったらしい。更には孤島に向かわせた海竜騎士の連絡も途絶えているという。
吉報か。凶報か。同時に上がった報告はアドラーの心を苛ませるには充分過ぎた。
「アリフェレットめが、我がアズリアに牙を剥くか……ッ!」
「さて、果たして牙を剥くのはアリフェレット王国だけかな?」
実に楽しそうな声で謁見の間に入ってきたのはアズリア帝国第二皇子レオノール・フィッツ・ジン・アズリア。アドラーは実の息子を見下すように言葉を紡ぐ。
「何が言いたい、我が愚息よ」
「我が愚皇よ。残念ながらアズリア帝国はお終いです」
「バカなことを――」
「何故なら。この国を売ったのは私ですから。死に体であるこの国を早々に介錯させていただきました」
レオノールから飛び出た言葉は弾丸となってアドラーを撃ち抜いた。
「貴様っ! 売国奴に成り下がったか!」
「いいえ、愚皇のあなたには分からないでしょう。腐った政しかできぬ能無しなど不要でしょう。あなたもすぐに断頭台へ送ってさしあげます」
「血迷ったか愚息めが」
王座が軋む。アドラーの腕が隆起し、尋常ならざる筋力であると主張する。
「我に刃向うことが何を意味するか、知らぬ貴様ではあるまいッ!!」
おもむろに立ち上がり、拳を床へと叩きつける。途端に地震を思わせる地響きがアドラーを中心として巻き起こる。
天井に罅が入り、謁見の間が崩れ始める。
「なるほど。魔法ですか」
「今更気づいても遅いわ!」
手の平を打ち鳴らし、衝撃波を放つ。そんな冗談みたいな出来事を魔法という神秘の力によって具現化させている。
居城の崩壊が加速する。このままではレオノールとアドラーは生き埋めだ。そう、このままであれば。
「随分と雑な魔法なのね」
崩れる城に木霊する冷たい声。全く危機感の感じられないその声にアドラーが反応した。
「何者か!」
「これは失礼。私はバルトルード商会総帥、シュトラウス・フェン・バルトルード。それとも"奴隷女王"と名乗った方がいいかしら?」
紅蓮を宿す瞳でアドラーを射抜く。シュトラウスに魔法は使えない。そして身体能力も大して高いわけでもない。では、何故ここまで落ち着いているのか。
「アスパー、レオノールを回収して早く脱出するわよ」
「人遣いが荒いぜお嬢」
エルフの魔法使いにしてバルトルード商会専属奴隷のアスパー・リガレットが崩れてきた瓦礫を全て吹き飛ばした。
そこにはアドラーが行使した魔法のような荒々しさは存在しない。研ぎ澄まされ、無駄なく力を伝達させ、法程式を駆動させる。
機能美すら感じさせる彼の魔法の前には、アドラーの魔法など児戯にも等しい。
「小癪なッ!」
アドラーを目掛けて飛来する瓦礫を強靭な肉体で受け止める。その影に隠れてレオノールが肉薄し、懐に隠していた短剣をアドラーの首へ走らせた。
頸動脈が断たれ、血が噴き出しその周りを赤く染めていく。最期の言葉すら無くアズリア帝国の皇帝が力なく崩れ落ちた。
「これで満足かしら?」
「はい、愚皇の首を手土産に我が国はアリフェレット王国へ降りましょう」
「そう。なら早くここを出るわよ」
シュトラウスの言葉にアスパーが先行し、その後ろに二人が続く。
レストール群国滅亡から数日経った今、後を追うようにアズリア帝国の名が途絶えた。
◆
南の二大国家転覆の報は世界中を揺さぶる大事件として取り上げられた。両者共倒れという結末に多くの者が驚いただろう。これからの行く末に注目が集まる中、既に三ヶ月ほどの時間が過ぎた。
アズリアはレオノールが統治することとなり、その名をアリフェレット王国アズリア自治領に変えた。
レストールはそもそも五つの部族の長が評議会で話し合い、国政を行っていたためどうするべきかという声があがっていた。
その声は唯一粛清されなかった序列持ちであるティリアス・イヴ五位の宣告により無理やり黙らされた。
「レストールは北方の国の傘下となり、評議会は序列を廃止。人員は他国から賄います」
前代未聞の提案だったが民は自然と受け入れていた。まともな政をしてくれるなら特に問題視はしない、という事だろう。この一件だけでどれだけレストール群国の国政のひどさが知れると言うものだ。
評議会のメンバーについてはアリフェレット王国と、その協力関係にある各国から代表者が一人ずつ選ばれることになった。
インパニス独立国は次期宰相である男爵。イーギス自治領はアインハルト卿。アズリア神州は神谷家の者。アズリア自治領はクロンガルダ。そしてアリフェレット王国からは――。
◆
「本当に私でいいんだな?」
「むしろリリア以外に任せたくないし」
叫喚の一族を束ねる者にして、かつては南から放逐された魔の者。アリフェレット王国から正式に伯爵位を冠されたリリア・ヘオロイが緊張気味に言う。
「しかし、だな。いくらあの時から変わったとは言え南に私が赴くのは……」
「前にレオノールに会ったじゃないか。あいつ、今のアズリア自治領の領主だぞ」
「なっ!?」
何故黙っていた、と言いたげなリリアの顔に俺は思わず苦笑を返す。
「随分と話が盛り上がってたじゃないか。確かに昔はひどかったが、今は変わろうとしているんだ。二度と同じ過ちが起こらないように。だからこそ俺はリリアを推すんだよ」
当時の魔の迫害を知る者として、そして二度とそんなことが起こらないように。彼女の言葉は必ず今の評議会に必要となるはずだ。
「……随分と私をかってくれるじゃないか」
「と言うか、今の南を見てほしいってのが理由としては大きいかな」
建前は語った通りだが、本音のところはこれだ。昔に囚われずより良くなるよう舵取りをしてほしい。
でもまぁ、リリアは俺と違ってしっかりしてるし余計な心配かも知れないな。
「色々言いたいことはあるかも知れないけどな。とりあえず頼まれてくれよ。交代はいつでも受け付けてるからさ」
「ふぅ。お前にそこまで言われてしまえば折れるしかないではないか。公爵閣下」
「それはやめてくれ。まだ慣れてないんだから」
海路を拓き、北方の国々へ貿易網を敷き、南の二国をアリフェレットへと献上した結果、俺は公爵位を冠された。
そもそも公爵とは王族と血縁関係にある者にしか冠されない名誉位のはずだったのだが、シュトラウス曰く。
「レンヤの功績はもはや既存の貴族位で収まるものではないわ。むしろ公爵位でも足りないくらいよ」
既存の褒章に当てはまらないからってこれはちょっとどうなのか。反対意見が殺到するだろうと思われたが、何故か誰一人として反論する者がいなかった。
どうやら南の二国を"俺一人で"滅ぼしたと伝えられたらしく、敵に回したくないという。ちなみにこれもシュトラウスから後で聞いた話だ。この誤解は解いていないとも言われた。
「それじゃあ、お互い頑張ろうぜ」
「あぁ」
現在ではレストール群国は国家群評議会都市レストールという独立都市と化し、六人の評議会員により善政が敷かれている。
南の二国間戦争はこうして集結したのだった。
かなり端折り気味ではありますが、これで南の二国の話はお終いです。
初期ではアズリアがレストールを吸収し、アリフェレットに喧嘩を売るという構成にしてましたが話が続けられなくなったのでボツとなりました。
次の章で最後になりますので、後少しどうかお付き合いくださいませ。




