21.ハーピーは鬼と語る
目を覚ましたヒューイはもう暴れる様なマネはしなかった。溜まったストレスを八つ当たりで爆発させた、ということなのだろう。
ただ、狩りをしていた人間の顔を覚えているらしく我を忘れて襲いかからないか心配ではある。
因みに魔法の方は特に問題は無かった。ハーピーという種族の特性なのか、風を操る魔法が得意らしい。刻んだ法程式に魔力を流すこともできた。
ヒューイの能力が確認できたところで、次は船だ。兼次鉄鉱の船が造れれば良かったんだが、それに関してはまだ開発中だ。
アリフェレット海戦記の兼次鉄鉱の船は鉄そのもので造られており、堅牢さはアリス・マードッグ程とまではいかないが、それでもかなり高い。
けれどここまで成果が出ないとなると、別の方法を試すしかない。そう考え、アズリア神州まで足を運ぶことになった。
「へぇ、兼次鉄鉱の船か」
幸継さんの言葉に俺は小さく頷く。出された緑茶で口をぬらしつつ、大まかな考えを伝える。
「ただ、兼次鉄鉱だけを加工して船にするのは現状不可能でしてね」
「そいつぁ俺も考えてよ。親方に試してもらったんだが、今の技術じゃ無理だって話だ」
「えぇ。なので木造船を兼次鉄鉱で覆う方向でいこうかと思いまして」
「――へぇ」
ふかしていた煙管を口から離して不敵に笑う。当然俺らにも一枚噛ませてくれんだろ? そんな笑いだった。
「なるほどなぁ。それなら何とかなるかも知れんなぁ! いや、本当に面白いことを考えるモンだ」
「それでですね、その分の材料を用意して頂けないかと」
「おう、それに関してなんだが。タダで用意する代わりに――」
「勿論、法程式を刻む技術も提供しましょう」
「やっぱお前さん話が分かるぜ!」
豪快に笑う幸継さんはバシバシと俺の肩を遠慮なく叩いてくる。地味に痛いな。
「因みに聞くが……どの木材を使うんだ?」
「当然虎松でしょう」
「分かってるねぇ。東方の船と言やあ虎松は鉄板だぜ」
腐り辛く病魔に対する耐性にも秀でる木材。それが虎松だ。東方で船を造るなら虎松を使え、なんて暗黙の了解があるほど使用頻度の高い木材だ。
「出来上がるまでこっちに居るんだろ?」
「えぇ、そのつもりですよ。この後宿をとろうかと」
「その必要はねえ。お前と、その連れくらいならウチを使え」
「……いいんですか?」
「おうよ。ここなら親方の工房にも近いからな。色々と便利なんだよ」
そういうことなら言葉に甘えさせてもらおう。幸継さんにお世話になりますと伝え、一旦乗ってきたフォアシュピールに戻った。
◆
南へ行くための訓練という名目で、ヒューイはフォアシュピールを動かしてアズリア神州に来ていた。
領主の家に泊まると決まって、人間の礼儀作法を知らないヒューイは不安だった。しかし当主の幸継や、隠居している沖継がそこまで作法を気にしないタチだったのでその心配は杞憂だった。
聞けば領主の一族は鬼と呼ばれる種族なのだと言う。同じ異種族であるヒューイはレンヤに黙って沖継と雑談を度々していた。
「鳥人……ハーピーの御嬢さんは、全ての人間が嫌いかね?」
ふと沖継はヒューイにそう問うた。
「確かに人間は賢しい。狡い、と表現してもよかろう。儂も散々人間の汚いさまを見てきたものよ」
「……でも、お爺ちゃんは人間が好きなんだよね?」
「勿論だとも。悪い人間もおれば、良い人間もおる。当たり前の事じゃ。鬼の中にも悪い鬼もおったし、良い鬼もおったよ」
賢しく、狡く、足を引き摺り蹴落とすような人間もいる。だが、異種族であろうと親身になって接してくれる人間もいる。
それはどんな生き物にも言えることだ。ただ悪い部分が目立つためにそれが表立って見えるだけなのだ。沖継は孫に聞かせるように優しく言う。
「儂の妻も人間でな。鬼の儂に向かってこう言ったのじゃよ。お前は私よりも強いのか、と」
鬼の膂力は人間の比ではない。それに加え沖継は武芸を修めた武士だ。そこらの人間、ましてや女子に負ける程ヤワではない。
「じゃが儂は負けてしまってのぅ。当時は負け知らずで血気盛んじゃったから、見事天狗の鼻を折られたのじゃよ」
呵呵と笑い、その当時を語る沖継。彼女は強く、気高く、美しかった。研ぎ澄まされた鋭い太刀筋に惚れたのだと。
「と、いかんいかん。爺の惚気は見苦しいだけじゃな。生きていれば色々と見てしまうものじゃよ。良いところも、悪いところも。誰しも欠点を持っておるもんじゃて」
ヒューイは小さく頷く。大体、言いたいことは分かったようだ。
「ボクも、お爺ちゃんみたいになれるかな?」
「そう思い続けておれば必ずなれるじゃろう。まずは自分が納得できるように生きてみればどうじゃ?」
「……納得……」
「生きることは結局のところ選択と納得の繰り返しじゃよ。道はいくらでもあるが、それらを選んで掴む努力を怠ってはならん」
二択であれ、三択であれ、それ以上であれ。本質はどの種族も変わらないものだ。
「うん、ボクも選べるんだね」
「その通りじゃ。選ぶ権利は誰しも平等にある。何を掴み、どこへ進むかは本人次第じゃな」
「じゃあ、ボクは友達を助けたいな」
ヒューイから飛び出してきた言葉に少し眉を顰める沖継。
「助ける、とな?」
「うん。ボク達を狩ってた人間がね、友達を無理やり攫っていたのを見たの」
「その友達はハーピーなのかのぅ?」
「ううん、ダークエルフ」
ダークエルフ。東方で言うところの精霊人だ。神谷家が精霊人の血族であるため、その特性も良く分かっていた。
精霊人は見目麗しく、他国では奴隷として拉致されて売られているらしい。さすがにアズリア神州でそんなことをする馬鹿者はいないが。
「シルヴィは飛べなかったボクを助けてくれた。だから今度はボクが助けるんだ!」
血を吐くほど切実な声色に、沖継は狂気の色を見た。道を外さねばよいが。ヒューイに悟られないよう、小さな声で呟いた。




