20.狩りたてられた魔法使いヒューイ
「へぇ、中々面白い事を言うじゃない」
アズリア帝国とレストール群国にバルトルード商会の支店を置く。その話にシュトラウスは意外な程乗り気だった。
「今まで南の品はそこまで扱ってませんからね。利益は充分出せるかと」
お仕事モードのアーシスさんも全面的に賛成のようだ。そうだよなぁ、儲け話に商人のシュトラウスが食い付かないはずがないよな。
しかし支店を出すとは言え、南方は危険地帯だ。戦争に巻き込まれないとは限らないのだ。できればこの二国に関わるのはもう少し戦力が充実してからの方が良かったんだけどな。
「それにレンヤ君もいますからね」
「え? 俺?」
アーシスさんにいきなり指名されて軽くビビった。
「そうね。この際南方の支店をレンヤに任せましょうか」
「いや、ちょっと待ってくれ!」
いくら何でも見知らぬ地で利益を出せと言われても無茶だろう。そう言うとシュトラウスは諭すように言う。
「レンヤ。何度も言ってきたと思うけれど、有能な人材には出し惜しみはしないわ」
「……それで?」
「最終的に利益を出すのなら、少しの赤字はむしろ先行投資よ」
「結局俺に任せるんだな」
「お願いね。もし、南方の支店で利益が安定して出せるようならあなたを貴族にしてあげる」
その言葉に俺は思わず俺はシュトラウスを凝視する。
「シュトラウス。お前、自分が何を言ってるのか……」
「えぇ、勿論分かっているわ。主が奴隷に貴族の称号を賜る意味くらい、重々承知よ」
俺とシュトラウス以外の五人は余計な言葉を挟まない。シュトラウスの言葉はたとえ冗談であろうとも軽々しく口にしてはいけないことなのだから。
「――その話、そう簡単に国王が許すとは思えないが」
「許すしかないわよ。今や北の流通はバルトルード商会が握ってる。その土台を作ったあなたを無碍になんて私がさせないわ」
決意を秘めた言葉はどこまでも本気だった。奴隷に貴族の称号を与える。言ってしまえば求婚と同じ意味だ。
つまりシュトラウスは、この南方の支店で利益を出せば俺と結婚すると言っているのだ。
アリフェレット海戦記でもこの設定を生かしたイベントもあったが、それを現実で体験するとは思わなかった。
「恋愛したかったかしら?」
「それを言ったらシュトラウスはどうなんだ。お前だって女の子だろうに」
「貴族の娘に恋愛が許されるのは稀よ。それにね、いくら利益を出してくれるからってむやみにこんなことは言わないわ」
「見る目には自信があるんだったか」
「えぇ。商会としても、そして私個人としても。あなたが欲しいの、レンヤ」
そのストレートな告白に顔に血が上ってくる。アーシスさんもあらあらと頬を紅潮させて微笑んでいる。
四人組は固唾を飲んでことの成り行きを見守っている。
はぁ、女の子にここまで言われちゃ俺も男を見せないといけないだろうな。
「――分かった」
短く。けれど覚悟を決めて俺は言葉を続ける。
「その申し出を受けるよ。俺を貴族にしてくれ」
「勿論よ! それでこそ私が見込んだ男ね」
自信満々に言い放つシュトラウス。だがその頬は赤く染まっていた。
◆
そこからとんとん拍子に話が進み、店舗や魔法使いの手配については向こうに一任することにした。
ただし、最低一人はこっちで雇用しなければならないのでどうしたものかと考える。
あの四人が帰ってから二週間が経っている。準備ができたら連絡がくる手筈になっているので、その間にこちらも準備を終わらせなければならない。
「キールさん、ちょっといいかな?」
「おや、レンヤさん。今日はどんなご用件で?」
俺の元担当商人だったキールさんに魔法使いを見繕ってもらうため、お馴染みとなった奴隷市場に足を運んでいた。アスパーとレティは北に置いていく。そうでなければフォアシュピールが動かせないからだ。
南は南で独自の貿易網を作るつもりなので、フリーに動ける俺の専属魔法使いがほしいのだ。
ある程度南の貿易で稼いで、定期的に北へ売上と商品を運ぶ。頭に描く大まかな計画はこんなところか。
勿論、アリフェレット海戦記とは勝手が違うので臨機応変に変えていくつもりではあるが。
「もしかして、また魔法使いですか?」
「あぁ、実は俺の専属の魔法使いがほしいと思ってね」
「そうですね……。レンヤさんは異種族でもあまり気にしませんか?」
「特に気にしないけど……誰かいるのか?」
「はい。まぁ見てもらった方が早いですね。許可証を見せて下さいますか?」
キールさんの言葉に懐から奴隷売買許可証を取り出して渡す。それを受け取ったキールさんは軽く確認した後、商館の方へと案内してくれた。
個室に通されてしばらくすると、キールさんは件の奴隷を連れてきた。
「ハーピーとは、珍しいですね」
「北の方では見ませんからね」
上半身が女の子の身体、下半身が鳥の足。そして腕の代わりに翼が生えた種族。けれど南の心無い人々は狩りと称してハーピーを殺し続け、その数を大きく減らしているというのがアリフェレット海戦記での設定だ。
基本群れで生活しているハーピーが、北で奴隷市場に並んでいるということは、だ。
「はぐれかな?」
「……ッゥ!」
俺の言葉に小さく反応するハーピー。少し配慮が足りなかったかな。でも何だろう。何か違和感を感じた。
「まずは君の名前を聞かせてもらえるかな?」
「ヒューイ、です」
ヒューイと名乗ったハーピーは危うい雰囲気を持っていた。山吹色の髪をポニーテールにまとめており、ぱちくりと大きい目は黄色く輝いている。パっと見、そうお目にはかかれない可憐な少女だ。
ただ、その少女の目に宿る光がどことなく剣呑だった。怨敵を見たかのようだ。
「ヒューイか。可愛い名前だね」
「……ありがと」
「もう一つ、聞きたいことがあるんだけど」
そして一拍置いてから再度問いかけた。
「もしかしてヒューイはハーピー狩りの生き残り、だったり?」
ヒューイの見せた反応は劇的だった。一瞬で肉薄し、鋭い脚爪で俺を抑え込む。キールさんがヒューイを抑えようと動くのを、俺が押しとどめる。
「いや、ごめんね。ちょっと痛いところを突いてしまったようだ」
出来るだけ明るく言ってみてもヒューイはただ冷たく見下ろすだけだ。そして、小さく口が動く。
「殺すよ、人間」
「それはさすがに待ってくれないか」
「ふざけるなッ!!」
ヒューイが堰を切ったように叫ぶ。今まで抑え込んでいた感情が爆発したように。
「勝手な都合でボクの母さんを! 姉さんを! 妹を! 友達を! 殺して奪って嘲笑って! ボクたちが何をしたんだよ! ただ生きていくだけがそんなに悪いのかッ!!」
涙を流し喉が張り裂けそうなほどの大声で怒り、嘆き、泣き続ける。
「人間なんてッ、ニンゲンなんてッ、にんげんなんてッ!! うあぁ、あああァァ、ああああァああァァああァッ!!」
身を引き裂く絶叫に俺は何も言えずに押し黙る。溢れる涙が滴り落ち、今まで内面に押しとどめていた激情を撒き散らすヒューイ。
キールさんの方へ目を向けると、バツが悪そうに苦笑しているのが映った。
散々泣き叫んだ後、ヒューイは崩れ落ちるように俺の身体に倒れ込んできた。よく見ると寝息をたてている。
「……キールさん」
「二万です」
「話が早くて助かります」
ヒューイを買う気だということをキールさんは瞬時に見抜いており、値段交渉をするまでもなく売買が成立する。
「じゃあ、このまま連れて帰りますね」
「レンヤさん。彼女の事、よろしくお願いしますね」
「勿論です。ヒューイはもうバルトルード商会の一員ですからね」
南の連中が危害を加えてくるなら、こちらとしても容赦はしない。あどけない寝顔をさらすヒューイを見て人知れずそう決意する。
「それじゃ、俺はこれで」
ヒューイを抱えて俺は商館を後にした。
これで残った問題は船だけだ。今度は何の木材を使おうか。帰路を歩く間色々な木材を頭に思い描いては消す作業を延々と続けていた。




