14.不死の女王セレス
マーメイドの歌と踊りには人間を問答無用で魅了する効力がある。しかしその度合いはマーメイドが込める魔力の量によって調節できるらしい。
公演している間はほぼ魔力をカットした状態なので、あの人気は元々の技量で勝ち取っていると言うのだからマーメイドの歌と踊りに対する情熱は物凄いと思う。
しかし、今回は魅了による足止めがメインなので魔力をガンガン使ってくれとお願いしてある。
命令権はシュトラウスにあるので、あらかじめ我がご主人様に話を通しておいたし大丈夫だろう。
イーギス属国へ向かう途中、マーメイド達の歌と踊りにメロメロになっている約百隻の艦隊があったので効果は出ていると確認。
「エグい……」
「味方で良かったよ。本当に」
アスパーの感想に、俺は安堵の息をもらすのみだ。因みに三隻ほど後ろの方で沈んだ船があった。何気に少し戦力を削いでいるので、大成功と言っていい。
後は俺たちが足止めさせている間にイーギス属国に辿り着けるか、だ。
イーギス艦隊を突っ切って更に北上していると小舟がこちらへと流れてきているのが見えた。
不審に思い、一度帆を半開にして速度を落とす。
小舟を見ると、一人の少女が布に包まれていた。アスパーが魔法で少女を引き上げる。どうやら気絶しているだけのようだ。それにしてもどこかで見たことあるような顔だな……。何と言うかデジャヴが奔るというやつだ。
「取り敢えず、起きてから事情を聞くとして……急ぐぞアスパー」
「おう! 何とか後半日くらいで辿り着きたいもんだぜ」
世界地図を参考にそのまま船を北上させる。時折アスパーの魔法で方角を確認することも忘れない。
今回はレティを連れてきていないため、アスパーへの負担が半端じゃない。しかし、強行軍であろうとも先にイーギス属国へ逃げ切ればもう勝ちは目前だ。
飲まず食わずで進み続けて、ようやく島が見えてきた。あれがイーギス属国か。
「艦長、件の少女が目を覚ましました」
「分かった。会おう」
さて、事情を聞くとしますかね。どうにも頭に引っかかってんだよな、あの顔。
◆
セレス・グラド・ニフ・イーギスは一度死んだ。それはこのお腹に走る一筋の斬り傷が証明していた。けれど、わたしは生きている。
元々北には魔物しかいなかった。けれど遠い昔、北へやってきた数人の人間が北の一族と交わって出来たのが今のイーギスの民たちだ。
人魔混血。そしてわたしは魔の血が強く出てしまった。
この時代で魔の血が強く出るものは少ない。わたしと宰相、そしてアインハルト卿の三人だけだ。
他の者は知らない。わたしたちが死ねないことを。反アリフェレット勢力を束ねるオニキスはわたしを殺したと勘違いして、勝手に国を挙げて戦争を仕掛けていったと蘇生した後アインハルト卿から教わった。
戦争を止めるにはオニキスを何とかしないといけないけど、彼の影響力はバカにならず、処断するにしても各方面から邪魔が入る。
「ならば密かにアリフェレットと接触しましょう」
宰相の提案に賛成し、小舟を用意してアリフェレットに向かうことになった。誰が向かうかについては、この中で唯一泳げるわたしが立候補した。
水に沈んでも死なないが、二人は水に浮かぶことができないので小舟が転覆すれば一巻の終わりだ。
そしていざ海に乗り出したはいいのだけど、船酔いが酷くていつの間にか眠ってしまっていたようだった。
頭が覚醒した瞬間、飛び起きたら目に映ったのは見慣れない部屋。ここはどこなんだろう、と首を傾げたところで外からノックの音が聞こえた。
「どうぞ?」
そう答えると、入ってきたのは東方の男。けれど、男が身に纏っている服にアリフェレットの紋章が刻まれていた。
「話せるようで良かった。俺はレンヤ・イガラシ。アリフェレット王国直属、バルトルード商会の者だ」
君の名前は。レンヤと名乗った男はわたしにそう問う。
「わたしはセレス・グラド・ニフ・イーギス。イーギス属国を統治していた者です。……不躾で申し訳ありませんが、お願いがあります。どうか、わたしたちに力を貸して頂けませんか!?」
この身は統治者であろうとも、今はただの小娘に過ぎない。必死に頭を下げると、困ったような声が聞こえてきた。
◆
セレス・グラド・ニフ・イーギス。その名前を聞いて、俺の頭が真っ白になった。
その名前はイーギス属国の女王の名前だった筈だ。不死の女王セレス……まさかシュトラウスの時代から生きていたとは思わなかった。
そして彼女は今俺の前で頭を下げている。力を貸してほしい、と言っていたか。
「……出航したというイーギスの船団は?」
「あれはオニキスの独断です。決してイーギスの総意ではありません!」
「けれどそんな言葉は無意味だ。現に今、こっちは攻められてるんだから」
総意ではないだの、ヤツの独断だの。要するに手綱を握りきれなかっただけだろう。
まぁ、それはいい。戦後の処理の時に改めて問いただせばいいのだから。。
「宣戦布告に至った詳細についてはこの戦が終わってからだな。それよりも、セレス女王陛下に聞きたいことがある」
「……何でしょうか?」
「昔の、アリフェレット王国とイーギス王国との戦争だ。何故争い、どうやって勝負がついたか。イーギス属国に伝わっていないか?」
これは完全に俺の興味だ。アリフェレット王国には不自然な程に資料が無い。ならば敵国だったイーギス属国であればどうか、というわけだ。
「あの戦争は内紛ですよ?」
「……何?」
「ですから、内紛です。当時の女王だったルナティア・オルド・ニフ・イーギスと、その妹だったリリア・ヘオロイ・ニフ・イーギスとで争ったとされています」
内紛、だと。いやそれじゃあ何でアリフェレット王国と戦争だなんて伝わっているんだ?
「当時、南の大陸に移住しようとしていたらしく、どちらがイーギスの地へ残るかを決めるべく争った、と」
「それで、結局どっちが勝ったんだ?」
「勝ったのはリリア王女だとされています。その際、リリア王女の命によりイーギス王国からイーギス属国と名を改め、彼女は南の大陸で新たな国を建てました。これがアリフェレット王国だと……」
そこまで聞いて、俺はあの叫喚の一族の長を思い出す。初対面のリリアが何と言ったか。
「いや待て。アズリア帝国から異端として追放されて……」
「はい。遥か昔、わたしたちの先祖はアズリア帝国で暮らしていましたが、異端として追放されました。その際、北にあったイーギスの地まで逃れたのだそうです」
そうか、追放された後にアリフェレットに来たんじゃなくて、イーギスまで逃れてたのか。そこで少し南下したところに大陸を見つけて、リリアがアリフェレット王国を建てた、ということか。
国の背景にある歴史など、ゲームのフレーバーでしか無かったが、こうして話を聞くと面白いものだな。
「成る程面白い話だった。それで、セレス女王陛下。仲間は誰もいないのか?」
「いえ、わたしの他に宰相とアインハルト卿がいます」
「それ以外は全て反アリフェレット勢力?」
「はい。大半の者がオニキスに付いていきました」
さっき総意じゃないとか言ってたけど、それほとんど総意も同義じゃねえか。
でもまぁ、とにかく膿は絞り出たと判断して良さそうだな。
「イーギスの国内に残っている反アリフェレット勢力はどれくらいだ?」
「誰もいません。どうやら誰もがアリフェレットに勝てると思っているようで」
それは随分とまぁ、自信過剰な集団だな。そっちの方が俺としては嬉しい限りだが。
そうなると先ずは宰相とアインハルト卿とやらと会う必要があるかな。
「セレス女王陛下。先程、俺に力を貸してくれと言ってたな。あれは嘘じゃないな?」
「はい。それと今のわたしは女王ではありませんよ」
「失礼、それじゃあセレス。先ずは宰相とアインハルト公爵に会いたい。仲介を頼む」
俺がセレスにそう言うと、彼女の顔が喜色に満ちていった。




