11.東の小角
バルトルード商会主催のマーメイド歌劇団は大好評である。一度見た感じ、歌劇と言うよりもミュージカルに近いのだけど、この世界では歌劇のようだ。
それでも感動したし、レティやシュトラウスもご満悦な様子。
歌劇を観るにはバルトルード商会の発行するチケットを購入しなくてはならないのだが、この値段は庶民でも手が出せるくらいにお手軽で、身分層問わず大盛況だ。
時々国王も観に来るらしい。チケット販売の列にお忍びで並んでたのを偶々見た、とシュトラウスが言っていた。
因みにどうやってマーメイドが陸に上がるのか気になったので、エナに詳しく質問してみた。すると、マーメイドは水に濡れていなければ下半身を魚から人間の足へと変化させることができると言う。あれ、どこかで聞いたことがあるような……。
さて、マーメイド全員が歌劇団所属となり、オルケゾグラフィも歌劇団専用の船として利用されている。
これによりマーメイド諸島ががら空きとなったので、ようやくアズリア神州に行けるのだ。
アリフェレット海戦記時代において、サプリの無かった基本ルール上のアズリア神州――と言うか東方――は世界観のフレーバーに過ぎなかった。
一応、特産品や木材などは設定されていたが、使用はできなかったのだ。そして後にサプリメントとして東方が実装。それに伴ってアズリア神州という国家が生まれたのだ。
「向こうには何があるのかなぁ?」
好奇心旺盛なレティが未だ見ぬアズリア神州へ思いを馳せていた。叫喚の一族の島で補給をした後、アズリア神州の寄港都市、彩月へ向かう。
レティの会話能力もそうだが、最近ではアスパーが方角確認の魔法を習得していた。本人曰く、師匠が知らないと教えられないとのこと。多分レティに見栄を張りたいのだろうと思う。
そう言えばレティを買ってからアスパーがタバコを吸わなくなったな。これもレティへの悪影響を考えた結果かな?
「今回はまず、彩月に寄港しようと思う。あそこはアズリア神州の経済の中心地だからな」
「ニグレスみたいな寄港都市ってことか?」
「そうだ。寄港都市はとにかく海からモノが流通する。そして、貿易権限を得るには並大抵のことじゃ無理だ」
ニグレスはバルトルード商会のお膝下だけあって、ほぼ独占状態だ。たまに二、三程別の商会の船も見かけるが、どれもバルトルード商会の商売敵とは成り得ない。
そもそもバルトルード商会は国王直属だし、アリフェレット王国で商売をする以上逆らえないだろうが。
「どうやって貿易権限を得るかは、直接領主に相談しようと思う。とにかく契約しないと市場が利用できないしな」
「その辺はレンヤに任せる。その間、俺はレティに魔法を教えてるからよ」
アスパーにくっついているレティの頭を撫でながら言う。任せると言うのなら俺の思う通りにやらせてもらおうかね。
アズリア神州にも、おそらくはバルトルード商会の名前は流れているはずだ。今までなかったアリフェレットのリリア鉄鉱やレンガ。そして極めつけはマーメイドの歌劇団。無視をするにはあまりにも話が大きすぎるだろう。
契約を交わすには、まず相手に意識を向けてもらわねばならない。コイツと契約すれば儲かりそうだと思わせられるエサが必要だった。そのエサも何とか手に入り、撒き終わった。後は喰らいついてくることを祈るのみだ。
とにかく今は綾月だけでも構わない。そこをアズリア神州の拠点として、徐々に他の都市へと貿易権限を拡げていくつもりだ。
「厄介なのは北だよなぁ。あの時、シュトラウスがイーギス属国との貿易は考えてないって答えたのはこういうことだったのか」
イーギス属国では最近、反アリフェレット勢力の動きが活発になってきているらしい。元々、アリフェレット王国の敗戦国なだけに、そういう不穏因子を生み出しやすいのだろう。
下手をすれば戦争、か。そうなってもいいように、力を蓄えなければならない。
◆
アズリア神州の寄港都市である彩月は、夜の無い街として有名だった。
朝は市場、昼は店舗、夜は女に酒にと途切れの無い需要と供給のサイクルが上手く機能していた。
さて、そんな彩月ではアリフェレットの特産品の中で何が一番売れるか。その答えはただ一つ。何も無い、だ。
「ミストの香水、海真珠、リリア鉄鉱、レンガ。今のアリフェレット王国にはアズリア神州の需要に答えられるものが何一つ無い」
「お前なぁ……。そんなんでよく貿易やろうって気になったよな」
アリフェレット王国ではまずお目にかかれない、瓦屋根の家を横目に俺とアスパーは領主館への道を歩いていた。
レティはアスパーと手を繋ぎ、キョロキョロともの珍しそうに眺めている。向こうには無い独特の文化に、レティの好奇心も刺激されているようだ。
瓦の屋根に独特な木造屋敷、そして周りを見回せば着流しを着た浪人が刀を腰に差して下駄や草履で歩いている。アリフェレット王国ではまず間違いなくお目にかかれない光景だろう。
「そんなんじゃ契約なんざできねぇだろうがよ」
「いや、それは大丈夫だ。要は売り物を作ればいいんだから」
それが簡単にできたら苦労しねぇよ、とアスパーは言う。普通はそう思うだろう。
けれど今のアリフェレット王国なら売り物を簡単に作れてしまうのだから問題ない。
「……っと、ここか」
一時間程歩いたところで、朱色の鳥居が見えてきた。アリフェレット海戦記時代でも、アズリア神州の領主館は神社を模したものだったが、やはり違和感が半端ない。
神様を祀るわけでは無いので神秘性は無いはずなのだが、鳥居があるだけで何かありがたいものの様に感じられてしまうのはやはり日本人としての感覚からきているのだろうか。
「さすが領主館だな。デカイだけじゃなく、何かこう、感じるものがあるな」
「……ちょっと、怖い」
訂正、どうやら魔法使いの二人にも何かを感じさせるモノらしい。
「何か御用ですかな?」
鳥居の前まで行くと、一人の老人が聞いてきた。見た目は白髭をたくわえた着流しの爺さんだが、眼が尋常じゃなく鋭い。
腰に差してある刀も一見して銘があるようには思えないが、何か良からぬ力を感じる。
「俺たちはアリフェレット王国のバルトルード商会の者だ」
「ほぅ。最近は人魚の縄張りをうろついておると聞いたが……」
「まぁ、その甲斐あってこっちに来れた様なもんだしな」
冷や汗が止まらない。声は震えてないだろうか。本当に何だよこの爺さん。威圧するでもないのに、心臓を掴まれてるような感覚が俺の身体を駆け巡る。
本能の警鐘。逃げろ逃げろと狂い叫ぶが全て無視。気を抜けば歯が鳴りそうだ。
「成る程のぉ。ふむ……そうじゃの。ここまで耐えられたのじゃし、合格とするかの」
爺さんがそう言うと、一気に怖気がひいていった。一体何をした、この爺さんは。
「儂は小角沖継と言う者じゃ。すまんな異国の客人よ。最近妙な異国人が民衆を脅かすのでな」
「……小角、だと?」
「左様。どうやら貴様はこちら側の出だけあって、理解したようじゃな」
沖継の爺さんの言葉に首を傾げるのは魔法使いの二人だ。けれどこれは仕方ない。小角の字の意味など東方以外では知られていない。
「鬼の血族、なのか」
「異国ではオーガと呼ばれるらしいな。この彩月は小角家が治める地じゃ」
もっとも当主は倅じゃがの、と沖継の爺さんは呵呵と笑う。アリフェレット海戦記時代じゃただのモブが領主だったのに、随分とまぁ俺の予定を狂わせてくれる。
東の小角、とも呼ばれるこの家系は白兵戦最強と名高いのだ。そんな一族が政にまわるとは考えもしなかった。
「では、倅の下へ案内しようかの。ほれ、お前さんらも」
アスパーとレティを促し、沖継の爺さんはさっさと鳥居の向こうへ歩いて行った。
また異種族、か。俺はそう思わずにはいられなかった。
◆
小角家は東方において一、二を争う武の名門である。古の妖怪である鬼の血を引き、その力はまさに一騎当千と言っていい。
倭寇プレイ――東方を拠点に置いた海賊ロールの俗称――をするにあたり、まず最初に仲間にしたいのがこの小角。
次いで魔法使いの神谷家だろうか。まぁ、神谷家はこのアズリア神州を総べる王の血族なので仲間にするには厳しい条件や、ゲームマスターの承諾がいるのだが。
「あの小角がまさか政をやってるとは思わなかったな」
「武だけでは食っていけんのじゃよ。これはこれで楽しいが、神谷の連中はあまり良い顔をせんなぁ……」
沖継の爺さんはしみじみと語る。今は好々爺という雰囲気を纏わせてはいるが、いざともなればその腰の一振りの鯉口を切るので油断できない。
アスパーは若干苦手なのか、そっと距離を取っている。
「お爺ちゃん、それなぁに?」
レティは沖継の爺さんの腰に差してある刀が珍しいのか、キラキラとした眼差しで質問している。
「これは刀、と呼ばれる剣でのぉ……。東の武士たれば、これを持たない者はいないのじゃよ」
「でもレンヤは持ってないね~?」
「俺は武士じゃ無くて農民だったからな」
東方の人間全員が帯刀しているワケではない、とレティに説明する。第一俺は刀なんぞ扱えない。
白兵戦は専ら仲間に頼り切りだったし、わざわざ俺自らが率先して斬り込むわけにはいかない。
「幸継、入るぞ」
返事を待たずに、沖継の爺さんは目の前の襖を開けた。そこにいたのは甚平を着こみ、煙管を吹かす無精髭のオヤジがいた。
「おい爺さん、返事を待たずに入るなと言ってるだろうがよ」
「細かいことを男児が気にするでないわ。それよりも異国の客じゃ」
沖継の爺さんの後ろから俺とアスパーとレティが各々、幸継さんというらしい人物に頭を下げる。
「アリフェレット王国直属、バルトルード商会のレンヤ・イガラシだ」
「同じく、魔法使いのアスパー・リガレット」
「え、えと。初めまして! レティです!」
へぇ、西の。と小さく呟くのが聞こえた。
「あぁ、そう固くなるな。俺は小角幸継。そこの爺さんの息子だ。まぁ、何だ。適当に寛いでくれや」
そう言って、幸継さんは女中を呼んでお茶を淹れるようにと命じる。少しの間待ち、お茶を淹れてきた女中が下がったところで幸継が問う。
「そんで、ここまで来たってことは……人魚の縄張りを抜けてきたってことだな?」
「あぁ。色々と苦労したが、何とかな」
「そこまでして、この彩月に何の用事だ?」
「バルトルード商会との貿易権限が欲しい」
間髪入れずに告げると、幸継さんは口角を吊り上げた。
「へぇ。ってことは、何を売ってくれるんだ?」
「あぁ、今のところ別にモノを売るつもりはない」
そして続く言葉に幸継は目を見開く。
「おいおい、貿易権限が欲しいとぬかした割には随分な言葉だな? 売りモンがなきゃ貿易権限なんぞ融通できねぇぞ?」
「そう、その通りだ。だからこそこれから売り物を作るんだよ」
懐から一枚のポスターを取り出す。それは今アリフェレット王国で評判のマーメイドの歌劇の宣伝ポスターである。
つまり、こちらは娯楽を売ると言うわけだ。それも話題の絶えないマーメイドの歌劇団だ。食いつかないはずがない。
ポスターを一目見て、幸継さんはそれを理解したのだろう。部屋中に豪快な笑い声がびりびりと響く。
「ハッハハハハ!! 爺さんよ、こりゃまたトンデモねぇ客を連れてきてくれたもんだぜ」
「何せワシの殺気を受けても気絶せなんだからのぉ。見所ありと踏んだのじゃよ」
しれっと返す沖継の爺さん。殺気だけであれか。まとも戦いたく無い相手だな本当。
「成る程、成る程! つくづくお前らは面白れぇ……。いいだろう、貿易権限を融通することを約束しよう」
「分かった。それじゃあ次の貿易までにこれを売っておいてくれ」
次に取り出すのは歌劇団のチケット。それを五十枚だ。一枚100フラムなので、全部で五千。最初はこれでいい。
そしてマーメイドの歌劇団の名前の利用をできないように、商人たちへの通達もお願いする。これに関してはアリフェレット王国の紋章を見せたらすんなり首を縦に振ってくれた。
一都市の領主の判断で国同士の戦争の切っ掛けを作りたくはないのだろう。
「中々面白い話だったぜ。何かあったら俺のところへ来いよ。小角家はバルトルード商会を支持しよう」
「助かる」
手元に置かれたお茶を飲んで、一息吐く。因みにレティは緑茶の渋みがイヤなのか、一口飲んで顔を顰めながら舌を出している。
「にぎゃい……」
ポツリと呟いたレティの一言で場の雰囲気が幾分か和んだ。さて、当面は彩月との貿易で金を貯めないとな。




