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アリフェレット異海譚  作者: 水炊き半兵衛
Ep0:英雄への前奏曲
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1.始まり

 静かに。ただ静かに主は跪く少女を見つめていた。

 装飾に満ちた巨大なホール。その最奥に存在を誇示せんと玉座が威風堂々と在り。腰掛ける主は老齢に差し掛かるであろう男。

 王冠はくすめども、黄金の双眸は知的に、そして獰猛に輝く。耳を覆うブロンドすら獅子の鬣とたがうのではなかろうか。

 存在の格としての次元が違う。凡夫の類では決して纏えぬ雰囲気こそ王者と名乗るに相応しい。

 ここに存在するのはその二人。明確な上と下が、今言葉を交わす。


おもてを上げよ」

「はい」


 凛と張りつめた声が落ちた静寂を払う。獅子を見返す少女は紅蓮の双眸。そして炎と形容すべき橙混ざりの赤髪。

 揺らめく陽炎の如く靡かせて、彼女は王へ言うのだ。


「陛下のご尊顔を拝し――」

「前置きは良い。そも、公爵あやつの娘が我が前に跪く時点で可笑しいものよ」


 クツクツ、と愉快そうに笑みを零す。王は続けて。


「シュトラウス・フェン・バルトルード。そなたへ正式にバルトルード商会の総帥としての地位を授ける」

「はい。有難く」

「……さて、些事が済んだところで本題を切り出そうぞ」


 瞬間、王を纏う雰囲気が霧散する。公的ではなく個人的なことだと暗に示している。

 それを感じ取った少女――シュトラウスも姿勢を楽なものへと変える。王者の前だと言うのに、この変わり身の早さはどうしたものか。


「陛下。まさか例の娯楽船でしょうか?」

「その通りだ。しかし、何せ前例のない事だ。人材が居らぬのだよ」

「……帆船、でしたか。風の力を利用して動くとか」

「うむ。しかし大臣共の何と頭の堅いことか……誰一人まとも取り合ってくれん」


 前例が無い、という事例には少なからず二つある。

 一つは誰も思いつかなかった事。単純に、誰も考えなかったことであり、真に新しい発見と言えるもの。

 一つは誰もが思いつき、あえて避けた事。空論すら成り立たず、実現不可能とされたもの。

 そして帆船の思想はどちらかと言えば後者に近い。誰もが考えたかも知れない夢物語。されどそれは無理であると誰もが匙を投げたのだ。


「嘆かわしいが、致し方あるまいと諦めたが……よもやそうも言ってられんのだよ」

「……北に動きが?」

「あぁ、イーギスの反アリフェレット勢力がのさばってきておる」

「困りましたね。アリフェレット王国には海軍がありませんし。まぁ、イカダで戦おうなんてバカな真似はできませんけれど」

「この国の王の前でよくもまぁ吹けるものよな」


 本来であれば不敬罪で首が飛ぶであろう言葉を、王は黙って受け入れる。それだけの器量がなければやっていけないと言ったところか。


「分かりました。このシュトラウス、出来る限りのことをすると約束いたします」

「うむ。まぁ、ダメで元々なのだ。こちらでも対策を練ろう。流石に大臣にも働いて貰わんとなぁ」



 豪華な一室で俺はグラスを傾ける。口元の笑みを隠さずに、上等な香りに身を委ねる……ことはできなかった。


「う~ん、無味無臭……。VR技術が現実になったのはいいけど、やっぱりまだまだ進歩の余地はあるよなぁ」


 飲んでいるのは蛇酒ヒュパインという雰囲気作りのためのアイテムに過ぎない。ボトルやラベル。そして琥珀色の液体。確かに見た目は高級酒そのものだが、いかんせん味がしない。

 アルコールを感じるなど論外であり、喉が潤う感覚も無い。当たり前だ。これは仮想現実。飯を食おうが水を飲もうが、現実の身体の欲を満たすことなど出来ない。


「さて、そろそろだな」


 グラスを置いた机の上に一枚の羊皮紙が出現する。それを手に取り、内容を確かめるべく目をはしらせる。

 内容は、自身の編成した艦隊が無事隣国へ辿り着いたことを知らせるものだ。


「これで、俺の勝ちだな」


 これで全ての都市の貿易権限を奪い取った。そんな男の考えを裏付けるように、電子文字で"YOU WIN"が躍る。

 その瞬間、豪華な一室が消え去り、後には真っ暗な空間だけが映る。ゲームが終わったのだ。俺の勝利で。


「あ~くそッ! またかよぉ!」


 VRキャップを外して周りを確認する。俺以外のプレイヤーは三人。口々に文句を垂れる姿に思わずニヤリとくるものがある。

 このゲーム――アリフェレット海戦記はVRTRPG(ヴァーチャルリアリティ・テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム)黎明期の傑作の一つだ。

 VR技術が浸透して早数百年。しかしこのVRTRPGが流行し始めたのは五十年ほど前だ。それ以前はVRMMORPGが主流であった。

 VRMMORPGと違い、こちらはゲームマスターによって違うシナリオ、展開。そして凝ってくるとオリジナルのアイテムやNPCも作れる。

 同じ物語を辿るなど、一つとしてない。それがVRTRPGの最大の魅力と言えよう。


「粗方文句を言ったところで、最後に恒例の次回予告だ。次、セッション立てるヤツは?」


 俺が聞いても誰も手を挙げることは無い。普通のTRPGよりもゲームマスターの敷居が高く、経験が少ないとゲーム自体がフリーズする可能性すらある。

 それを裏付けるように、このメンツでゲームマスターをこなせるのは二人だけ。それ以外は下積み中か、最初から諦めているか。


「下積みの成果を見せたいっつう剛の者は今日もナシってか。……んじゃ、次は俺が立てるわ」


 希望は、と聞いたところで他の者はここぞとばかりに挙手をする。


「久々にブードゥー奇譚やろうぜ!」

「え~、俺ゾンビを見るとSAN値がゴリゴリ削れるからイヤなんだが……。それよか異国御剣伝説RPGにしようぜ」

「お前ら、本当に分かってねぇなぁ。分かってねぇ。明日リプレイが発売するノンクライしかねぇだろうが」


 口々に己の希望を通そうと必死だ。けれど俺は今回ゲームマスターをかってでてくれた者を指名する。


「川崎。お前が決めろ」

「僕かい? そうだねぇ……。シルバレット・ロアーはどうかな?」

「サプリは?」

「神戦の剣からゼロ=シンまでの四つ。それ以降は鬼畜過ぎるからパスで」


 そうと決まれば文句を垂れ流すバカ者はいない。何だかんだでゲーム好きな集まりだ。一番は違えど嫌いなモノはほとんどないのだ。

 機材を片付け、次のセッションのシナリオに期待してると無責任なことを言いつつ帰っていく。


「ったく、本当にこっちの苦労も知らねぇで……」


 やれやれとため息を吐いて部屋を見回したところでふと気づく。VR機の本体の電源が切れてないのだ。

 赤くランプが点滅しており、まだ動いていることを必死に伝えている。確かに切ったはずなんだがなぁ。


「っ――」


 瞬間、俺の意識がとんだ。

ゲームのタイトルは結構テキトーだったりします。

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