闇と炎は覚悟を決める
「おはようございます」
まだ開店前の店に、赤銅色の髪の少年は、ためらいなく入った。
「……その色は、もしかして、デュエル・オブスキィトさんですか?」
「アンナさん、ですね?」
デュエルが確かめれば、アンナは頷いた。
「レンティに、聞きました」
「私も彼女から聞きましたよ。最近になってから、ですが」
「アンナさんは、知っているんですか? レンティが、何をしようとしているのか」
「そうですね。私は、きっと……誰より、真実を知っています。しかし、彼女の本当の意図は、私にも測り兼ねています」
「真実を、聞いても構いませんか?」
「レンティシアにはもう、話しましたからね。あなたにも話さないと、不公平でしょうね」
「不公平?」
「あの子は、その情報をもとに、動くんですよ。そしてそれは、きっとあなたのためになるようにという計算が存在する。だから、あなたも動いてあげてください。私が与えた情報を使って、彼女のために」
短いふんわりとした金髪に、琥珀色の瞳の女性が、黒髪の青年に抱き着いた。
「おかえりなさい! 待ってたわ」
「ただいま。……シエル、話がある」
ゆっくりと体を離しながら、深い藍色の瞳を、女性に向ける。
「シェード……何?」
互いにミドルネームは小さな声で囁きながら、それでもいとおしそうに、その名を呼ぶ。
「決めたんだ、俺が、何者として、生きるのかを」
ファリーナにはまだ、ほんのわずかにしか話していない。
彼女が知っているのは、ただ、レオがヴェントス家の人間だと言うことだけだ。
「……ヴェントスとして、生きるのね?」
何も言っていないのに、すべてお見通しだとばかりに、笑う彼女に、何も言えなくなった。
「だってわざわざ私に言うんだもの。ダールなら、そんな必要はないわ」
「ファリーナ……」
「……なあに、レオ?」
今度はなれた呼び名で呼ぶ。
その決意以外に、もう一つ、はっきりさせておくべきことがあった。
「俺がヴェントス家の人間として生きるとなると、ファリーナに紹介すべき人がいる」
「紹介?」
ファリーナが不思議そうに首をかしげる。
炎の一夜の舞台となった町ではないが、ここはヴェントス領なのだ。
どこの住民よりも、その言葉の異様さを知っている。
「俺には、姉がいる。そして、それは、ファリーナも知ってる人だ」
「え……あ……。まさか!」
驚きに見開かれた目は、いつしか納得の色を浮かべた。
「似てるだろ?」
「やっぱり、ルフレさんなのね?」
レオがいたずらっぽく問えば、ファリーナは正解を口にする。
「正確には、ミオって名前だけどな」
「いつから? いつから知ってたの?」
「建国祭の時にはもう、分かってたよ」
「そんな……。私、バカらしい勘違いしてたんだね……」
ファリーナが安堵と落胆をないまぜにしたような表情で、ため息をつく。
「さすがに姉に恋はしないな」
冗談めかして言えば、ファリーナが疑わしげにこちらを見る。
「でも、知ったのは最近でしょう? それより前は?」
「……母さんに、ティナに似てるだろ? 俺には母親みたいな存在だったよ、あの人は」
ファリーナは、今度は何も言えなくなったようだ。
まだ、ティナの話題は、彼女の中で扱いきれないものなのだろう。
レオ自身も、だいぶ受け入れたものの、おそらく、あの悲しみが薄れたのは、自分の姉の存在が大きいと思っている。
「呼べるかな?」
「え?」
「姉さんって……、あの人のこと」
一度も呼んだことがない呼称。
そして、気づいたあの日、一番後悔したのは、彼女に母の死をあんな形で知らせてしまったことだ。
弟として最悪だと、あの時の自己嫌悪は尋常ではなかった。
そんな自分が、呼んでいいのだろうか。
「呼べるよ。絶対。だって、彼女はティナさんの娘でしょう?」
「……?」
「何をしたって、許してくれるわ、きっと」
レオの心を見透かすかのように、ファリーナが言う。
「そう……だな」
まだまだ問題は山積みで、そうするには、時間がかかるだろう。
生誕祭の話は、聞いた。
レオは、レオにできることをする。
「待っててくれ、シエル」
その名は契約。
「待ってるわ。シェードに言われなくっても」
微笑む彼女が、そばにいてくれるなら、レオは、ただ前だけを見つめられるのだ。




