栗色少女が見つけたものは
「多すぎ……」
分厚い本や書類に囲まれた、栗色の髪の少女が一人つぶやいた。
書庫整理を頼まれたスミアは、一人で淡々とこの作業をしている。
近衛隊での研修であるため、ここにある書類は、基本的にはこの軍にいる人間の登録票や、侯爵家以上のクラスの家系図がほとんどである。
近衛隊は他の隊以上に、出自が問われる。
王家に直接かかわるものが多いからだ。
そのため、こういった素性調査のような書類はここに多くあるのだ。
「なんで一人なのよ!」
これを命じたセレスを恨みながらも、書類を分類していく。
それでも文句を言わずにこれを引き受けたのは、知りたいことがあったからだ。
―――レンティシア、レンティシア……。
先日、盗み聞きした時に、唯一聞こえてきた名前。
その名を呼ぶデュエルの声が、頭から離れない。
あのとき部屋にその女性がいたのだとすれば、それは軍の人間である可能性が高い。
ここには登録票があるので、それの名前の欄を見ていけば、見つかるかもしれないと思ったのだ。
一枚一枚、慎重に目を通しながら分類をしていく。
その作業をもう何回したか分からなくなったころ、スミアは声を上げた。
「……嘘」
その一枚の紙を凝視する。
「どうかしましたか?」
「きゃあ!」
一人でいたはずの部屋で突然聞こえた声に、思わず悲鳴を上げる。
その紙だけは、それでも手から離さなかった。
「ジオさん!」
目の前にいる金髪碧眼の幼い雰囲気をもった少年を見て、少し安心する。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
謝りながら、ジオの視線はスミアの持っている紙へと向かっている。
「それは?」
「……ルフレさんの登録票です。彼女に、ミドルネームを持ってるなんて知りませんでした」
「ミドルネーム? 名乗ってるのは、聞きませんね」
ジオがそう言って、すっとスミアの手からその登録票を抜く。
そしてその名を見て、ジオは驚いたように目を瞠った。
「レンティシア……? ずいぶんと、たいそうな名前を」
「? どうしたんですか?」
スミアが驚いたのは、レンティシアがルフレだったという事実だ。
どこでどうなっているのかは知らないが、デュエルはやはりルフレを選んでいたということなのだろう。
しかしジオは、レンティシアという名前自体に驚いているように思えた。
「トレリの三代目の女王の名、スミアさんはご存知ですか?」
「三代目? ああ……絶世の美女でしかも賢君と名高い女王様ですね。確か……ミオ・シュトレリッツだったような?」
スミアは歴史学はそんなに得意ではないが、さすがに有名どころは抑えている。
トレリの王で言えば、初代のアンリ、三代目のミオ、そしてそのほかにあと二人は覚えておくべき王がいる。
そのぐらいは知らないと、試験にパスできないからだ。
「教科書に載るのはそうですね。ですが、彼女に関する伝記などを読むと、分かることなんですが、彼女はミオ・レンティシア・シュトレリッツと言います。そして彼女の夫がヴェントス家出身だったこともあり、ミドルネームは大切にされていました。そして、そのことがあるため、ミオは珍しくない名前ですが、レンティシアという名をミドルネームに据えるのは、名前負けするからと、特に王侯貴族の間では避けられるようになったんです」
知らなかった。
ただ、その話を聞いて、ひとつ納得したことがある。
聡明かつ美しい女王の名をとれば、名前負けすることが多いなかで、ルミエハ家はあえてレンティシアという名を付けた。そして、彼女は名に負けていない。
まさにその女王のように、聡明で美しく、そして家柄も高い、完璧な女性なのだ。
だからこそ、スミアの胸に漂う絶望感もひどかった。
知りたくなかったのだ。そんなことを。
デュエルが想っている人が、そんな自分では絶対に叶わない人だなんて。
しかもジオのいう通り、レンティシアという名は、貴族女性の名としては聞いたことがないような気がする。
そうなれば、ますます、あのレンティシアはルフレのことなのだろう。
「……ところで、どうしてルフレさんのミドルネームに驚いたんですか?」
見逃してくれればいいのに、にこにこと笑いながら、なんでもないことのようにジオは聞いてくる。
内心舌打ちしながら、丁寧さを崩さずにスミアは答える。
「レンティシアとデュエル隊長が呼んでいるところを聞いたからです。でも、女性の方の顔は見える状況じゃなかったので、誰か知りたくて」
「その名を……」
ジオがなにかを考えながらぽつりとつぶやく。
「すみません、失礼します」
そして、何故か足早にジオは部屋を出て行った。
残されたスミアは、もういちど、その書類に目を通す。
「叶わないよ……」
デュエルが選んだのが、ルフレだというならば、自分は絶対にかなわないのだ。
そしてスミアは知っている。オブスキィトはいま、ルミエハと協調路線をとろうという姿勢なのだと。
それがデュエルのためであるとすれば、話はわかるではないか。
「聞かなきゃ、直接」
スミアは立ち上がる。
ぐずぐずしているのは性に合わない。
「あ、でもこれが先か……」
とりあえず、書類に手をつけ、ため息をつく。
それでも、彼女の決意は揺らいではいなかった。




