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光の奔走  作者: 如月あい
四章 光の策略
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一枚の絵がさすものは

短い金髪と碧眼、それに愛らしい顔立ちの女性は、城のある部屋の戸をノックしていた。

 返事が聞こえ、中に入る。

 金髪碧眼で優しげな風貌の男と、不機嫌そうに見える男と、もう一人、金髪碧眼の童顔少年がそろって中にいた。

 前者二人は想像通りだったが、後者の存在には驚いた。

 しかし、自分を呼びだしたのが、おそらくこの少年だろうと思い、ため息をつく。

「おはようございます。セレス隊長」

「おはよう、ジオ? 呼び出したのは、あなたなの?」

「そうです。どうも興味深いことを聞きまして」

 ジオがゆっくりとほほ笑んで言えば、何故か男二人は顔をそむける。

「ウル科長とクロッカス副科長……? どうなさったんですか」

 不審に思って問いかけてみると、優男の方、つまりウルが顔を上げた。

「ジオが聞きたいそうです。四年前の、ルフレ隊長失踪事件について」

「……お二方は何を話したのですか?」

「まだ、ほとんど何も。レイラとルフレのことを聞かれて……ただ、セレスが一番ことを知っているということだけは話しておいた」

 クロッカス副科長が、ゆっくりと口を開く。

「直球で聞きます。あの日、セレス隊長が言われたことはなんですか? そして、クロッカスとウルが二人とも知っている理由は?」

 ジオはもう幼い表情をしていない。口調こそ崩していないが、完全に王子の風格を身にまとっていた。




 四年前、雨の酷い日だった。

 ルフレが失踪したと聞かされて、すでにそのころにはルフレをとても信頼していたので、そんなはずはない、あったとしても理由があるんだということを、クロッカスとウルに直訴に行った。

 そして、対外的にはそのことは伏せられて、ルフレがやっとのことで帰ってきた。

「セレスなら聞き出せるのでは? そのあと彼女から我々も聞いて事態把握をするのが良いと」

 クロッカスがウルに提案していたのを聞きながら、その案には首を振る。

 口止めされて、それなのに二人に話せば、絶対にルフレにばれる。

 二人も、ルフレが嘘に関してとても敏感なことは承知していた。

 だから、二人にはベランダにいてもらい、窓をセレスが開けて、極力窓際で話を聞くことにした。

 セレスは話していない。

 ただ、二人が盗み聞きしていた、という形にしたのだ。




 目の前の金髪碧眼の童顔少年は、真剣なまなざしでセレスの話を聞き入っている。

「私は聞いたの。レイラ・ストケシアは殺されたということ。犯人はわかっているが、私には言えないこと。ストケシア家は、レイラの死を病死としたいだろうし、そうしておかなければ、その家の人、レイラの夫、つまりクロッカスさんとその息子が危ないということ。犯人の動機はまだ分からないということ。ルフレがもし、いなくなったら、デュエルが調べてくれるから、セレスは知らぬ存ぜぬでどうしてほしいということを」

 一気に話して、あの時のことがふとよみがえる。

 いつもは冷静なルフレが、どこか悲痛な表情で、それでも何かの決意を抱えていた。

「そして、私はレイラ復讐を誓っていた心を押し殺し、ルフレのいう通り、息子を守るべく、彼女は病死だということにしたわけです」

 クロッカスは律儀にジオに向かって敬語を使う。

 当然、男二人はジオの正体を知っているのだろう。

「そして……今、急激に変化が起こっていますね」

 穏やかなウルの声が、静寂の中、よく鳴り響く。

「変化?」

 セレスが問えば、答えたのはウルではなくジオだった。

「ルミエハの分家の没落。三つのうち、二つともすでに没落し、残る一つは爵位がないため、ルミエハ本家と同じ道をたどるしかない。そして、ルフレ・ルミエハのたびたびの休暇と単独任務。単独の時は必ずルミエハ側の家に行くときだ。そしてそのあとには、たいていルミエハ派のどこかの家が、没落や爵位剥奪の道をたどっている。ほかには、シリヤ副隊長を何故か異動させたがっていること。そして……王家しか、まだ知らない提案が、ルフレ・ルミエハの方から上がっている」

「あ」

 言われてみれば、ルフレは金銭取引をして、情報を手に入れていたではないか。

 きっと彼女は個人的なことを調べていたはずだ。

「直球で君の意見を聞こう、セレス・アンバー」

 ジオの声がぐっと大人びて、どこか貫録すらある。

 これがグラジオラスとしての彼なのだろう。

 その金髪碧眼の少年をじっと見据えながら、セレスはうなずく。

「ルフレ・ルミエハの一連の行動は、何が目的だと思う?」

一番に思いつくのは、レイラのことだ。彼女はレイラの死の真相を暴き、告発することに重きを置いていた。

そして、もう一つ。

 赤銅色の髪の青年が、セレスの脳裏をよぎる。

「ルフレが動く理由は……そう、多くはないと思います」

 セレスも、ツンベルギア養成学校の時からの知り合いであるから、本当の意味では、ルフレを分かっていないのかもしれない。

 それでも、そう短くはない付き合いの中で、ルフレはセレスが認めた数少ない人物なのだ。

 よく観察もしている。

 自分の判断がどこまで正しいかはわからないが、少なくとも、他人よりは知っているとう自負はあった。

「何よりも仲間、あるいは、友人のために、すべてを捧げられる、自己犠牲精神の強い子だと、私は思います。彼女の行動に、自己の利益は無いでしょう」

 まっすぐと、少年の目を見る。

 視界に入る、ウルとクロッカスも、セレスの言葉にうなずいていた。

「つまり一つはレイラ・ストケシアのため。……ただ、ルミエハをつぶそうとしているような動きが、何につながるのかわからない」

「ルミエハを? ルフレが分家をつぶしたんですか?」

「このことは内密に。ただ、告発文の筆跡が、彼女のものと一致している」

 ジオの意外な言葉に反応すれば、クロッカスが静かに答える。

 そして、一つ、つながったことがあった。

「……じゃあ、もしかして婚約者候補のことも?」

「婚約者候補? それは、どういうことですか?」

 こちらとしては相手が知っている前提で尋ねたつもりだったのだが、何故かそのことは三人とも知らなかったようだ。

「婚約者候補という話も聞いていない、どうしてセレスは知って?」

「ルフレに聞いたんです。その歳で婚約者がいないのはどういうことかと。そしたら、それを聞いたときすでに、婚約者候補にあがる家が五つも連続で没落したそうです」

「五つも? どこの家だ?」

 ジオの鋭い声に、驚きながらも、記憶を掘り返して答える。

 セレスの話を聞いていたクロッカスとウルが書類をめくり、ふたりで顔を見合わせた。

「確かに、彼女のいう通り、ブリュネ家を筆頭に、その五つの家が没落しています」

「……ですが、たぶんルフレ・ルミエハの差し金ではないですね」

 クロッカスが先に答え、ウルがそのあとに補足する。

「どうしてルフレ・ルミエハではないと?」

「その家が没落する前に、彼女がその領地に行った記録がありません。分家の方へは、任務として行った記録があるので、おそらく彼女で間違いありませんが、彼女は人に頼らないでしょうから、これは違うのでは」

「じゃあ、誰かがルフレに結婚してほしくなかったんですね?」

「そうか……。なるほど。わかった。情報の提供、感謝する。確かにその五件に関しては、違うところの思惑が絡んでいる線のが強い」

「え?」

 勝手に一人で納得したジオに、三人で問い返すが、ジオは首を振る。

 どうやら教える気はないらしい。

「ウル科長、クロッカス科長、時間を割いていただきありがとうございました。また協力を依頼することが近々あるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

 演技する必要もないだろうに、幼い少年の仮面をかぶり、ジオはにこやかな笑顔で二人に告げる。

「セレス隊長はもう少しつきあってください。一緒に見てほしいものがあります」

「あ……分かったわ」

 セレスも二人にお辞儀をして、その部屋を退出する。




 ジオはひたすらに城を黙々と歩き、一つの部屋の前で止まる。

「ここです」

 扉をジオが押さえてくれ、替わろうかと思ったが、彼は研修生としてふるまっているため、それに甘えて中に入る。

 部屋の中は小さく、本棚に囲まれていた。

 カーテンは引かれていて、部屋は薄暗く、その中央に、ぽつりと、古びた絵がある。

「その絵、昨日、届いたんです。何か、感じませんか?」

 ジオの言葉にセレスは心底困った。

 アンバー家は一応、伯爵家であり、由緒正しいお家柄ではあるものの、セレスはあまり芸術品には興味がなかった。

 それなのに、絵を見て、王子殿下の前で批評などできるはずもない。

 しかし、断ろうとしたセレスを見て、ジオは首を振った。

「芸術的に、ではありません。その女性に見覚えがないか、聞きたいだけです」

 ジオの言葉に、セレスはほっと息をつく。

 絵の女性が知り合いかどうかは、センスも教養もなくても分かることだ。

 絵にゆっくりと近づいて、その絵を観察する。

 絵は女性が一人で、こちらを向いて微笑んでいる絵だった。

 黒い長い髪が印象的な、とても美しい女性。その瞳は、黒が基調だが、わずかに緑色の絵の具も重ねられている。

「あ……」

 セレスの頭に、黒い艶やかな髪を持った女性が一人思い浮かぶ。彼女の瞳は、一見すると黒に見えるほど深い、緑色。

「その絵のモデルは、シェリア・リエーソン。あるいは、シェリア・ヴェントスです」

「え?」

 ジオの言葉に思わず振り返る。そして、絵とジオを交互に見た。

「でも、これ、ルフレに……」

「似ていると、あなたも思いますか」

 問いかけなのか、納得の声なのか、とりあえずセレスは頷いた。

 ルフレに似ていると一度思うと、ますますそれにしか見えなくなる。

「ルミエハ家とリエーソン家って、血が近いなんてことはないですよね?」

「調べましたが、リエーソン家とルミエハ家の血は、少なくとも十世代の間には混ざっていません」

「……ルイス・ルミエハは金髪碧眼で、まさに絶世の美女だけれど、ここに描かれている美女とも、ルフレとも、顔立ちは違う。それに……ダンテ・ルミエハの目は……深い緑ではなく、まぎれもない、黒だわ」

 言葉を紡ぎながら、体の芯が冷えていく。

 ジオの言いたいことは、もうすでに分かっている。

 だが、そんなことがあり得るのだろうか。

「知っていてほしかったんです。セレスさんに。彼女が、何をするかわからない中で、知ったうえで、行動してほしかったんです」

「グラジオラス殿下は、そんなことが、あり得るとお思いになるのですか?」

「……可能性として、捨てきれない線では、あります」

 王子の瞳が、セレスを動けなくする。

 その瞳から逃れるように、セレスは混乱する頭を落ちつけようと、目をゆっくりと、閉じた。


さて、ようやくここまできました。

これをにおわせることができただけでも

すでに私は満足しています。



ルフレは一体、なんなのか、

まだあともう少し、光の奔走にお付き合いください。

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